第111話 コタン島制圧

 カイドウ家の討伐艦隊を指揮しているのは、譜代の家臣であるソウマ・トシツナだ。ソウマは川越衆と呼ばれた人々の一人で、少年期にはミザフ河で小さな川船を操り川魚や川海老などを獲って生活の足しにしていた。


 なので、船には興味があり、カイドウ家が軍船を建造して海軍を創設すると聞いた時、自ら手を上げ海軍の創設に参加した。


 ヒュウガ城を砲撃した作戦にも船奉行であるツツイの副将として参加している。そして、今回は討伐艦隊の総指揮を執る事になった。


「いい風が吹いておるな」

 ソウマが副将であるカジヤマ・キヨナガに声を掛けた。カジヤマはモウリ家の家臣だった武人だが、海が好きだという人物だ。


「ええ、ただスループ軍船が速度を上げているようです。注意せねば」

「まあ、少しくらいならばいい。視界から消えるような勢いで進み始めたら、減速の旗を掲げてくれ」


 カイドウ家の海軍は創設したばかりであり、決して精鋭部隊だとは言えない。一月ほど艦隊行動の訓練をしているが、まだまだ足並みが揃わない時もあるのだ。


「ソウマ提督、海賊どもの練度はどれほどでしょう?」

 提督と呼ばれて苦笑いしたソウマは、御屋形様から聞いた話を思い出した。大昔の海軍という組織では、艦隊を率いるような最上級の指揮官を提督と呼んでいたらしい。


 それを聞いた部下たちが、ソウマの事を提督と呼び始めたのである。

「海賊どもは、トウエ地方を荒らし回っているようだな」


 アマト州東部の近海で、カイドウ家海軍が訓練を始めたので、海賊どもはアマト州へは近付かなくなった。その代わりにミカグラ郡の南にあるトウエ地方を荒らしているらしい。


 トウエ地方はユイ郡・ゲイホク郡・オブセ郡・ビンゴ郡の四つ郡を纏めた呼び名である。海沿いに町や村を持つゲイホク郡・オブセ郡・ビンゴ郡は大きな被害を出しているようだ。


 討伐艦隊がコタン島に近付くと、海賊たちが気付いて船を出す。情報通り三隻の関船と十一隻の小早船がコタン島を出て逃げ始めた。


 風の強さや向きによって、艪を漕いで進む関船や小早船が帆船より速い場合もある。だが、今日は帆船にとって良い風が吹いており、討伐艦隊はどんどん距離を縮め始めた。


「よし、作戦通りスループ軍船は、小早船を追っているようだな」

 時間が経つと体力が尽きたのか、小早船の船足が落ちた。そこに追い付いたスループ軍船から単発銃による攻撃が開始される。


 海賊船から矢が飛んでくる事もあったが、ほとんど一方的に銃弾が小早船に撃ち込まれ海賊たちが命を落とした。スループ軍船は小早船に接近して焙烙ほうろく玉を投げ込んだ。


 焙烙玉というのは、焙烙と呼ばれる陶器に火薬を詰め導火線に火を点けてから投げる手榴弾である。海賊船では爆発音と悲鳴が上がる。


 小早船で爆発が起き、船が沈み始めるとスループ軍船は次の獲物を探して進み始める。海上のあちこちで燃え上がる海賊船の姿が見えた。


 ちなみに、スループ軍船が大砲を使わないのは、小早船ほどの小型船になると砲弾が命中しない事が、訓練の過程で分かったからである。


 キャラベル軍船では、海賊の小早船が燃え上がるのを見て、ソウマが満足そうに頷いた。一緒に見ていたカジヤマも満足そうな顔をしている。

「海賊の小早船は片付きそうでございますね」

「問題は海賊の関船だ。榴弾が確実に働いてくれるのを期待するしかないな」


 カイドウ家の榴弾は、偶に不発の場合があるのだ。それに波に揺られている船の上から命中させるのは至難の業である。十発撃って一発当たるかどうか分からないという命中率なので、かなり接近して砲撃する事になる。


 ソウマは海賊船に近付くように命じた。白い波を作りながら、キャラベル軍船が海賊船に並走する位置に付く。敵の矢や火縄銃の鉛玉が届くような近さである。


 その距離で片舷五門の斉射を開始させた。

「放て!」

 ソウマの声が響くと腹に響くような発射音が耳を痛めつけ、榴弾が海賊船へ向けて飛翔する。初弾は全て海賊船を飛び越えて海に落ちた。


 榴弾は海の中で爆発した。その水飛沫を浴びた海賊たちは、顔を青褪めさせる。そして、漕手たちに怒鳴る声が聞こえた。速度を上げろと命じているのだ。


 甲板に置かれている大砲には、多少の上下角調整ができる仕掛けがある。それを調整して榴弾を装填し、もう一度砲撃する。今度は後ろに逸れて海に落ちる。


「当たりませんな」

 カジヤマが愚痴るような声を漏らした。

「……海戦とは難しいもの、撃って撃って撃ちまくるのだ」

 ソウマ自身も海上での砲撃戦が難しいものだと分かっていた。だが、実際に経験するともどかしい。


 今度こそ今度こそと思いながら撃ち続け、六回目の砲撃で榴弾が海賊船に命中した。海賊どもが右往左往している様が見える。そして、榴弾が爆発。大勢の海賊が海に放り出された。


 冬の一番寒い時期は過ぎたが、海水はまだまだ冷たいだろう。海に投げ出された海賊は命を落とす事になる。海賊船から浸水しているという叫びが上がり、その足が止まった。


 ソウマは他の海賊船の様子に注意を向けた。三隻の関船はキャラベル軍船の攻撃で何らかの損傷を受け、戦いどころではなくなっている。


 結果として、カイドウ家海軍と海賊との戦いはカイドウ家の圧勝で終わった。ただカイドウ家にも怪我人が出ている。敵の矢や鉛玉を受けて傷を負ったのだ。


 怪我人の手当を命じたソウマは、カジヤマと一緒に燃える海賊船を見詰めていた。

「御屋形様が言っておられた舷側砲を持つ本格的な軍艦が欲しいものだ」

「このキャラベル軍船やスループ軍船も大した物なのですが……」


「列強諸国が大艦隊を、この海に派遣するかもしれぬ、と仰られていたではないか。そんな艦隊が来たら、こんな船では太刀打ちできんぞ」


「それは某も感じました。砲の数が少な過ぎます。もっと数を増やし、命中率を上げねばなりません」

 二人は様々な課題を胸に抱えて、仕上げとなるコタン島の制圧に向かった。


 コタン島にある海賊のアジトは、海からは見えない山の中にあった。そのアジトを調べるとほとんど人が居ない。居たのは動けない怪我人ばかりだ。その者たちも海賊であり、ソウマは処刑した。海賊は根絶やしにせよ、との命令を受けていたからだ。


 カイドウ家では、コタン島の南側に良い湊になる土地があるのを発見し、そこに町を造る計画を立てていた。この町はハジリ島の人々と交易するために造る町である。


 ハジリ島の大名や太守は、ミケニ島の住民と交易する事を禁じていた。その禁じ方はミケニ島の船がハジリ島の湊に来たら、追っ払うという方法である。


 それならばハジリ島の船が交易に来るようにしようというのが狙いだった。コタン島の町に持ち帰れば売れそうな商品がたくさんあると知れば、ハジリ島の商人たちが競って訪れるだろうと考えたのだ。


 コタン島で町造りが始まると、ハジリ島の大名や太守も気付いた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 メムロ府のビホロ城で、ミヤモト家当主トシカツが重臣たちを集めて評定を開いた。

「ルソツ湊から連絡が来た。ミケニ島のカイドウ家が海賊どもを成敗し、コタン島を制圧したそうだ」


「そんな馬鹿な。海賊どもは逃げたのではないのですか?」

 ミヤモト家の城代家老ワカバヤシ・ムネチカが問うた。


 トシカツが不機嫌そうな顔で溜息を吐いた。

「確かに海賊どもは逃げた。だが、カイドウ家の軍船が追い掛け沈めたらしい」


「一隻残らずでございますか?」

「カイドウ家は、一隻残らず沈めたと言っている。どうやら嘘ではないようだ」

「なぜ嘘ではないと言えるのです。見ていた者が居たのでございますか?」

 重臣の一人が質問した。


「海戦が起きた海で、漁師の船が漁をしておった。その漁師が見ていたそうだ。カイドウ家の軍船は大砲を何発も撃ち、海賊船を沈めたらしい」


「そう言えば、モウリ家の居城であるヒュウガ城を、カイドウ家が海から砲撃して破壊した、と評判になった事が有りました」

 顔を強張らせたワカバヤシが思い出したように言う。


「しかも、困った事に、コタン島に町の建設を始めたようだ」

 重臣たちの顔色が変わった。

「そんな事を許してはなりませんぞ。コタン島からカイドウ家の連中を追い払らわなければ」


 トシカツが面白くなさそうに尋ねた。

「どうやって追い払うのだ? カイドウ家のコニシが訪れた時に、コタン島はミヤモト家の支配地ではないと言ってしまったのだぞ」


 コニシにコタン島はミヤモト家の支配地であるから手を出すな、と言っておけば抗議する事もできたのだが、ミヤモト家とは関係ない島だと言ってしまった以上、抗議もできない。


「カイドウ家と戦う事はできぬのでございますか?」

「戦力を考えよ。カイドウ家の兵力は四万近いそうだ。我らはおよそ一万二千ほど、それにカイドウ家は大量の鉄砲を持っているらしい」


 ミヤモト家の重臣たちは暗い表情を浮かべた。


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【あとがき】

執筆用の参考資料を公開します。みてみんにアップロードしたミケニ島とハジリ島の地図です。

未完成ですが、よろしかったら参考にしてください。地図をクリックすれば大きくなります。


https://15132.mitemin.net/i526626/

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