第71話 火縄銃と大砲

 カラサワ家のフルタたちは、カイドウ郷へ到着。部下のサイトウを先触れとしてミモリ城へ送った。すると、城から迎えが来て、フルタは待楼館に案内された。


「月城督様と、いつ会えるのでしょうか?」

 フルタの質問に、使番組頭であるコニシ・カズモリは頭を下げてから答えた。


「真に申し訳ございません。殿はセブミ郡へ視察に行っており、只今、戻ってくる途中だと思われます。お待ち願えるでしょうか」


「そうでございましたか。ミモリの町を見物しながら、お待ちしてもよろしいか?」

「ええ、もちろんでございます。案内をお付けいたしましょうか?」

「それには及びませぬ」


 コニシが部屋から出ると、フルタは部屋の窓から外を眺めた。陽炎のサンダユウから教えてもらった場所に鉄砲工房らしい建物が見える。


 城の敷地内ではあるが、ミモリ城から少し離れた場所にある建物で、大きな煙突から煙が出ていた。

「あれが鉄砲工房か。どれほどの火縄銃を作っておるのだろう?」


 フルタの横でサイトウが首を傾げる。

「それは分かりませぬが、ミケニ島で作られる火縄銃は、大陸製のものより劣ると聞いております」

「それは仕方ないだろう。火縄銃を作り始めた経験が浅いのだ」


 サイトウが頷いた。そして、顔を曇らせる。

「そのような顔をして、どうした?」

 その顔に気付いたフルタが問う。


「カラサワ家の将来が気になったのでございます」

「どういう意味だ?」

「カイドウ軍は、曲がりなりにも火縄銃を作る技術を持ち、大勢の鉄砲兵を育成しております。それに比べて、我らの軍は遅れている、そう感じたのです」


「ふむ、確かに遅れている面もあるだろう。だが、それは挽回が可能だ。ハシマの鍛冶屋たちが火縄銃を作る方法を解き明かし、生産するようになれば、カイドウ家に頭を下げる必要はなくなる」


「……カイドウ家が、火縄銃を売ってくれるでしょうか?」

「そこは交渉次第だ」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 俺がムサシ郷の視察から帰ると、イサカ城代からカラサワ家の側用人フルタが来訪していると伝えられた。

「カラサワ家から……何事であろう?」

「用向きは伺っておりませんが、殿に会いたいとの事でございます」


「分かった。待たせたようだから、すぐに会おう。評議衆にも声を掛けてくれ」

「承知いたしました」


 俺は着替えてから二階にある『接見の間』に向かった。この部屋は、他家からの来訪が増えたので用意させた部屋である。


 以前、由良屋チョウベエを迎えた応接室もあるのだが、あれは大陸風の造りになっており、落ち着かないという者も居たので、一般的な板張り床に座布団を置いてあるだけの部屋も用意したのだ。ただ大きい窓を備えているので、部屋の中は明るい。


「フルタ殿、久しぶりですな。前回会ったのは、春の頃でしたので、半年ほどになりますか」

「はい、また月城督様にお会いできて、光栄に存じます」


 少し雑談を交わしてから、俺は鋭い視線をフルタに向けた。

「して、今回来訪されたご用件は何かな?」

「火縄銃の事でございます」


「火縄銃? それがどうされたのかな?」

「売って欲しいのでございます」


 フルタが狂ったのか、と思った。確かにカラサワ家とは敵対関係にない。だが、潜在的には敵なのだ。

「しかし、カイドウ家にある火縄銃は、軍に必要なものです」

「月城督様、鉄砲工房の事は存じております。新しい火縄銃を作って欲しいのです」


 俺は渋い顔になり、評議衆の顔を見た。トウゴウがフッと笑う。

「さすがは、カラサワ家に『陽炎』あり、と言われるだけの事はありますな」


「いえ、カイドウ家が火縄銃を作り始めたのは、随分以前からだったのでしょう。それを最近になるまで、我々に気付かせなかったのです。さすがだと思いました」


 火縄銃を作製している事は、いずれ気付かれると思っていた。しかし、火縄銃を売ってくれ、と頼まれるとは思ってもみなかった。


「火縄銃なら、大陸の国から買えば良いではありませんか」

「いえ、カムロカ州とイングド国が戦をした事で、大陸の諸国は警戒するようになりました。我々に火縄銃を売ってくれる商人を探すのが、中々難しいのでございます」


 最近、クマニ湊の様子などを気にしていなかったので、大陸諸国の動向を調べる事が疎かになっていた。思っていた以上に、サド島での戦いは影響力を持っていたようだ。


「ふむ、しかし……」

 俺が断ろうとすると、フルタが止めた。

「お待ちください。このままでは、勢いを増すクジョウ家にカラサワ家が滅ぼされてしまいます。そうなりますと、西アダタラ州はクジョウ家のものになりカムロカ州に組み込まれる事になります。それをカイドウ家は望みますか?」


 カムロカ州に組み込まれれば、巨大な勢力が誕生する。周辺の豪族・大名は、クジョウ家に従うしかなくなるかもしれない。


 また、東アダタラ州と一緒になりアダタラ州が再誕するのも面白くない。俺はアシタカ府を飲み込み、新しい『州』を誕生させる事を狙っている。新しい州を誕生させるまでは、今の状況のままであって欲しいのだ。


「それで、カラサワ家は火縄銃が、どれほど欲しいと言われるのか?」

 それを聞いたクガヌマが厳しい顔をする。

「殿、火縄銃をカラサワ家に売るというのですか?」


「カラサワ軍が、カイドウ家に火縄銃の銃口を向けるような事を、心配しているのなら、無用だ。そうですな、フルタ殿?」


「もちろんでございます」

 フルタの顔を見て、全然信用できないと思った。その顔には何の感情を浮かんでいなかったからだ。フルタは感情を押し殺し、交渉を纏める事だけに全力を注いでいる。


 影舞から報告されたカラサワ家の当主ヨシモトの性格から考えると、一時いっときだけ友好的なふりをして、後で裏切る時に舌を出しそうだ。


「火縄銃の数は?」

 俺がもう一度尋ねると、フルタは三百丁だと答えた。影舞からの報告でイングド国の商人から二百丁の火縄銃を購入したと聞いている。


「いいだろう。それで代価になるが……」

 カイドウ家がクマニ湊で大陸製の火縄銃を買った時の相場と比較して、二倍の値段に決まった。とは言え、この値段はイングー人の商人から買った値段より安い。


 フルタが去ると、評議衆だけが残った。クガヌマが口火を切る。

「殿、本当によろしいのでござるか?」

「考えた末の事だ」


 トウゴウが身を乗り出した。

「その考えをお聞かせください」

「俺は、アシタカ府を手に入れようと思っている。そのためには東アダタラ州と西アダタラ州が、このままの状態であって欲しいのだ」


「しかし、カラサワ家に売った火縄銃が、カイドウ軍に向けられる事も考えられますぞ」

「そうなるかもしれん。だが、その頃には新しい兵器を作ろうと思っている」

「それは、火縄銃よりも強力な……という事でございますか?」


 俺は頷いた。

「どのようなものでしょう?」

「まずは、サド島に来たイングー人の軍船が、装備していたという大砲だ」


 イサカ城代が身を乗り出して尋ねた。

「それは火縄銃を巨大にした形の兵器でございますな」

「そうだ、威力が凄いぞ」


 トウゴウが首を傾げた。

「威力は大きそうですが、兵を倒すためのものではなく攻城兵器なのではありませんか?」

「そういう使い方もする。だが、兵を相手にしても、大きな威力を発揮するのだ」


 筒状の容器に鉛玉数百発を詰め込んだキャニスター弾を、大砲で撃つ事を提案した。有効射程は短いが、その射程圏内に入った敵兵は悲惨な事になる。


 それを聞いた評議衆たちは、顔を青褪めさせた。

「そんなものを打ち込まれたならば、兵が全滅するかもしれませんぞ」

「いや、そこまで命中率が良い兵器ではないんだ。それに持ち運びが不便なので、運用が難しい」


 評議衆は大砲があるならば、少しくらい火縄銃を売っても大丈夫だと安心したようだ。大砲は取り敢えずのもので、本命は火縄銃を進化させる事なのだが、まあいいか。


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