第59話 カイドウ家の動向

 フナバシが恐る恐る質問した。

「その計画を実行するには、どれほどの金額が必要なのでしょう?」

 カイドウ家の財政を預かるフナバシとしては、それが一番気になるようだ。


「細かい計算をした事はないから分からないな。ただ守護大名ではなく、太守くらいにならねば、完成できぬ計画だと思っている」


 イサカ城代が大きく息を吐き出した。

「太守でございますか? 守護大名になったばかりですぞ。いつになるやら」


「まあ、一気に町を大きくする訳ではない。少しずつ大きくしていくのだ。それに太守にならねば、完成しないと言ったのは、それほどの規模を持つ町が必要になるのは、太守くらいだろうからだ」


 クガヌマは別な事を考えているようだ。不満そうな表情を浮かべている。

「どうした?」

「ナベシマ家が、なぜタカツナ軍と一戦してみようと思わなかったのか、納得できぬのでございます?」


 クガヌマは、戦ってもいないのに負けを認めているナベシマ家が気に入らないようだ。トウゴウが諌めようとした。すると、クガヌマが手を上げてトウゴウを止める。


「分かっておる。無駄に兵を死なせるだけだと言いたいのであろう。だが、本当に負けると分かっているのか? 守りに徹すれば、セブミ郡を守り抜けるのではないか、と思ったのだ」


「少なくとも三倍の敵を相手にする事になるのだぞ。それに敵には火縄銃がある」

 クガヌマが渋い顔をする。火縄銃の怖さを知っているからだ。


「そこまでだ。ナベシマ家の事は近海督殿に任せるしかない。どうやってセブミ郡を守るかを考えろ」


 俺が二人を止め軍議を始めると告げる。トウゴウとクガヌマが頭を下げた。

「殿、セブミ郡と東アダタラ州の境に、砦を建設するなどという事はできませんぞ」

 フナバシが財政を考慮して制限を付けた。


「仕方あるまい。ソボヤマ砦、そして、カヌマ砦の建設と続いたから」

 イサカ城代が呟くように言った。その点については、俺も分かっている。バサン郡やアシタカ府への販路拡大が順調にいけば、半年先には余裕ができる。それまでの辛抱だ。


「ところで、バサン郡に関しては警戒する必要はないのでございますか?」

 モロス家老が確認した。


 セブミ郡とアガ郡の東にあるバサン郡は、昔のミザフ郡のように豪族がバラバラに支配している土地で、カイドウ家にとって脅威とはならない。


 その事をモロス家老に説明する。

「そんな土地なら、東のアシタカ府が攻め取りそうですが?」

 俺は影舞から聞いていたので、説明した。


「アシタカ府は、それどころではないのだ。昨年の年末に大地震が襲って、復興作業で領地拡大などしている余裕がない」


 大地震が起きる前は、カラサワ家が健在であり、その支配下にあったバサン郡には手出しができなかったのである。


「なるほど、アシタカ府は絶好の機会を逃した事になりますな」

「そうだ。二度と来ない機会だ」

 カイドウ家は、その機会を利用して領地を拡大した事になる。


「モロス殿、バサン郡が脅威にならぬ事を理解されたら、セブミ郡をどうやって守るかを考えねば」

 イサカ城代が言うと、モロス家老が頷いた。

「では、セブミ郡ですが、タカツナ軍は、どれほどの兵力を使えるのです?」


 ホシカゲが身を乗り出して、説明する。

「タカツナ軍は、総兵力を一万にまで増やしており、半分の五千をセブミ郡攻めに使える状態でございます」


 トウゴウがカイドウ軍の兵力を確認するように報告する。

「総兵力が七千五百、その中に鉄砲兵が八百。万一の時の守りを考慮いたしますと、セブミ郡での戦いに投じられるのは、四千が限度でございましょう」


 五千対四千か……劣勢であるが、作戦次第で勝てない数ではない。

 その後、トウゴウとクガヌマがいくつかの作戦案を出した。だが、これは行けると思えるようなものではなかった。


 その日は軍議を打ち切り、俺は奥御殿に戻った。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 部屋に残った評議衆は、酒でも飲もうという話になった。イサカ城代は、使用人に酒とツマミを持ってくるように命じる。


 酒とツマミが届くと飲みながら話が始まった。ツマミは沢庵漬けやらっきょう漬けなどの漬物である。酒はハシマで購入した清酒だ。


 クガヌマが酒を一杯飲んでから、思い出したように言った。

「そう言えば、殿がカイドウ郷でも酒を造るかと言っておられたのだが、なぜ酒造りが始まらぬのだ?」


 トウゴウがフッと笑う。

「カイドウ郷で酒造りを始めたら、呑んべえの家臣が全部飲み干してしまうから、やめとこうと言っておられたぞ」


「そんな馬鹿な。誰だ、その呑んべえというのは?」

 トウゴウが溜息を吐いた。

「お主とイサカ城代様に決まっておるだろ」


 イサカ城代が目を見開いた。

「何っ、儂も呑んべえの一人に入っておるのか」

 モロス家老とフナバシが笑う。


「冗談です。本当は酒を造るのに必要な酵母を、探し出せないという話でした。ただ二日前に、見付かったような事を言っておられた」


「それは楽しみでござるな」

 クガヌマが目尻を下げて、グイッと酒を飲んだ。


 フナバシもぐい呑みに注がれた酒を飲んで、セブミ郡のムサシ郷を話題に選んだ。

「しかし、殿が話されたムサシ郷の町については、驚きました」


 トウゴウたちが頷いた。

「海を埋め立て、土地を造ると言われていたが、そんな事が可能なのか?」

 信じられないという感じで問うモロス家老に、フナバシが興奮した様子で答える。


「湖を埋め立て、農地にしたという話はあります。それと同じなのではございませんか」

「なるほど。だが、規模が違うぞ。殿は数十万の人々が住む土地を創り出す、と言われた」


 クガヌマは広大な埋立地を想像してみたが、できなかった。

「数十万の人々が住む町というのを、想像できぬ。殿は、そのような事をなぜ考えられていたのでござろう?」


 クガヌマがフナバシに顔を向けた。何か知っているかと問うているのだ。

「カイドウ郷は平地が少ない。ミモリの町も同じでございます。フラネイ府の中心地としては、狭すぎるのです。殿は居城の移転を考えられているのかもしれません」


 モロス家老とイサカ城代が寂しそうな顔をする。長年住み慣れた土地を離れねばならぬかもしれないと思い、寂しさを感じているのだろう。


「このままミモリで大丈夫なのではないか?」

 モロス家老がフナバシに確認した。

「現在は、プレハブ長屋に大勢が住んでおりますが、その人々が普通の家を建てる場所がないのでございます」


 カイドウ家の支配地に居た様々な人々が、ミモリに移り住んで来ている。それにカイドウ軍の兵たちが住む場所が問題になっていた。


 一人前になった兵が結婚し、兵舎から普通の家に移ろうとしても家を建てる場所がないのが問題になっていた。元々カイドウ郷は五千石の土地だった。


 およそ五千人の人間が暮らしていた土地に、カイドウ軍だけで数千人が住むようになったのだ。田畑を潰して家を建てるような状況になっている。


「カイドウ家の居城が、他に移ったら、このミモリ、いやカイドウ郷はどうなる?」

 クガヌマが尋ねた。


「殿が他所よそに移られたとしても、カイドウ郷には、ほうじ茶やハムなどの産業、それに宿場町としての役割が残ります。それなりに繁栄すると思いますぞ」


「ムサシ郷に巨大な町を造る。やり甲斐のある大きな仕事だと、拙者は思います」

 トウゴウがらっきょうを口に放り込んで噛み砕き、酒を飲んでから言った。イサカ城代が頷く。

「そうだな。未開発の土地が、巨大な町へと変貌するのを見られる。人生最大の痛快事だ」


 評議衆は、次第にミナヅキが提唱する巨大な町に強く惹かれるようになった。それを実現するためには、タカツナ軍を撃退しなければ、と考える。


「タカツナ軍は、攻めて来るでしょうか?」

 東アダタラ州の財政もぎりぎりだと推測しているフナバシは、戦になる事を疑問視しているようだ。それを聞いたトウゴウが腕を組んで考える。

「タカツナ軍には、忍びの草魔がついておる。コイワ殿の動きは知られている、と考えるのが妥当だろう」


「ナベシマ家が、カイドウ家の配下になった事が知られれば、タカツナ殿は怒るのではないかと思うが、どうであろう?」


 モロス家老が言うと、トウゴウとクガヌマが真剣な顔で同意する。カラサワ家の一門である自分より、年若いカイドウ家当主を選ぶなど侮辱だ。タカツナがそう考えるのではないか、と評議衆たちは思った。


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