第124話 ノヅ郡コヅカ城
クジョウ家当主ツネオキが、クルタ城の大広間でカイドウ家からの書状を読んでいた。
「御屋形様、カイドウ家は何と言ってきておるのでございますか?」
重臣の一人であるミドウが尋ねた。
「ふん、カイドウ郷の硝石製造村を焼かれたので、怒っておるのだ。これでカイドウ家の力の源泉であったものが一つ消えた。カイドウ家がどこへ攻めて来ると思う?」
武将のヒキタが最初に意見を述べた。
「やはり、西アダタラ州で最大の町であったハシマを、攻めるのではないでしょうか」
ツネオキが頷いた。ハシマはカムロカ州東部の中心的な町である。そこを占拠すれば、後の戦いが有利になる。
「そうよな。十分に考えられる事だ。ハシマの守りはどうなっておる?」
「七千の兵が守っております。簡単に落ちる事はないでしょう」
クジョウ家の名将として双璧をなすクロダ・ムネトシが答えた。だが、もう一人の名将と呼ばれるナイトウが異議を唱える。
「お待ちください。カイドウ家には大砲が有ります。如何な堅城と言えども、大砲で攻撃されれば、落ちるでしょう」
クロダがナイトウを睨むように見た。
「某は籠城しろ、と言っている訳ではない。敵が近付けば、打って出て敵を撃退すればいい」
「カイドウ軍には、多数の火縄銃と新型の銃が有ると言うではないか。勝てぬかもしれんぞ」
クロダが口をへの字にして黙った。それを見たツネオキがナイトウへと視線を向ける。
「ナイトウは、兵を増やせと言っておるのか?」
「そうではありません。ハシマの兵を増やせば、他の場所が手薄となります。カイドウ家ならば、そこを突くでしょう」
「ならば、どうしろと言うのだ?」
「カイドウ家に主導権を渡してはなりません。我らから攻めるのです」
「ほう、面白い。どこを攻める?」
ナイトウは地図を持ってこさせて床に広げた。そして、アラサワ郡のミカト湊を指差した。
「ミカト湊を占拠し、ホクトへの足掛かりとするのです」
「ツゲ、ミカト湊の守りはどうなっておる?」
ツネオキが忍びの頭領であるツゲに確認した。
「以前に報告した通り、兵三千が守っております。ただ鉄砲兵が装備している火縄銃が新型に変わったようでございます」
「カイドウ家が新型の銃を使い始めたという噂は聞いておる。それはどのようなものなのだ?」
「新型には、火縄が有りません」
ツネオキが眉をひそめた。火縄が有るから火縄銃と呼んでいたのだ。その火縄がなくなった鉄砲は、何と呼ばれているのだろう。そういう疑問が沸き起ったようだ。
「その新型は、何と呼ばれておるのだ?」
「単発銃と呼ばれているようでございます」
「奇妙な名前を付けたものだ。火縄銃も一つの弾を撃ち出すもの。やはり単発銃ではないか」
それを聞いたミドウが声を上げた。
「御屋形様、フラニー人から聞いた事が有るのでございますが、フラニス国では引き金を引くと、複数の鉛玉が飛び出す火縄銃が作られたそうでございます」
ナイトウが顔をしかめる。
「カイドウ家も、そのような鉄砲を、作ろうとしているのでござろうか?」
クジョウ家では、単発の次を複数発と考えたようだ。
ツネオキが顔を強張らせた。
「そのようなものを作られては、天下がカイドウ家のものになってしまう。今のうちに潰すのだ。ナイトウ、ミカト湊を攻める準備を始めよ」
「畏まりました」
そう言った時、外が騒がしくなった。そして、大広間の扉が開けられ、頭から血を流している兵が、クジョウ兵に抱えられて運び込まれた。
「その者は誰だ?」
怪我をしている兵が、大広間の床に膝を突き叫ぶように言う。
「カイドウ軍が攻めてきました」
大広間の重臣たちが騒然となる。ツネオキが報告した兵に鋭い視線を向ける。
「どこだ? どこに攻め込まれたのだ?」
「ノヅ郡でございます」
騒いでいた重臣たちが沈黙する。思ってもみなかった場所だったからだ。ノヅ郡は、オキタ家のホタカ郡とマゴメ川を挟んで隣となっている場所だ。
「馬鹿な。あそこには三つ小城を建設し、十分な兵を置いておる。それが突破されたと申すのか?」
「そうではございません。敵は十隻の大きな船に乗って、タビール湖から攻めてきたのでございます」
ツネオキが立ち上がり、大部屋の隅に置いてある台の上の花瓶を手に持ち、反対側の壁に向かって投げ付けた。ガシャンと音がして粉々になった花瓶が床に落ちる。ここに置いてある装飾品は安物である。
こういう日のために、ツネオキ自身が安物の装飾品しか置かないと決めたのだ。
「御屋形様、落ち着かれましたか?」
ナイトウが確認した。
陶器を投げ、ガシャリと壊れた音を聞くと、何となく心が落ち着く。ツネオキは面白くないという顔で、皆を見回した。
「それで、カイドウ兵の数は?」
「三千ほどでございます」
「多いな。上陸したカイドウ兵は、どちらに向かっているのだ?」
「コヅカ城へと向かっておりました」
その城はマゴメ川沿いに建てた小城の一つだった。クロダが顔色を変える。
「御屋形様、まずうございますぞ。コヅカ城はホタカ郡に面した側は、堅牢に造られておりますが、その裏側は弱点となっております」
「馬鹿者! なぜ、そのような構造にしたのだ?」
「万が一、小城が攻め取られた時には、我らによる奪還を、容易にするためでございます」
ツネオキが拳を握りしめた。それが細かく震えているのを見て、ナイトウは主の動揺を察した。
「御屋形様、援軍を出さねばなりません」
「そうだな」
「ならば、クルタの兵を援軍に向かわせましょう」
ミドウが意見を述べた。それを聞いたツネオキが険しい顔をする。
「それはならん。クルタの守りが弱くなる」
「ですが、一番近い場所で、兵に余裕が有るのは、クルタしかありません」
「もし、カイドウ家の輸送船が、またカイドウ兵を運んで、ノヅ郡に上陸させたらどうする。今度はクルタへ向かって来るかもしれんのだぞ」
「でしたら、シタラから三千の援軍を送るのは、どうでござろう?」
武将のヒキタが意見を述べた。クロダが首を振った。
「シタラは遠い。間に合わぬだろう」
「シタラには水軍があります。船で兵を運ぶのです。それならば、クルタから援軍を送る場合と、さして違わぬ日数で運べます」
「だが、今度はシタラの守りが薄くなる」
「シタラには、クマニ湊の兵を千ほど送るのです。それで守りは、何とかなるのでは?」
重臣たちが、その案を考え始めた。様々な意見が出されたが、最終的には、ツネオキがシタラの兵をノヅ郡に移動させる事を決定した。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
そのノヅ郡のコヅカ城では、カイドウ軍とクジョウ軍の戦いが始まっていた。カイドウ軍の部隊を任されているコウリキは、コヅカ城を見てニヤリと笑う。
コヅカ城の背後には補給物資を運ぶ道が整備されていた。その道が一直線に城の背後まで続いており、コウリキの部隊は、その道を通って攻め込んだ。
「コヅカ城の裏が、ハリボテだとは思わなんだ」
コウリキの言葉を聞いた。副将のミテウチは、厳しい顔で頷いた。
「この城を取るのは容易ですが、守るのが難しくなりました」
「小城を囲むように馬防柵を造り、野戦砲を並べればいい」
「なるほど、野戦砲で城を補強するのでございますね」
「クジョウ家の者たちは、戦が変わった事を分かっておらぬ」
コウリキはカイドウ家に召し抱えられてから、火縄銃や単発銃、それに大砲の威力を嫌というほど知った。そして、こういう小城が過去の遺物だという事が分かった。
野戦砲が十門も有れば、簡単に落とせる城なのだ。
そこに影舞のハヤテが来て報せた。
「シタラから兵三千を乗せた水軍の船が出港いたしました」
コウリキは頷き、ミテウチを見て笑う。
「どうやら、クジョウ軍は、我らの罠に嵌ってくれたようだ」
「そうですな。ホクトでは、御屋形様が笑っておられましょう」
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