第86話 三虎将コウリキ・ツナヒデ
中古火縄銃の売買交渉を終えた俺は、アシタカ府から奪ったエサシ郡に派遣しているトウゴウをどうするか考えた。評議衆としての仕事もあるので、ミモリ城に戻したいのだが、代わりとなる者が居ないのだ。
トウゴウは武将としての技量もそうだが、内政家として領地を治める能力も持っており、荒れているエサシ郡を統治するのに必要な存在となっていた。
「人材不足はどうしようもないのかな」
俺はホシカゲを呼んだ。各地に埋もれている人材が居ないか、聞きたかったのだ。
ホシカゲが来て、質問すると考え込んでしまった。
「使える人材を放置する大名も居ないからな」
「いえ、一人だけ心当たりが有るのですが、難しい人物なのです」
「誰だ?」
「カラサワ家の三虎将コウリキ・ツナヒデ殿でございます」
「確かユフ郷というところで代官をしているはず?」
ホシカゲが頷いた。
「先月までは、そうでございました。ですが、息子のマサナリが、大路守様のお怒りを受けて、罷免されたのを機会に代官の職もやめて隠居しているようです」
「そのマサナリ殿は、何が原因で罷免されたのだ?」
「カラサワ家の台所事情も苦しいようで、大路守様が進められていた山稜寺の建立を中止してはどうかと、勘定奉行の立場から提案されたようです」
「真っ当な意見のように聞こえるが、何か事情があるのか?」
「はい。この寺は、大路守様の父親タネモト様を
「父親のためか……分からないでもないが、それだけで罷免というのは、明らかにやりすぎだ。勘定奉行としての仕事をしただけなのに」
息子が罷免されたと聞いたコウリキは、カラサワ家当主のヨシモトに失望したらしい。そのせいで代官をやめてしまったようだ。
「コウリキ殿か、欲しいな」
俺はコウリキに誘いを掛ける事にした。手紙を書き、コウリキではなく三虎将の一人ホソカワに渡すように命じた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
アダタラ州の辺境にあるユフ郷で屋敷を購入したコウリキは、悠々自適の生活を送っていた。負傷した足は元に戻らなかったが、痛みはほとんどなくなっている。
「マサナリ、ハシマに行って御屋形様に許しを請うのが、良いのではないか?」
「父上、その話は百回は聞きました。もう一度勘定方の仕事に就けたとしても、苦労するだけです」
カラサワ家の財務は危機的な状況になっていた。タカツナ軍との戦いで巨大な戦費を費やした上に、無駄な山稜寺建立などの出費をしている。
領土が元のままだったら何とかなったかもしれないが、今は半分になっているのだ。収入が半分になったのに、ハシマ城での生活は変わらず、というのでは領地経営は成り立たない。
カラサワ家の最盛期に溜め込んだ財貨は、膨大なものだ。それが二年ほどで二割にまで減っていた。このままでは一年ほどで蓄えがなくなり、借金をせねばならなくなるだろう。
その時に苦労するのが勘定方なのだ。今は戻りたくないというのが、マサナリの本心である。
「父上こそ、御屋形様に願い出て武将に戻してもらえば良いのです」
「馬鹿を言うな。この足では満足に戦えぬ」
「父上が戦う必要はございません。部下を指揮するだけで十分ではありませんか」
ツナヒデが渋い顔になる。
「御屋形様が、全面的に任せてくれるのなら、そうしても良いが、あの方は不安になると、口出しされるのだ」
屋敷の外から声が聞こえた。
「誰だろう」
マサナリが玄関へ行くと、ホソカワが立っていた。
「ホソカワ様、お久しぶりでございます」
「マサナリ殿か、元気そうで何よりだ」
案内されて屋敷に上がったホソカワは、旧友のコウリキを見て眉をひそめた。少し老け込んだように見えたのだ。
「代官の職も辞めて、隠居したと聞いた時は、驚いたぞ」
「何もかもが嫌になった。少しのんびりしようと考えて辞めたのだ」
「まだ、隠居するには早いだろう。もう一度武将として働いてみないか?」
「もう一度、御屋形様に仕えろというのか……やめておく。某には御屋形様の下で武将を務める自信がない」
「仕方ない……ならば、カイドウ家へ行ってみないか?」
コウリキ親子の顔に驚きが浮かんだ。カイドウ家は、カラサワ家の勢力から離れ独立を宣言した大名家だ。そこへ行けというのは、カラサワ家を裏切る事になる。
「なぜ、そんな事を?」
「某も御屋形様に叱責されて、家老職から外された」
「馬鹿な。何があった?」
「カイドウ家と対等な立場で、同盟を組む事を提案したのだ。それしかカラサワ家が生き残る道はない、と考えた」
「なるほど、その提案を聞いた御屋形様は、激怒されたのだな」
「カイドウ家と同等な同盟など組めるか、と言われた。だが、このままでは西アダタラ州が衰退する。現にハシマの町から商人が消え、セブミ郡のホクトへ移っている」
コウリキ親子にとって、商人がハシマからホクトへ移住しているという話は衝撃的だった。商人は目敏い者が多い。そんな商人がカラサワ家を捨て、カイドウ家を選んだという事なのだ。
「カイドウ家か……某は月城督様を知らぬが、どのような方なのだ?」
「変わった方のようだ。手紙をもらった。お主をミモリ城に寄越して欲しいそうだ」
「ふむ、面白い方のようだな。招待されておるのなら、行ってみるか」
「そうか、良かった。じっくりとカイドウ家を見極めてくれ」
コウリキ親子は、一緒にミモリ城へ行く事にした。
ナガハマから船に乗ってトガシへ渡り、馬車でミモリ城へ向かった。
ミモリ城へ到着したコウリキ親子は、待楼館の一部屋に案内された。
「コウリキ殿、ゆっくりしてください」
使番組頭のコニシが言った。
「コニシ殿、あそこにある建物は何かな?」
「あれは鉄砲工房でございます」
「……それはカイドウ家の秘密なのではないか?」
「カラサワ家には知られている秘密です。すでに、あそこで作られた二〇〇丁の火縄銃を購入されております」
「カイドウ家で火縄銃を作り始めたのは、いつぐらいからなのです?」
「……四年ほど前になりますか」
「そんな昔から……では、カイドウ家が戦で使っていた火縄銃は、全てミモリ製だったのですか?」
「ほとんどはそうです。一部は大陸製のものもありました」
コウリキは四年前を思い出した。その頃のカイドウ家は、ミザフ郡の豪族のひとつにすぎなかったはずだ。そんな頃から火縄銃を製造し、戦に備えていたのかと感心する。
コニシと雑談を交わしていたコウリキ親子に使いが来た。その使いの案内で応接部屋に向かう。そこで初めてカイドウ家当主と言葉を交わした。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「お会いできて、光栄に存じます」
俺の第一印象は、トウゴウが年を取ったら、こうなるんじゃないかというものだった。
「よく来てくれた」
少し雑談をして、コウリキ親子の緊張を解させてから用件に入った。
「コウリキ殿、カラサワ家で培った技量をカイドウ家で役立ててくれぬか?」
「それを決める前に、月城督様のお考えを知りたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」
息子のマサナリが慌てた。父親が言っているのは、自分を納得させなければダメだという意味だからだ。
「父上、それは失礼ではありませんか」
「よい、何が知りたい?」
「ありがとうございます。ならば、まずカイドウ家をどうしたいのか伺ってもよろしいでしょうか?」
「カイドウ家というより、ミケニ島をどうしたいかだ。俺はミケニ島を統一して国を造りたいと思っている」
コウリキ親子は驚いたようだ。
「天下統一でございますか。統一したら何をされるのです」
「古代に栄えていた文明を、もう一度築くための基礎を造る」
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