第112話 忍びたちの報告

 俺はコタン島を制圧したという報告を受けて満足した。

「これで安心して内政に集中できる」

 それを聞いた小姓のマサシゲが首を傾げる。


「御屋形様、スザク家は放置するのでございますか?」

「一年の休戦協定が有るからな。今手を出せば、カイドウ家の名に傷が付く」


 豪族や小さな大名であった時は、それほど名前を気にする事はなかった。だが、太守となると違う。評判が良い統治者でないと人材が集まらないのだ。


「大丈夫なのでしょうか?」

「何がだ?」

「クジョウ家、スザク家、桾国人、イングー人と敵が増えているように思えるのです」


「カイドウ家が大きくなった証拠だ。五千石の豪族だった時には、カイドウ家など歯牙にも掛けなかった者たちが、敵として立ち向かってくる」


「凄い事ではありませんか」

「いや、俺としては少し放っておいて欲しい。ホクトの町はまだまだ未完成であるし、国の形を考える時間が欲しい」


「国の形? 今のままではダメなのでございますか?」

「俺が生きている間は大丈夫だろうが、次の世代になったら危うい」

「しかし、御屋形様はまだ若いではありませんか。フミヅキ様が一人前になるのは、ずっと先でございますよ」


「国の形を造るというのは時間が掛かる。二、三年でできるものじゃないんだ。今から準備して、俺が年を取って死ぬ頃に、形が見えてくるだろう」


 マサシゲには理解できなかったようだ。

 ただ、この話を父親であるトウゴウに話したという。それでトウゴウが何か言ったかと尋ねると、真剣な顔になって考え込んでしまったそうだ。


 その日、ホシカゲが報告に現れた。桾国に潜り込ませた影舞が、その動きを知らせてきたのだ。

「桾国の耀紀帝は、チュリ国奪還軍を編成し、チュリ国へ派兵する事を決めたそうでございます」


「兵力は、どれほどだ?」

「三万でございます」

 俺は溜息を吐いた。他国に三万の兵を派遣できる桾国の力を羨ましく思った。三万の兵を遠くへ遠征させるには膨大な資金が必要なのだ。


「チュリ植民府の戦力に変化はあったのか?」

「二千ほど増えて、総兵力は六千ほどになっています。さらにチュリ国人から若い者を徴兵しているようです。今後、チュリ国人の部隊を編成するのでしょう」


 今戦えば三万対六千の戦いになる。普通なら三万の桾国が勝利するはずなのだが、桾国兵の練度と士気が気になった。


 優秀な影舞も桾国兵の練度や士気までは調べていなかった。だが、桾国全体の活気が失われ、景気が悪くなっているという報告がある。


 原因は耀紀帝が様々な物に課した税のようだ。塩や酒などに課せられた税が跳ね上がり、人々を苦しめていた。そのようにして集めた税金を耀紀帝が後宮で遊ぶために使っているらしい。

 その事実は桾国の国民にまで広まっているという。


 そんな状況で三万という大兵力を、本当にチュリ国へ送り出せるのだろうか? それとも後宮で遊ぶために使われる金額が膨大で、桾国にとって派兵に掛かる費用など大した事がないのだろうか?

 後者の場合、後宮でどんな遊びをしているのか気になる。


「御屋形様、報告を続けてもよろしいですか?」

 ホシカゲの声で思考の渦から抜け出した。

「ああ、済まぬ。考え込んでしまったな。それで桾国の鉄砲兵の数は分かるか?」


 ホシカゲが頭を下げた。

「申し訳ございません。そこまで調べが進んでいないようです」

「そうか、仕方ない。少ない人数で調べているのだからな」


 ホシカゲの報告を聞き終えた俺は、ちょっと気になる点があり、チュリ国が献上していた銀の量がどれほどか調べられないか尋ねた。


「桾国の宮廷に潜り込むのは難しいでしょうが、献上するチュリ国側なら、調べられるかもしれません」

 俺は調べるように命じた。


 桾国の経済は銀を中心に回っている。その銀は桾国内で採掘されたものも多いが、チュリ国から献上された銀も重要だったはずだ。


 ホシカゲが部屋を出ると同時に、ハンゾウが現れた。

「御屋形様、スザク家に動きがありました」

「まさか、休戦協定を破るというのではないだろうな」


「それはありません。ですが、ヤタガラ府の南にあるアヤベ郡に戦を仕掛けました」

「最初に動いたのは、スザク家か。この動きをクジョウ家は、どう判断するだろう」


 ハンゾウが俺に視線を向けた。

「クジョウ家に、動きがないのでございますか?」

「今のところはない。だが、鉄壁の要塞と呼ばれるイズナ城の内部が気になるな」


「配下に調べさせましょうか?」

 ハンゾウがやる気を見せる。

「できるのか? イズナ城の警備は厳重だと聞いたぞ」

「トウノ郡の側からなら入りやすいようです」


 イズナ城については、ほとんど情報がない。俺はイズナ城に潜り込んで調べるように命じた。

 ハンゾウは続けてヤタガラ府の現状について報告を始める。

「ヤタガラ府の商人が、キリュウ郡に訪れる事が多くなっているようでございます」


「なぜだ。キリュウ郡に特別なものはなかったはずだ」

「ナヨロ地方では、今年の作柄が不作でした。例外はトウノ郡とキリュウ郡だったのでございます」


 ハンゾウの話によると、戦いが続いたスザク家は無理な徴兵をしていたらしい。農村地帯から若い男たちを徴兵して戦に駆り出したのだ。


 その影響で田畑が荒れ、不作になったという。スザク家は相当無理をしているようだ。キリュウ郡に侵攻した時点では、キリュウ郡を掌握して守りを固めてから、集めた農民を農村に戻すつもりだったのだろう。


 だが、撃退されカイドウ家の強さを知った故に、農民を戻せなくなった。大きくならなければ呑み込まれると実感したのだ。


「スザク家は大きくなろうと、必死のようだな。それは呑み込まれるかもしれないという恐怖からか?」

「はい。某もそう思います」


 キリュウ郡がカイドウ家、トウノ郡がクジョウ家に組み込まれた事で、スザク家は二つの大きな敵に隣接するようになった。その圧力は相当なものだろう。


「スザク家はカイドウ家と一年の休戦協定を結びました。その一年でヤタガラ府を大きくしようと必死なのでございます」


「そうだろうな。だが、クジョウ家への備えはどうなのだ?」

「某も腑に落ちないのでございますが、カイドウ家に対するものより備えが薄いのでございます」


 スザク家とクジョウ家が裏で手を握っているという事はないかと疑った。それをハンゾウに質してみる。

「クジョウ家に利がないように思えるのですが?」


「休戦協定が切れた後に、両家が同時にカイドウ家に戦を挑んだら、どうだ?」

 ハンゾウの顔が強張った。

「そうなったら、カイドウ家はどうなるのでしょう?」


 俺はニヤッと笑った。

「クジョウ家とスザク家が時間をくれるというのなら、喜んでもらう。その間に、新型単発銃を量産し、一万の鉄砲兵を揃えてみせる」


 ホクト城の敷地内にある鉄砲工房は拡張され、工房ではなく工場と呼ぶような規模にまでになっていた。後九ヶ月ほどの時間があれば、新型単発銃五千丁を生産できるだろう。


「火薬は大丈夫なのでございますか?」

「心配するな。火薬工場も量産体制に入った。十分な火薬が用意できる」


 ホクトで製造している火薬は、綿火薬なので綿さえあれば量産できるのである。その綿だが、自領内でも栽培を奨励しているが、桾国からも大量に購入している。


 アマト州と桾国の間で行われる交易では、正腹丸やガラス製品、ランプなどを輸出して、大量の綿や鉄鉱石を輸入しているのだ。


 一万の鉄砲兵なら、クジョウ軍とスザク軍が束になって戦を挑んできても、返り討ちにする自信がある。

 その自信の源には、単発銃だけでなく大砲の増産も進んでいるという事実もある。散弾筒の備蓄も進められているので、大きな戦力となるだろう。


 報告を終えたハンゾウは、満足そうな顔をして帰っていった。

「問題は、何事を行うにしても、資金が必要だという点だ」

 小姓のマサシゲが口を挟んだ。

「カイドウ家は豊かだと思うのですが?」


 俺は笑いながら頷いた。

「確かに、カイドウ家は豊かだ。だが、イングド国やフラニス国、アムス王国に比べたらどうだ?」


「分かりません」

「列強諸国が使える予算……金はカイドウ家の五十倍、百倍も大きなものだ」

 サコンとマサシゲが驚いた顔をする。列強諸国の大きさを分かっていなかったようだ。


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