第116話 漕艇祭り

 カイドウ家で製造する灯油は、交易区やアマト州の町でも大人気となった。そして、桾国や列強諸国でも評判になり、カイドウ家に莫大な利益をもたらすようになる。


 俺としては嬉しいのだが、カイドウ家を手に入れれば莫大な利益を手にできるという欲望を持つ者も現れるだろうと考えると憂鬱ゆううつになる。


「こういう時は、何か楽しい事を考えよう」

 以前に勧進相撲を行った事がある。あの時は楽しかったな。ああいうものを定期的に行うか。今は冬だし、何がいいか?


 寒中水泳大会は参加する選手が大変だからやめておこう。花火大会はどうだろう。だが、打ち上げ花火の構造や仕組みは知っているが、作るのに時間が掛かる。やるとしたら夏くらいだな。


 イサカ城代に聞いてみると、アダタラ州で船漕ぎ祭り、または漕艇そうてい祭りと呼ばれるものがあったそうだ。小さな川船を漕いで競争する祭りみたいなものである。


「面白い、それをやってみよう」

 ホクトの中央を流れるシマト川の中流にスルガ池という大きな池がある。この池で船漕ぎ祭りをする事にした。手配はイサカ城代に頼んだ。


 スルガ池は幅が二キロ以上もある大きな池で、樹木や雑草で囲まれていた。この池の水は、雨が少ない夏に農業用水としても使われる。


 祭りを開催すると聞いて、クガヌマが乗り出した。

「御屋形様、漕艇祭りを行うそうでございますね?」

「その通りだ。イサカ城代に聞いたか」

「漕艇祭りには、勝った者へ贈る賞品が必要ですぞ。どうするのでございますか?」


「賞品か。姫佳銀と王偉金で良いのではないか?」

「それでは味気ないと思います。米や酒を賞品に追加するのでどうでござろう?」

「それでも構わぬが、持って帰るのが大変になるぞ」


「荷車くらい用意するのは、簡単でござる。それに必ず賭け屋が現れます。その対策のためにカイドウ家が賭けを仕切るべきでございます」


「何だと? カイドウ家に賭け屋をやれと言うのか?」

 この提案には驚いた。そんな事までしなくてもというのが、俺の意見である。それに対してクガヌマは、賭け事が行われれば揉め事が多くなり、せっかくの祭りも喧嘩で終わっては楽しくないという。


 揉め事を無くすには公明正大なカイドウ家が賭け事を仕切ればいいと言うのだ。

「そこまで言うのなら、クガヌマに任せよう」

「承知いたしました」


 俺が提案した事だが、祭りの規模が予想以上に大きくなり始めた。ホクトの人々を集めて祭りをしようと思っていたのだが、イサカ城代やクガヌマはアマト州全域から人を集めようと考えているようだ。


 祭りを切っ掛けにホクト見物をしようと考える者が増えた。宿泊施設も新しい兵舎として建設したものを一時的に宿屋として使うという。


 この機会に商売をしようと考えた商人も現れた。スルガ池の周りが整備され、見物する場所と祭りの開催場所が建設される。もちろん、ちゃんとしたものではなく短期間で完成させられる仮設住宅のようなものが多い。


 それに仮設の手洗い場トイレも作られる。クガヌマもそうだが、カイドウ家の家臣たちが積極的に祭りに協力を始めた。戦が続いたので、家臣も領民も祭りのような楽しい事を望んでいたらしい。


 競技で使用する小舟は、カイドウ家が用意する事になった。とりあえず、十艘の小型手漕ぎ船を船大工たちに注文した。同じ大きさと構造の船なので、船の当たり外れがないように考えた。


 俺が仕事を終えて奥御殿に戻ると、フミヅキが迎えてくれた。俺がフミヅキを抱き上げると、フタバが俺に視線を向ける。


「ミナヅキ様、スルガ池でお祭りが有るそうでございますね」

「ああ、手漕ぎの小舟で速さを競い合い、それを見て楽しもうという祭りだ。露店や屋台も集まるらしい」


 フタバが微笑んだ。

「私も見てみたいです」

 言い出すのではないかと予想していたが、そうなると警備を厳重にしなくてはならないし、フタバは懐妊している。大丈夫なのだろうか?


 フタバ付きの腰元であるミズキに確認すると、まだまだ出産は先なので大丈夫だという。

 俺はトウゴウに相談して、厳重な警備を頼んだ。


 ようやく準備が終わり、手漕ぎ船競技に出場する者たちも百人ほどが名乗り出た。優勝賞金を王偉金二十枚にしたのが、魅力だったらしい。


 祭りの日の昼過ぎ、カイドウ家の家族がスルガ池に行くと、すでに大勢の見物人、それに露天商などが集まっていた。フミヅキは目を丸くして、大勢の人々を見詰めていた。こんなに大勢の人々が集まっているのを驚いているようだ。


 丸い形をした池の周りは整備され、雑草が刈られている。危ない場所には柵が作られ近づけないようになっていた。残された木々が池の水面に映り込み、綺麗な風景を作り出していた。


 この池の周りに幅の広い道を作り、ツツジや桜などの木を植えるのもいいかもしれない。池の反対側からは池の背後にホクト城の聳え立つ姿が見えるだろう。


 景勝地として有名になるかもしれない。夏は涼しいだろうし、避暑地として賑わうかも。俺はそんな事を想像しながら、競技が始まるのを待った。


 始まる前に、カイドウ家からの挨拶代わりに甘酒が配られた。これは好評だったようだ。もう少しで春になる季節だが、まだ寒い。


 選手たちの名前があちこちの賭け屋で叫ばれ、賭けが始まった。競技は池の反対側から漕ぎ始め、俺たちが見物している正面の岸まで早く辿り着いた者が勝ちになる。


 選手たちが小舟に乗り準備を整えた。出発地点に設置された鐘が鳴らされた。一回目の鐘は、賭けの終了を知らせる鐘である。そして、二度目の鐘で選手たちが漕ぎ始める。


 選手に名乗り出た者は、武人ばかりでなく農民も商人もおり職業はばらばらだった。それでも逞しい体格をしている事は共通しており、それらの十人が懸命にかいを漕ぐ。


 十艘の小舟が白い波を立て一斉に進み始める。船に慣れていない者も居て、斜めに進み始める船もある。それでも必死に立て直して終着地点を目指す。


 賭けをした者たちが懸命に応援する声が響く。その熱気は、俺が見物している周りでも同じで、クガヌマが船券を握リ締めて叫んでいる。フミヅキがクガヌマの真似をして叫び始めた。その様子を見たフタバが笑い出す。


 小舟の先端には数字が書かれた旗が差してあり、『五』と書かれた小舟が一番で到着すると、悲鳴のような声があちこちで木霊した。


 一番になった者は決勝戦に参加する権利と賞金として姫佳銀十枚が入った袋が渡された。副賞は芋焼酎が一樽である。


 一回目の勝負が終わると、小舟は荷車に載せられて反対側の岸へと運ばれていく。その時間は舟券を買う時間になる。賭けをしない者は、屋台や露店で買い物をしたりする。


 二回目、三回目と勝負が決まる。こういうもよおしは少ないので、見物人たちは熱狂している。子供たちは露店で独楽とかを買ってもらい、仲間たちと遊んでいる。


 ついに決勝戦が始まった。予選最後の勝利者は体力的に不利だが、クジ運が悪かったと諦めるしかない。

 二度目の鐘が鳴り決勝戦の十人が同時に漕ぎだした。最後の応援に見物客の声が高まる。


 優勝したのは農民のキュウサクという若者だった。

 優勝賞金の王偉金二十枚と副賞の米俵三つが渡された。


 祭りは夜の部に突入した。子供や女性たちは帰ったのだが、酒飲みの男たちが残り屋台で飲み食いして騒ぎ始めたのだ。


 俺は早めに帰ったので知らなかったが、翌朝、飲み潰れた男たちが焚き火の傍で野宿していたという。困った男たちである。


 この漕艇祭りは好評だった。ただもう少し暖かくなってから開催して欲しかったと、野宿した男たちからの声が聞こえた。


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