第85話 列強諸国の動き
暗殺者を送ったモウリ家に対して、三隻の軍船を送り込みヒュウガ城を砲撃したカイドウ家が評判となった。その中には列強諸国も含まれている。
ムサシ郷のホクトにある交易区で、商館長のファルハーレンとフラニス国の大商人ジェラルドが会話をしていた。
「アムス王国は、さすがですな」
「何の事です?」
「この交易区ですよ。正確にはカイドウ家を選んだ事ですな」
「覇権競争ですか?」
列強諸国の間では、このミケニ島の覇権を握るのは誰かという事が話題になっている。以前はカムロカ州のクジョウ家とアダタラ州のカラサワ家が有力視されていた。
しかし、アダタラ州が分裂しカラサワ家は覇権争いから脱落した。そして、新たな勢力がいくつか出てきたのだ。その一つがカイドウ家である。
「ええ、カイドウ家が覇権を取るのではないかと、フラニス国の商人たちは噂しておるのです」
「フラニー人は、島の誰が覇権を取っても、最終的な支配者は自分たちだと思っているのではないですか?」
ジェラルドが厳しい顔になり頷いた。
「ええ、そう思っている者が居るのも事実です。ですが、私は無理だと思い始めました」
「どういう事です?」
「カイドウ家がヒュウガ城を砲撃した件です。カイドウ家は独自に大砲を開発したらしいですな」
「そのようです。我々も含めて、大砲の製造方法を教えた列強諸国人は、居ないようですから」
「島蛮と呼んで
ファルハーレンは、本当にそう思っているのだろうかと疑った。フラニー人は列強諸国以外の人間を野蛮人だと考えている傾向が強い民族なのだ。
本当は生意気だから皆殺しにしてしまえ、とでも思っているのではないか。ファルハーレンはそんな気がしていた。
「ところで、商談なのだが、カイドウ家が作っている『正腹丸』という薬が欲しい。この商館で用意できないだろうか?」
ファルハーレンは少し驚いた。島蛮が作った薬など使えるか、と言うのがフラニー人だからだ。
「もちろん、可能ですが、どうしてです。桾国人にでも売るのですか?」
「腹痛によく効く薬だと、本国で評判になっているのですよ」
正腹丸という薬は、ファルハーレンの商会でも少量だが扱っていた。桾国に持ち込み販売しているのだ。桾国人は列強の薬だと思って買い、ありがたがっている。
「それは知りませんでした」
アムス人の商人は、正腹丸を自分たちで使おうとは思わなかった。島の原住民が作った薬など危なくて使えないと思っていたからだ。
フラニー人と同じく、アムス人も心の中ではミケニ島の住民を野蛮人だと思っている証拠だ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
影舞からヒュウガ城砲撃の結果を聞いて、俺は満足した。
「殿、アシタカ府のエサシ郡を占拠しましたが、これからどうしますか?」
イサカ城代の質問に、俺は顔をしかめた。
モウリ軍に反撃する形でエサシ郡を占拠したが、そこの領地経営を立て直すのは苦労しそうだ。エサシ郡は、アシタカ府の中で最も広大な平野がある。
但し、この平野には問題があった。水不足となる農地が多いのだ。アシタカ府の真ん中には、クナノ河という大河が流れているが、この水が有効に使われていないのである。
しかも、このクナノ河は暴れ河であり、毎年のように水害を起こし治水の必要性が叫ばれていた。だが、治水工事をするためには莫大な資金が必要となる。
「エサシ郡を立て直すだけで、精一杯だ。他の郡にまで手を伸ばす余裕はない」
「そうなると、タルマエ郡やミカグラ郡が心配ですな」
「両方とも、反乱を起こした土地だ。荒れるだろうが、しばらく放っておく。今はエサシ郡の内政に集中しようと思う」
「分かりました」
小姓のサコンが現れ、ホタカ郡からオキタ家の家臣ヤストミが来訪したと告げた。
「火縄銃の件だな。応接部屋へ案内しろ」
「承知しました」
俺が応接部屋へ行くとオキタ家の内政家であるヤストミが待っていた。挨拶を交わし用件に話が移る。
「オキタ家で、火縄銃を購入したいという事であったな」
「はい、お願いいたします」
「しかし、オキタ家ならクジョウ家から買えたのはないか?」
「クジョウ家から買えるのは、カムロカ州で作られた火縄銃なのでございます。扱い難いので鉄砲兵が嫌っております」
「ああ、あれか。いくらなのだ?」
その値段を聞いて驚いた。クマニ湊で買った時の三倍ほどになっていた。それだけ需要が多いという事なのだろう。
「そうだ。カイドウ軍の中古で良ければ、安く売っても良い」
「本当でございますか?」
俺は火縄銃を単発銃に替えようと思っていた。そこで問題になるのが火縄銃である。整備すれば、まだまだ使えるのだが、一旦単発銃に替えれば使わなくなるだろう。
カイドウ家にとって不要な武器ならば、オキタ家に売っても良いと思った。そこで値段交渉したのだが、中古なのに高額で売れた。全体的に火縄銃の相場が上がっているのだ。
オキタ家とカイドウ家は二〇〇丁の中古火縄銃を売買する契約を交わした。
「ところで、カイドウ家の軍船が、モウリ家のヒュウガ城を壊したというのは、本当でございますか?」
「本当の事だ」
「軍船から一兵も上陸せずに、大砲だけで城を壊したと聞きますが?」
ヤストミは信じられないようだ。
「ヤストミ殿は、大砲を火縄銃が大きくなったようなものと思ってはおらぬか?」
「違うのでございますか」
俺は大砲について、少し説明した。射程が桁違いであり、攻城戦において絶大な威力を発揮すると分かると、ヤストミが興味を示した。
「オキタ家で、戦が起きそうなのか?」
「ホタカ郡の南西にある地方、トウノ郡やキリュウ郡を含めたナヨロ地方で、戦が起きそうなのです」
オキタ家の長年の敵であるキリュウ郡のユウキ家もナヨロ地方の一つなので、ナヨロ地方の戦乱に巻き込まれている。その結果、ユウキ家は戦力を増強しており、その影響を受けたオキタ家も火縄銃などを購入して戦力増強に動いているのだ。
ナヨロ地方か。あそこはナヨロ州のスザク家という大きな勢力が分裂して、今の状況になったと聞いている。スザク家が動き出したのか?
「スザク家が関係しているのかな?」
「ミナカミ郡を支配しているのがスザク家の子孫です。スザク家はまたナヨロ州を復活させようとしているようなのです」
影舞の報告にあったミナカミ郡とその南にある二つの郡の戦いだろう。二つの郡を呑み込んだスザク家は、二〇万石を超える大きな大名となっている。
「ミナカミ郡のスザク家だが、イングド国が関係しているようだな」
「その通りです。火縄銃や硝石を売り、スザク家の
俺は顔をしかめた。イングー人の目的が気になる。商売だけで火縄銃や硝石を売るとは思えなかったからだ。その事をヤストミに尋ねてみた。
「スザク家がイングー人に協力を求めた時、国教であるアポール教を広める許可をもらったらしいのです」
俺は溜息を吐きたくなった。天駆教の次はアポール教か。相手が外国人だと問答無用で排斥するのも難しい。カイドウ家の支配地に広まったら、どうするか?
スザク家に食い込んだイングー人の背後には、宣教師が付いているようだ。ミナカミ郡の各地に教会を建て、布教を始めているという。
「天駆教のようにならなければ、良いのだが」
俺の言葉を聞いたヤストミは、まさかという顔をする。だが、天駆教はアポール教が元になっているのだ。アポール教は異教徒を容赦なく排除しようとする宗教なのである。
ナヨロ地方の情報を集める必要が有りそうだ。影舞に命じよう。
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