第117話 領地替え
その日、評議衆と各奉行を集めて総議が行われた。勘定奉行・船奉行・普請奉行・兵站奉行・商務奉行・外交奉行なども参加して、大広間に集まり各課題を検討する。
「ツツイ殿、新型軍艦の建造はどのような具合でございますか?」
総議の進行役である外交奉行のコニシが議題に挙がっている新型軍艦について確認した。
「御屋形様と我々が協力して設計した装甲砲艦は、一番艦が来月の始め頃、二番艦が再来月の末頃に完成いたします」
ホクトの拡張された造船所で建造中である装甲砲艦は、全長三十八メートル、最大幅七メートル、三本マストのガレオン船に似た軍艦である。
船首に四門、船尾に四門、舷側砲十八門の合計二十六門の大砲を装備しており、舷側の一部には鉄板を張って防御力を強化する設計になっていた。
トウゴウが俺に視線を向けた。
「御屋形様、列強諸国では百門以上の大砲を装備した戦列艦も存在するという話ですが、二十六門の装甲砲艦で大丈夫なのでございますか?」
トウゴウの心配も理解できる俺は頷いた。
「心配なのは理解している。だが、一足飛びに戦列艦を建造するのは無理だ。アマト州の造船技術も上がっているが、戦列艦を建造するには時間が必要だ」
そう答えたが、戦列艦という艦種には疑問を持っていた。列強諸国が無闇に大砲の数を増やしたのは、それだけ大砲の砲弾が命中しないからである。
俺としては命中率を上げ、少ない大砲でも敵艦に命中できるようにするか、速射性を上げるために砲弾の装填方法を後装式に変えたものを開発したいと思っている。
その事を説明すると、皆が頷いた。
「次はナベシマ家とワキサカ家が支配するセブミ郡とワキサカ郷の件でございます」
ホクトが段々と大きくなると、ホクトの北に広がるホンナイ湾の東側、ミヤマ郷とナベシマ郷の土地が必要になった。
「ナベシマ家に事情を話して、領地替えを命じるしかないですな」
イサカ城代が意見を述べる。それを聞いて俺も同意した。問題はどこへ領地替えするかである。
「東のスモン郡の海沿いの郷に領地替えするなら、ナベシマ家も納得するのでは?」
フナバシがスモン郡への領地替えを提案する。俺も妥当な案だと思ったので賛成した。ナベシマ家のヨリムネは海沿いの領地を望んでいたので、納得してくれるだろう。
ナベシマ家が支配するミヤマ郷とナベシマ郷は、合わせて二万石の領地である。領地替えの候補地は三万石ほどとした。これだけ優遇すれば、ナベシマ家も断わり難いだろう。
「次は、ワキサカ郷でございます」
コニシが話を進めた。クガヌマが首を傾げて問う。
「御屋形様、ワキサカ家を領地替えする必要が有るのでございますか?」
「ワキサカ郷のチガラ湾が欲しいのだ。あそこに製鉄所やコークス工場、造船所、海軍基地を作りたい」
「ホクトではダメなのでございますか?」
今度はフナバシが疑問を口にする。
「これから先、ホクトにはどんどん人が集まってくると考えている。そこに製鉄所やコークス工場、造船所、海軍基地を建設したら、益々人が集中して、家を建てる場所もなくなる」
「ですが、埋立工事も進んでおり、土地は増えております」
「ホクトは百万人が住む都になると考えている。どうだ、それだけの人々を住まわせ、先程言った工場などを建てる土地が有るか?」
フナバシが難しい顔をして考え始めた。百万人と聞いて、他の家臣たちも考え込んでいる。工場などを建てるという事は、工場の敷地だけでなく、そこで働く労働者やその家族が住む土地も必要になる。
「御屋形様が懸念される事は理解しました。ワキサカ家の領地替えもスモン郡へとしてはどうでしょう?」
「ふむ、スモン郡の中央を流れるクナノ河を中心に西にナベシマ家、東にワキサカ家を置くのだな」
「そうでございます。一万石ほど加増すれば、ワキサカ家も承知するでしょう」
承知するだろうが、両家は不安に思うだろうな。ホクトに割と近い位置から、遠くに離れるのだ。商人たちは残るだろうから収入は減る。
「そうだな。だが、加増だけではナベシマ家とワキサカ家の収入が減るかもしれん。そこでナベシマ家とワキサカ家の中間にガラス工場を建てようと思う」
ガラス工場をどこかに建設しようと前々から考えていたのだ。
「しかし、ガラス工房はホクトにもありますぞ」
イサカ城代が言うと俺は頷いた。
「スモン郡のガラス工場で作るのは、工芸品ではなく、ガラス板だ。窓ガラスにする」
窓ガラスは列強諸国が製造したものが存在する。だが、ミケニ島で作られるのは初めてである。
「ガラス窓でございますか。……ホクトに運ぶ事になりますが、あのような割れやすいものを、荷馬車で運ぶのは難しそうでございますな」
「窓ガラスは、輸送船で運ぶ。まず最初にホクト城の窓がガラス窓に替わるだろう」
俺は城の窓がガラス窓に替わった光景を想像して満足そうな表情を浮かべた。
次々に議題を検討し結論を出した後、総議が終わり俺は奥御殿へ戻った。はあっ、疲れた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
忙しい者は職場に戻ったが、数人が大広間に残った。
「コウリキ殿、一言も発言しなかったようでござるが、まだ慣れませぬか?」
クガヌマが笑いながら尋ねる。
コウリキが頭を掻きながら苦笑した。
「驚くばかりで、意見を言うところまで頭が働きません」
「間違っても良いのですぞ。間違っている時は、それを我らや御屋形様が指摘します」
「いや、それは少し恥ずかしい」
「その気持ちは分かりますが、どんどん発言されるといい。それに分からぬ事が有れば、尋ねる事です」
「そう言えば、クガヌマ殿も質問されておりましたな」
『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』でござるよ」
その会話にフナバシが加わった。
「お二人に尋ねたいのだが、御屋形様は、ホクトは百万人が住む都になると仰られた。本当にそうなると思うか?」
クガヌマとコウリキは首を傾げた。コウリキが、
「今、ホクトにはどれほどの人が住んでいるのでござるか?」
「およそ九万人ほどでござるよ」
クガヌマが代わりに答えた。
「カイドウ家がホクトの建設を始めて、三年ほど。五十年も経てば、そうなるかもしれませんぞ」
コウリキの言葉に、クガヌマとフナバシは大きく息を吐きだした。
「五十年後でござるか。我らの孫や曾孫の時代か」
「しかし、御屋形様は七十歳になられた頃でございますぞ。生きておられるかもしれません」
そうフナバシが言うとコウリキが頷いた。
「御屋形様は、身体に気を使っておられますからな。長生きされるかもしれません」
クガヌマは昔の事を思い出した。
「そう言えば、御屋形様が『古代に栄えていた文明を、もう一度築くための基礎を造る』と仰られた事がある」
コウリキは古代に栄えた文明というものに興味を持った。
「古代文明とは、どのようなものなのです?」
クガヌマは主から聞いた話を伝えた。
「人を乗せて、空を飛ぶ乗り物や離れた場所に居る者と話ができる機械ですか。人は凄い文明を持っていたのでございますな。なぜ、そのような文明が滅んだのでしょう?」
「その事は御屋形様にも分からぬようです。神明珠は高度な文明が滅ぶ前に作らたものだという事です」
「神明珠ですか。カイドウ家にあったのは本物だったのでございますな」
コウリキの言葉に違和感を覚えたフナバシが、
「偽物も有るのでございますか?」
「ええ、カラサワ家にも有ったのですが、どうやら偽物だったようです。四十年ほど昔に、高名な行者から買い取ったというもので、何人ものカラサワ家の者が試しましたが、一人として神の叡智を得られませんでした」
神明珠は適合者でないと神の叡智を得られないというものなので、真贋を見分けるのが難しいのだ。
「本物はほとんど残っていないのかもしれませんな。あれは人を殺す事もありますから」
フナバシがカイドウ家の長男だったムツキが死んだ時の事を思い出した。あのような事が大名家で起きれば、神明珠を叩き壊してしまうという事もあっただろう。
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