第144話 兵員揚陸艦
ドウセツが小姓となって三ヶ月ほどが過ぎた。
小さな借家で目を覚ましたドウセツは、母親が起きて朝食の支度をしているのに気付いた。
「母上、おはようございます」
「おはよう、起きたのですね。早く身支度をしなさい」
俺は家の近くにある上水井戸から水を汲んで顔を洗った。この井戸は地下水を利用しているのではなく、シマト川の上流から取水した水を上水道を使って運び、上水井戸に給水している。
ドウセツの俸禄では、それほど豪華な食事はできない。朝食は御飯と漬物、味噌汁を用意するのが精々である。ちなみにカイドウ家の俸禄は家禄と職禄を足したものだ。
他の大名家では、米などで俸禄を払うところが多いが、カイドウ家は全て銅貨や銀貨、金貨で支払われる。
朝食を済ませ登城する。朝一番で小姓のする事は、仕事部屋の掃除である。
「ふう、眠い」
サコンが来たので、挨拶する。
「おはよう、ドウセツはいつも早いな」
「新入りですから」
マサシゲも来て、小姓たちは簡単な掃除を終わらせ、お湯を沸かしお茶の用意をする。
「昨日のチュリ国の話をどう思った?」
サコンがマサシゲとドウセツに尋ねた。マサシゲが不快そうな顔をする。
「桾国軍の戦い方ですか? 味方を後ろから撃つなんて
ドウセツも同感だった。
「私もそう感じました。鉄炮の使い方を間違っています。でも、やはり怖いです」
逃げる事を許されない桾国兵は、生き残るために死に物狂いで突撃してくる。それを想像すると怖いというのが、正直な感想だ。
サコンが同意するように頷いた。
「昔、自軍より圧倒的な数の敵が突撃してくるような戦いで、勝てるかどうかを、御屋形様に質問した事がある」
ドウセツは御屋形様がどう答えたのか興味を持った。
「それで御屋形様は?」
「まずは、馬防柵などで敵の勢いを止める事だと、仰られていた」
ドウセツは、その光景を想像した。
「なるほど、勢いを止めた敵兵を鉄砲で攻撃するのでございますね」
「そうだ、そのために次弾を発射するまでの時間が短くて済む新型銃が、開発されたのだ」
マサシゲが首を傾げた。
「敵の数が、味方の三倍ほどでしたら、それで撃退できると思いますが、六倍とか七倍だったら味方の死体を乗り越えた敵が飛び込んでくるのではないですか?」
サコンが頷いた。
「その時は、野戦砲を用意する。榴弾や散弾筒を敵に叩き込んで、壊滅させるそうだ」
ドウセツは野戦砲を撃つ訓練を見学した事が有る。名将と言われたナイトウ殿が、新兵に交じって野戦砲の操作を勉強していた。訓練していたナイトウ殿の真剣な顔が記憶に焼き付いている。
そして、野戦砲から放たれた散弾筒の威力を目にした時、身体が震えた。槍や刀で戦う時代ではなくなったのだと感じた。
「もう、槍を担いで戦う時代は終わったのですね」
「まあ、そうだな。我々は槍術の代わりに銃剣術を学び、腰に刀を差す代わりに短銃を吊るす事になる」
「槍術や剣術は廃れるのでしょうか?」
「いや、希望する者には学ばせると、御屋形様は仰られていた。兵に教える事はなくなるが、戦う心を学ぶために武術の技術や精神を残すそうだ」
ドウセツには理解できなかったが、何か理由があるのだろう。そんな事を考えている時、御屋形様が仕事部屋に来られた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
溜まっていた書類を決裁した後、俺はカイドウ家が所有する造船所に向かった。ホクト造船所では、兵員揚陸艦を建造していた。
五百人の兵員を乗せて、敵地の砂浜などに接岸し兵を降ろす能力を持つ艦船である。五百人の兵が戦うために必要な弾薬や野戦砲、兵糧などを積み込んで運べるだけの積載量があった。
造船所の船台で全長五十二メートル、最大幅十三メートルの船が建造されていた。十二門の大砲が搭載される予定の武装輸送艦であり揚陸艦だ。
小姓たちは船の大きさに驚いているようだ。
「御屋形様、この船は何のために建造されるのですか?」
ドウセツが尋ねた。
「これは、ミケニ島と桾国との間にあるチトラ諸島の島々を制圧するために使うつもりだ」
チトラ諸島というのは、ハジリ島の北にあるチトラ島が最大の島で、その島から西へと散らばっている島々である。
その諸島は桾国も列強諸国も所有権を主張しておらず、ミケニ島などの漁船が立ち寄る程度のあまり知られていない島々だった。
だが、チトラ諸島は戦略上重要な島々になると、俺は考えていた。なので、今のうちに所有権を主張しカイドウ家の兵を常駐させるつもりだった。
それを小姓たちに話して聞かせると、目を見開いて興奮していた。
「その島々には、何が有るのですか?」
サコンが尋ねた。
「さあな、まだ詳しく調べておらぬので、分からん。だが、島々の周りの海域は良い漁場だそうだ。それに昆布が獲れるらしい」
マサシゲが手を叩いた。
「昆布と言えば、昆布出汁ではありませんか」
俺は不思議に思った。マサシゲはトウゴウの息子なのに、思考回路はクガヌマに似ている。顔はトウゴウに似ているので、トウゴウの息子だというのは間違いないのだが、不思議だ。
「よく分かったな。チトラ島に昆布工場を建設して、移住者を募集しようと考えている」
出汁を取るために使う乾燥昆布はミケニ島でも作られているが、その生産量は少なく貴重品だった。カイドウ家ではよく使うが、一般家庭では普及していないものの一つである。
サコンが気になった事を質問した。
「チトラ諸島には原住民は居るのですか? 居るなら制圧するために、どれほどの兵力が必要でしょう?」
「チトラ島にだけ少数の原住民が居る。顔つきや言葉から、元はミケニ島に住む我々と同じ種族だったのではないかと思う」
「なるほど、言葉が通じるのでございますか」
「かなりキツイ訛りがあるが、半分くらいは分かるらしい」
「……半分でございますか。制圧するとなると、抵抗するのでございましょう」
「俺は、この兵員揚陸艦を十隻建造して、総勢五千でチトラ諸島を制圧するつもりだ」
「御屋形様、ミケニ島の南側より、チトラ諸島を優先する理由は、何でございましょう?」
ドウセツが尋ねた。
「もうすぐ、イングー人の艦隊が極東地域に到着する。その艦隊がチュリ国の湊に入ったら、周囲の海域を詳しく調査するだろう。そうなれば、チトラ諸島の所有権を宣言するかもしれん。その前に手に入れておきたいのだ」
ここの造船所では、兵員揚陸艦を六隻、チガラ湾に新しく建設した造船所では四隻建造する予定になっている。それが揃えば、チトラ諸島の制圧作戦を実行できる。
気掛かりなのは、イングド国の艦隊が矛先をミケニ島へ向ける事だ。カイドウ家の海軍は規模が小さい。艦隊と正面からぶつかれば、こちらが押し潰されてしまうかもしれない。
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【あとがき】
執筆用の参考資料を公開します。みてみんにアップロードした極東地域の地図です。
未完成ですが、よろしかったら参考にしてください。地図をクリックすれば大きくなります。
https://15132.mitemin.net/i532927/
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