第80話 アシタカ府の反撃

 俺はアムス人の商館長ファルハーレンと会食した後、マゴロクと話を始めた。

「殿、脅し過ぎではないですか?」


「アムス人とは、これから先も友好関係を続けていきたい。最初に脅しておいて、増長する事は許さないと示そうと思ったのだ」


「ですが、本当に硝石の事を話してもよろしかったのですか?」

 カイドウ郷のイナミ村では最初の硝石が生産され、カイドウ家は自領製の硝石五トンを手に入れている。この先、毎年硝石が産出するだろう。


「構わない。新しい火薬の生産方法を確立したのだ」

 俺は綿火薬の製造方法と雷汞らいこうと呼ばれる雷酸水銀の製造方法を研究していた。


 綿火薬は、綿を硝酸と硫酸との混酸で処理してニトロセルロースを製造し、添加剤を加えて作り出す事は知っていた。だが、どうやって大量・安全に造るかというノウハウを研究して確立するのに二年ほどの時間が必要だった。


 雷汞は雷管の起爆薬として使えるものだ。水銀を濃硝酸に溶かしてアルコールで処理する事で製造される。

 この綿火薬と雷汞により、銃弾が作れるようになるのだ。


 俺は銃弾と単発銃を作るように、鉄砲鍛冶のトウキチに命じていた。ただ単発銃と銃弾を作るには、作るための工作機械から作らねばならないようだ。


 俺から説明を受けたマゴロクは、感心したように頷いた。

「火縄が不要になり、雨の中でも問題なく撃てるようになるというのは凄いですな」


「一番の利点は、弾込めの時間が短縮される事だ。火縄銃を一発撃つ時間に単発銃なら七、八発撃てる」

 それを聞いたマゴロクは、目を丸くした。


「それが大量に配備されたたら、カイドウ軍は無敵になります」

「それは大げさだ。だが、列強諸国の軍隊にも負けない軍ができるだろう」


 マゴロクが首を傾げた。

「そうすると、せっかく製造した硝石が必要なくなるのではありませんか?」


「いや、当分は火縄銃を使うので必要だ。それにカイドウ家の火縄銃がすべて単発銃に変わったとしても、他の大名家では火縄銃を使っている。友好的な大名に売ればいい」


 硝石は高額で取引されているので、硝石の販売は膨大な利益を上げるだろう。

「その利益を元手に、このホクトを大きくできる」


 俺はアシタカ府がある方角に視線を向けた。

「ところで、アシタカ府の様子はどうだ?」

「タルマエ郡とミカグラ郡の郡監が、謀反を起こし、内戦状態となっておりました。ですが、やっと鎮圧されたようです」


「ふむ、内戦で兵力が少なくなったと聞いたが……」

「はい、そのようです。ですが、それでも九千ほどの兵は居ます」


「アシタカ府との間で、何か問題は起きていないか?」

「内戦で家を失くした流民や棄民が、アシタカ府からバサン郡へと流れ込んでいます。人手不足となっているバサン郡では受け入れていたのですが、モウリ家からの抗議があり、今は追い返しています」


 俺はそういう報告があった事を思い出した。その頃は、アシタカ府との関係を悪化させたくなかったので、追い返すように指示したのだった。


「なるほど、その流民たちはどうしている?」

「詳しくは分かりません」


 影舞に調べさせる必要が有りそうだ。俺はハヤテに調べるように命じた。

 俺がミモリ城へ戻った頃、調査結果が届いた。流民の中には餓死した者が出たようだ。


「俺の判断は間違っていたのだろうか?」

 俺が評議衆に問うと、イサカ城代が首を振った。

「殿に責任はございません。そのような犠牲者を出したのは、モウリ家が対策を取らなかったせいでございます」


「そうか。ならば、モウリ家には責任を取ってもらおう。今後はアシタカ府からの流民を受け入れる事にする」

 それが何を意味するのか、俺は十分に理解していた。


 己の支配地から領民が逃げ出すという事は、大名にとって恥である。それに領民が逃げるという事は、支配地の力が逃げるという事でもある。


 領民が居るから税が集まり、兵も募集できるのだ。それを失った大名は衰退し、滅ぶだろう。

 大勢の流民を受け入れるようになったフラネイ府の噂は、アシタカ府全域に広まった。御蔭で、アシタカ府の広範囲からフラネイ府を目指して移動してくる者が増えた。


 その数は、数百人から数千人と増え、モウリ家を慌てさせる。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 モウリ家の当主トヨナオは、重臣たちを集め評定を開いた。

「領民がフラネイ府へ流れておる。どうにかならぬのか?」

 トヨナオは重臣たちを見回し意見を求めた。


 重臣の一人である家老オオクボ・スミナオが口を開く。

「殿、ここは耐えて内政に力を注ぐべきです」


 その意見を聞いたトヨナオは不機嫌な顔をする。

「内政を立て直しても、領民が逃げたのでは、どうにもならんではないか」

「ですが、相手はカイドウ家ですぞ」


「少しお待ちください、オオクボ様。相手がカイドウ家であろうと、モウリ家が治める領地から逃げた領民を受け入れるという事は、モウリ家に敵対するという事。許すべきではありません」


 オオクボは、反論したミノベ・ヨシツナに強い視線を向けた。

「許すべきではないだと……カイドウ家の強さが分かっていて、言っておるのか?」

「前回の戦で負けたのは、火縄銃の数と鉄砲兵の熟練度が劣っていたからでござる。今なら互角の戦いをしてみせます」


 ミノベの力強い言葉を聞いたトヨナオは機嫌を直した。

「頼もしい。ミノベは兵を率いてマツクラ郷を取り戻せるか?」

「もちろんでございます」


 トヨナオはカイドウ家にマツクラ郷とウラカミ郷を取られた事に強い屈辱感を持っていたようだ。

「お待ちください。カイドウ家には火縄銃だけでなく、大砲も有るのですぞ」

「大砲の前には出ないようにすればいいのです」


 そう言ったミノベを、オオクボは睨んだ。そんな事が簡単にできるなら、前回も惨敗する事はなかったのだ。

「オオクボ様、拙者も馬鹿ではありません。真正面から攻めるのではなく、奇襲により先手を取って、マツクラ郷を取ってみせます」


 その言葉に重臣たちのほとんどが賛同する声を上げた。負け戦と内戦が続いた事でうっぷんが溜まっていたようだ。その状況にオオクボも反対できなくなった。


 オオクボの心の中にも、カイドウ家など新参者であり、長年アシタカ府を支配していたモウリ家が本気になれば、倒せるという自負の念がある。それが邪魔をして最後まで反対できなかった。


 その評定の席には、忍び集団火走りの頭領であるタラオ・バンショウの姿もあった。だが、バンショウは評議での発言権はなく、黙って聞いているしかない。


 発言権があれば、オオクボに味方して、主戦派のミノベを諌めただろう。火走りはカイドウ家の戦力をモウリ家で一番知っていたからだ。


 カイドウ家は鉄砲兵の数を急激に増やしており、軽く千五百を超えているのだ。それに比べて、モウリ軍の鉄砲兵は五百足らず。比較にならないのである。


 トヨナオは無理をして五千の兵をマツクラ郷に進めた。

 その事は、すぐに影舞に知られ、モウリ軍の兵力や構成、指揮官であるミノベの性格までミモリ城へ報告された。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 それを受けたカイドウ家は、四千の増援部隊を編成し送り出すと同時に、バサン郡に駐屯しているカイドウ家の兵に、戦の準備を急がせた。


 モウリ軍が府の境に到着した時、カイドウ軍三千が待ち構えていた。ミノベの意図に反して、真正面からの戦いになる。


 だが、兵力五千と兵力三千の戦いだ。モウリ家が優勢な形で戦いは推移する。カイドウ家の陣屋は、モウリ軍により踏み潰されマツクラ郷の内部にまで侵入を許した。


 トウゴウが率いる四千の兵がマツクラ郷に到着した時、マツクラ郷の中心にあるアラオ城までモウリ軍が侵攻していた。


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