第41話 カラサワ家タカツナ

 水路が有るとの報告を聞いた俺は、水路を進んで偵察するように命じた。小舟に乗った兵たちは木の枝を押し退けながら進んで行く。


 小舟はすぐに戻ってきた。俺は小舟をサイキ丸に引き上げ、兵の報告を聞いた。

「水路の奥には入り江のようなものがあり、見張りの者が居ました」


「見張りに気付かれたのか?」

「いいえ、二人の見張りが居たのですが、酒を飲んでいました」

「そうか、気付かれていないのだな。その入り江に、船は停泊していたか?」

「船の姿は、見えませんでした」


 兵の報告によると、入り江の奥に小屋のようなものがいくつかあり、そこが根城になっているようだ。そこで留守番をしている者たちは数人らしい。


 小屋の規模から推測して、四十人ほどが寝泊まりできるという。俺が予想していたより、規模が小さい。

「ツツイ、この場を離れて作戦を考えよう」


 サイキ丸は入り江から離れた。

「殿、どういたしますか?」

 クガヌマが獲物を見付けた熊のように鼻の穴を膨らましている。戦意が高まっている感じだ。


「根城を発見した以上、船が入り江に戻るのを待ってから殲滅する。クガヌマが指揮してくれ。それと船はなるべく壊さないように鹵獲して欲しい」

「承知いたしました」


 一度、トガシに戻る事にした。サイキ丸に乗せている鉄砲兵だけでは、兵力が足りないと判断したのだ。だが、数人の兵を島に残す事にする


 彼らに別の場所から野盗の根城に接近する経路を見付けさせるためだ。必要な道具と食料・水を入り江の反対側の砂浜に上げて、サイキ丸はトガシに戻った。


 トガシに戻るとクガヌマが張り切りだした。連れて行く兵を選び、討伐の準備を始める。

「殿、イサカ城代から使者が来ております」

 俺は嫌な予感を覚えた。案の定、イサカ城代から早く帰って来いという催促である。


「野盗は、某に任せてくだされ。必ずや討伐してご覧に入れます」

「しかし、ここまで調べ上げて……」

「野盗の討伐など、大名の仕事ではありませんぞ」


 それはそうなのだが、ミモリ城で帳面をめくっているより野盗討伐をする方が働きがいがある。

「未練がましいですぞ。殿はもっと大きな事を成し遂げるために、力を使うべきでござる」

「大きな事だと……五千石の豪族を十二万三千石の大名にしたのは、大きな事ではないのか?」


「まだまだでございます。殿なら、もっと凄い事ができるはず」

 期待してくれるのは嬉しいが、カイドウ家を大きくするのは難しくなっている。アダタラ州のカラサワ家が立ち塞がり、壁を造っているからだ。


 カラサワ家か、厄介な存在だ。八十万石の大国で、三万近い兵を持つ。だが、カラサワ家が鉄壁な存在かというとそうでもない。


 当代の大路守であるヨシモトは、先代の大路守ほど優秀な人物ではないように思う。ナセ郡とアガ郡の郡監にオトベとクリサワを任命した。それは人を見る目がないという事だ。


 そして、カラサワ家の一門であるワカミヤ。カラサワ家は内部から腐り始めているのかもしれない。それが真実なら、カラサワ家は内部から崩れるだろう。


 それを待つとするか。待つ間に、カイドウ家の支配地を発展させ力を付けなければ……。

「殿、迎えが来ておりますぞ」

 重要な考え事をしていたのに、邪魔された。


 クガヌマが迎えと言ったのは、新しく作った馬車だった。カイドウ家専用の馬車だ。赤と黒で塗り分けられた馬車は高級感の有る仕上がりとなっている。


 馬車の内部も座り心地の良さそうな座席と、小さなテーブルが備え付けられている。コベラ郡を手に入れた時に、自分への褒美として作らせたものだ。


 馬車に乗り込み、柔らかな座席に座る。馬車が動き出すと振動が身体を揺さぶる。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ホタカ郡のオキタ家に、娘から送られてきた手紙が届いた。

「殿、フタバから手紙が届いたと聞きました」

 キキョウが部屋に入るなり、声を上げた。


「今読んでおるところだ」

 ヨシノブは読み終わった手紙をキキョウに渡す。

「フタバは元気なのですか?」

「元気なようだ。それに幸せなようだぞ」


 キキョウはホッとした顔になり、手紙を読み始めた。フタバの手紙には、ミモリ城の台所で作った料理の事やミナヅキから贈られた防寒羽織の暖かさ。それにカイドウ家専用の馬車でイスルギ郷の銀鉱山へ行って、銀ができる様子を見物した事などが書かれていた。


 そして、最後にナセ郡・アガ郡・コベラ郡で起きた戦とカイドウ家がコベラ郡を手に入れた事が付け足されている。


「まあまあ」

 カイドウ家が十二万三千石の大名になった事は聞いていた。だが、信じられなかったキキョウは、娘の手紙を読んで初めて本当なのだと得心した。

「フタバは、素晴らしい主人を引き当てたようだ。こんな短い間に、オキタ家を凌駕するとは……」


「ですが、カイドウ家の勢いは恐ろしいほどでございます。大丈夫なのでしょうか?」

「勢いのある者は、一度躓くと大きく転ぶものだ」

 キキョウが顔を青褪めさせた。


「そんな、フタバはどうなるのです」

「心配するな。あの月城督殿ならば、転んだ拍子に黄金でも拾って立ち上がりそうだ」


 キキョウはヨシノブの顔を見た。言葉とは裏腹に、何か悩んでいる顔だ。

「殿、何かお悩みなのですか?」

「アダタラ州が荒れるかもしれん」


「どういう事でございます?」

「大路守様の弟タカツナが、当主の座を奪おうとしている」

「タカツナ殿と言えば、アダタラ州で一番の湊町ミカトの代官ではありませんか」


「カラサワ家の一門、それも弟が代官だぞ。本来なら重要な土地の郡監に任命されてもおかしくないはずだ」

 キキョウが何かを思い出そうとするような顔になる。

「昔、同じような事があったような」


「ああ、大路守様の叔父だ。あれは叔父が無能だったので辺境の代官にした。だが、タカツナ殿は違う。自分よりも有能だと感じた大路守様が、弟を恐れてミカト湊へ飛ばしたのだ」


「しかし、下剋上げこくじょうではありませんか。そんな事が成功するのでございますか?」

「この話には、カムロカ州のクジョウ家が一枚噛んでおる」


 キキョウは、ヨシノブがアダタラ州の状況を詳しく知っているのを、不思議に思っていた。だが、クジョウ家が関係していると聞いて納得する。


 ヨシノブがクジョウ家の動きを、オキタ家の忍びである闇風やみかぜに調べさせている事を知っていたからだ。闇風がクジョウ家の動きを調べているうちに、その企みに気付いたのだろう。


 ただ、重大な状況とは言え、アダタラ州はホタカ郡から遥か北の土地、それがオキタ家に影響するとは思えない。もしや……。


「その事が、カイドウ家にも影響を与えると考えておられるのですか?」

「分からん。ただアダタラ州が揺れれば、アガ郡も揺れる」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 野盗退治の準備を整えたクガヌマたちは、サイキ丸と他の帆船も使って島に向かった。

「いい天気だ」

 クガヌマが張り切っていた。船は滑るように湖面を進み、昼頃に例の島に到着した。入り江の裏側にある小さな砂浜に上陸したクガヌマたちは、馬蹄形の山を登り始めた。


 島に残留した兵たちが発見した経路を進んで山を越え、入り江の近くに辿り着いたクガヌマたちは野盗の様子を偵察する。


「うむ、船が停泊しておる。野盗全員が根城に居るのだな」

「クガヌマ様、準備が整いました」

 鉄砲兵の一人が火縄銃の準備が整った事を報告した。鉄砲兵は小屋の出入り口を取り囲むように配置されている。


 クガヌマは連れてきた弓兵に火矢を射させた。放物線を描いた火矢が小屋の屋根に突き刺さり煙を上げ始める。火矢の攻撃に気付いた野党たちが、小屋から飛び出してきた。


 そこに鉄砲隊の一斉射撃が撃ち込まれた。胸を撃ち抜かれた野盗が血を吐きながら倒れる。次々に倒れる野盗たち。鉄砲兵は早合を使って弾を込め、小屋から出てくる野盗たちを狙い撃ちにした。


 混乱する野盗を目掛け、槍兵が突撃し野盗のほとんどを仕留めた。

「ふうっ、久しぶりの槍働きで、勘が鈍っておるのではないか、と心配したが大丈夫なようだな」


 クガヌマは火矢の火を消してから、小屋を調べた。中には金銀財宝が、と期待した。だが、大したものはなかった。但し、一通の手紙を見付けてクガヌマは顔色を変える。


 クジョウ家の当主ツネオキから、カラサワ家のタカツナへ宛てた手紙だったからだ。


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