第97話 スザク家の誤算

 魚の漁獲量を増やすために、大型漁船と漁網を増産した。ホクトの前面に広がるホンナイ湾で夏の季節に獲れる魚というと、アジ・カンパチ・スズキ・アナゴ・キスが多いようだ。


 それらの魚を天ぷらや刺し身にして出す居酒屋が増え繁盛するようになった。それらの居酒屋ではカイドウ郷で造られる焼酎が出されるようになり、焼酎の増産が始まる。


 アマト州の首都ホクトが発展すると、ホクトを訪れる人々が増え、そこで飲んだ焼酎を気に入って大量に購入するという商人も多くなった。御蔭でカイドウ郷で増産しても追いつかないという状況になっているようだ。


 ホクトの人口が増えると、酒だけでなく大量の品物が周囲の地域から運ばれるようになった。アガ郡とバサン郡からは食糧や布などが運ばれ、ミザフ郡からは酒や鉄製品などが運ばれてホクトの商店に並ぶようになる。


 ホクトが栄えるようになると、アダタラ州のハシマが衰退する気配を見せ始めた。その事に最初に気付いたのは、商人である。商人たちはいち早く商売の基盤をホクトへ移した。

 その事をカラサワ家の武人たちが知った時には、どうしようもなくなっている事だろう。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 カムロカ州の南にあるナヨロ地方。そのナヨロ地方のミナカミ郡を支配している大名スザク・朱海督しゅかいのかみ・モリツナは、その領地を着実に拡大していた。


 元々ナヨロ地方には八つ郡があったのだが、スザク家が周囲の五郡を呑み込みヤタガラ府を打ち立てた事で、トウノ郡とキリュウ郡が残るだけとなった。


 スザク家は三十八万石の守護大名になり、その勢いはカイドウ家に迫るものがあると、評判になる。

 その当主モリツナが、ミナカミ郡のアタカ城で腕組みをして考えていた。


「殿、どうかなさいましたか?」

 武将のワクイ・スケタカが声を掛けた。

「トウノ郡のコウサカ家とキリュウ郡のユウキ家が、手を結びおった」


 ワクイは驚きの表情を浮かべる。

「本当でございますか?」

樹火炉きひろ衆が調べた結果じゃ。間違いない」


 樹火炉衆とは、スザク家に仕える忍びの一族である。

 その調べによると、コウサカ家とユウキ家はスザク家から攻められた場合に協力して戦う事を約束したらしい。事実上の同盟関係が成立したのだ。


「まずい事になりましたな」

「離間策を考えねばならんだろう。何かないか?」

「そうでございますね。オキタ家を使うのはどうでしょう?」


 キリュウ郡のユウキ家とホタカ郡のオキタ家が昔から仲が悪い事は周知の事実である。それを利用してはどうかとワクイは提案した。


「具体的にはどうするのだ?」

「オキタ家とトウノ郡のコウサカ家が、密かに連絡を取り合っているように偽装するのでございます」

「なるほど。樹火炉衆を使って、ユウキ家を騙すのか……面白い」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 その数日後、キリュウ郡とホタカ郡の郡境で関所を通らずにホタカ郡へ入ろうとしていた不審者を、ユウキ家の兵が見付けて捕縛した。


 調べてみると、その不審者はコウサカ家からオキタ家へ宛てた密書を隠し持っていた。それを読んだユウキ家の家臣は顔色を変えて、ユウキ家の当主サダヨリに届けた。


 ユウキ家の居城で、その密書を読んだサダヨリは重臣たちを集める。

「何が起きたのでござるか?」

 重臣の一人ヒガキ・シゲノリは、主君に尋ねた。


「コウサカ家からオキタ家への密書を手に入れた。どうやら、コウサカ家は裏切ったようだ」

 その密書には、オキタ軍がキリュウ郡に侵攻すれば、時を同じくしてコウサカ軍がキリュウ郡に攻め込むと書かれていた。


 ヒガキは首を傾げた。

「スザク家の脅威が迫っておるのに、コウサカ家がそんな事をするでしょうか?」


 その疑問に異を唱える武将のホリウチ・ナリサトが反論する。

「こんな時だからこそ、オキタ家と手を結びたいのではありませんか」

 オキタ家は太守となったカイドウ家と親戚関係にある。味方にするなら、オキタ家が良いとコウサカ家は考えたのではないかと言う。


 サダヨリの眉間に深いシワが浮き上がった。

「カイドウ家か……確かにカイドウ家と手を結べれば、スザク家の脅威に怯えなくて済む。だが、そのために我らとの約束を破り裏切るというのは、言語道断だ」


 ヒガキが慎重に対処すべきだと意見すると、ホリウチは攻められる前に攻撃するべきだと言い出す。

「この密書が本物かどうか分からぬのだぞ。軽々しく攻撃しろなどと言うべきではない」


「ヒガキ殿は、そう言われるが、もしオキタ軍が攻め込んだと同時に、コウサカ軍が攻め込んできたら、ユウキ家はどうなるとお考えか?」


 ヒガキが苦い顔となる。

「それは苦しい状況になるだろう」

「苦しい状況……ユウキ家の存亡の危機となるのですぞ」


 激しい意見が飛び交い議論が紛糾した。その議論を聞きながら、サダヨリは迷っていた。もし密書が本物なら、ユウキ家は本当に存亡の危機となる。


「判断がつかん。どうすればいいと思う?」

 サダヨリは重臣たちの考えを求めた。ヒガキが厳しい顔をして意見を述べた。

「殿、カイドウ家に臣従するという選択肢は取れないものでしょうか?」


 重臣たちが唸るような声を上げた。カイドウ軍とユウキ軍は戦った事がある。その時は、大名同士で大した違いはなかった。だが、今は八十万石近い太守と一地方の大名という立場に変わっている。


 サダヨリは苦い思いがこみ上げてきた。

「なぜカイドウ家なのだ。クジョウ家で良いではないか?」


 ユウキ家とクジョウ家は不戦条約を結んでいた。ユウキ家としては同盟を結びたかったのだが、クジョウ家が承知しなかったのだ。これには吝嗇家のクジョウ家当主ツネオキの性格が関係している。

 同盟を結んでもクジョウ家の得にはならないとツネオキは考えたのだ。


「今回の場合だけを考えれば、クジョウ家でも構わないと思います。ですが、将来を考えれば、カイドウ家を選ぶべきでしょう」


「どういう意味だ?」

 サダヨリがヒガキの顔を睨むようにして訊いた。

「将来、ミケニ島の北半分を賭けて、大きな争いが起こるでしょう。その時、クジョウ家とカイドウ家が戦う事になります」


「待て、カラサワ家はどうなる?」

「カラサワ家に将来はありません。大路守様に太守としての力量がないのです」

 ヒガキが厳しい事を言った。


「何をもって、大路守様に力量がないと言うのだ?」

「三虎将のコウリキ殿を辺境に追いやり、ホソカワ殿を遠ざけている事です。御蔭でタカツナ軍との戦いは惨敗し、それを挽回すために、タカツナ殿を暗殺するという奇手を打ちました。ですが、そんな奇手が成功するのは一度だけです」


 ヒガキがカラサワ家の当主を酷評するのを聞いて、サダヨリには納得するものがあった。混乱した東アダタラ州を、もう一度アダタラ州に組み込むためにカラサワ軍が戦い続けているが、今だ二つの郡を掌握しただけで手間取っている点だ。


「分かった。カラサワ家の事はいい。だが、どうしてクジョウ家ではなく、カイドウ家なのかを具体的に説明しろ」


 重臣たちの視線がヒガキに集まった。

「まずは兵力でございます。クジョウ家はおよそ百万石、三万の兵力を持っております。一方、カイドウ家は七十八万石、二万三千の兵力でございます」


「クジョウ家の方が有利ではないか?」

「中身が重要なのでございます。クジョウ軍の鉄砲兵は八百ほど、カイドウ軍は二千、それに大砲の部隊もあります」

 サダヨリと重臣たちが静かになった。


「鉄砲兵が二千か、凄まじいものだな」

 ユウキ軍の兵力は三千ほど、その中で鉄砲兵は二百ほどしか居ない。その二百を用意するのにも苦労したのだ。


「過去にも、ワキサカ家・シノノメ家などが降伏し、臣従しております。カイドウ家は、それらの豪族に寛容な態度で接しており、領地は削られるでしょうが安心できます」


 ユウキ家で三日に渡って会議が続けられた。そして、カイドウ家に臣従するという決論に決まる。

 サダヨリは使者をカイドウ家に向かわせた。その使者となったのが、ヒガキである。


 正装したヒガキがホクト城に行くと、カイドウ家の当主と重臣たちの前に案内された。

「ヒガキ殿がホクト城に来られるとは、思ってもみなかった。どうした用件で来られたのかな?」


 若い当主にヒガキは目を向けた。

「我がユウキ家は、存亡の危機にあります」

「それはスザク家の事を言われているのか?」


「そうでございます」

「その対策として、コウサカ家と同盟を結ばれたと聞いた」

「確かに同盟は結びましたが、それだけでは安心できないと考えたのです」


 スザク家は三十八万石の守護大名、コウサカ家とユウキ家を合わせてもスザク家の方が大きいのだ。


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