第42話 厄介者の最後

 クガヌマは野盗たちの帆船を調べた。調べてみて分かったのは、この船が新しいという事実だ。

「おかしい。こんな新しい船を、なぜ野盗が所有しておるのだ」


 野盗を退治したクガヌマたちだったが、いくつかの疑問を抱えてトガシに戻った。野盗の帆船は、後日トガシに曳航して、ツツイが詳細に調べる事にした。


 ミモリ城に戻ったクガヌマは、発見した手紙を俺に渡す。

「これは?」

「野盗の根城で発見した手紙でございます」

 そんなものをなぜ渡すのか疑問に思ったが、俺は受け取って読んだ。そして、唸り声を上げる。


「これは本物なのか?」

「本物かどうかは、分かりません。ですが、本物だとすると、由々しき事態でございます」


 手紙には、クジョウ家がミカト湊のタカツナに資金と武器を送ると書かれていた。その内容からすると、クジョウ家とカラサワ家のタカツナが共謀して何か起こそうとしているのが分かる。


 俺はニヤッと笑った。

「これが本当なら、アダタラ州が揺れる。評議衆を呼べ、評議を開く」

 急遽評議衆が集められ、何事かとイサカ城代たちが現れた。


「殿、何事でございますか?」

「タビール湖の野盗が、とんでもないものを持っていた」

 俺は評議衆に読むように手紙を渡す。


 最初に手紙を読んだイサカ城代が、目を剥いて驚いた。次々に手紙が渡され、それを読んだ評議衆が顔色を変えた。最後にホシカゲが手紙を読み、唇を噛み締める。


「殿、申し訳ありません。影舞は全く気付きませんでした」

「仕方ない。影舞は規模が小さいのだ。これから三倍ほどに拡大しよう」

「……ですが、すぐには忍びを育てられませぬ」


 一人前の忍びに育てるには、数年から十年ほど掛かる。拡大せよと命じられて、すぐには実行できない。

「分かっている。忍びを育てる事は進めよ。それと同時に現地の住民を金で雇い、協力させるのだ」

「畏まりました」

 ホシカゲが頭を下げた。


「しかし、金と武器だけで下剋上が成功するのでしょうか?」

 俺なら辺境の郡監たちを仲間に引き込み、一斉に反旗を翻す事を計画するだろう。それが成功するかどうかは、カラサワ家の当主であるヨシモトの力量に掛かっている。


 ヨシモトが強い統治能力を発揮して軍鑑たちをしっかり管理すれば、下剋上は成功しないだろう。

 一方、タカツナの力量はどうだろう? ホシカゲが情報を持っていた。


「タカツナ殿は、文武の両面に才能を示された人物で、カムロカ州のクジョウ家との小競り合いで武威を示し、ミカト湊の代官として発展に寄与されたと聞いております」


 タカツナは小部隊の指揮官である物頭ものがしらや人口は多いが町一つの代官程度にしか任命されなかったので、大きな業績を残してはいない。


 だが、大きな戦の大将や重要な郡の郡監に任命されれば、その力量を発揮しただろうと言われている。

「なるほど、聞いた限りではタカツナは優秀そうだ。しかし、実績がない事も事実。過大評価する訳にもいかないだろう。今回の計画が成功するかは分からん」


 モロス家老が手紙に視線を向けて口を開いた。

「この手紙、大路守様に御見せになるのですか?」

 その質問を聞いて、思わず溜息を吐いた。それこそが問題なのだ。タカツナの企てが失敗すると思うなら、手紙をヨシモトに見せ、対処するように告げれば良い。


 だが、タカツナの企てが成功すると思うなら、秘匿してアダタラ州に騒乱が起こるのを待つべきだ。そうする事で、カイドウ家が北へ進む道が開けそうだからである。


「この手紙こそ、大路守様が殿を試しておられる、という事はございませんか?」

 トウゴウが違った視点から意見を述べた。この手紙がヨシモトが作った偽物で、カイドウ家を試すために仕掛けたものだというのだ。


 その意見に、一理あると俺も思った。そうなると野盗は、カラサワ家の家臣だったという事になる。しかし、野盗はアダタラ州の各地を襲って領民を殺している。そんな事をヨシモトが許すだろうか?


 ホシカゲに確かめると、アダタラ州の各地を野盗が襲ったのは事実のようだ。

「あの野盗は、カムロカ州の各地も襲っていると聞いたが、どうなのだ?」

 ホシカゲが顔を歪めた。


「それが、カムロカ州のタビール湖に面した村や町を訪ね歩かせたのでございますが、それらしい村や町を探し当てる事はできませんでした」


「すると、あの野盗はアダタラ州だけを襲っていた事になる。逆に野盗はクジョウ家の手の者だったのではないか?」


「はい。そうかもしれませぬ。アダタラ州の各地を襲って、大路守様の統治能力を疑わせ、タカツナ殿との連絡役も担っていたのかも……それで最新の帆船を所有していた理由が分かります」


 トウゴウが頷いた。

「問題ですな。我々が野盗を討伐した事で、手紙をカイドウ家が手に入れた、とクジョウ家が疑うかもしれません」


「それはまずい。クガヌマ、もう一度あの島に行って、小屋と帆船を派手に焼き払ってくれ。野盗を火攻めにして退治した事にする」


「なるほど、手紙は灰になった、と思わせるのでございますな」

 クガヌマは直ちに席を立ちトガシに向かった。


「影舞にタカツナの動きを探らせよ。必ず各地の郡監と連絡を取るはずだ」

 ホシカゲは頭を下げ、部屋を出ていった。


 トウゴウが地図を持ってきて広げた。

 アダタラ州はミザフ郡を水源とするミザフ河によって、東と西に分かれている。カラサワ家が重視しているのは、カムロカ州と接する西側である。


 地味の豊かな穀倉地帯が西に広がっており、カムロカ州との交易で潤っていたからだ。なので、西側にはヨシモトが信頼する家臣を配置している。


 タカツナが味方に付けようとするなら、東側に在る郡になるだろう。アガ郡を狙っているカイドウ家は、タカツナと戦う事になるかもしれない。


「トウゴウ、アダタラ州で騒動が起きた時に、北へと進むとしたら、どれほどの兵力が必要だと思う?」

「ミザフ郡の守りに八百、旧ヒルガ郡に三百、コベラ郡に四百を残し、侵攻軍が三千五百は必要でしょう。合わせると、五千となります」


 現在のカイドウ家の兵力は、コベラ郡の兵力を吸収して、三千ほどになっている。これは足軽兵だけの数字であり、郷警は含まれていない。


「そうなると、後二千は増やさねばならないのか? 財源はどうなのだ?」

 フナバシが帳面を捲り確認してから答える。

「問題ありません。ただ火縄銃は硝石の関係で、三百丁増やすのが限度でございます」


「仕方ない。十字弓と槍を装備した兵を増やそう。各地でカイドウ家が兵を募集しているという触れを出してくれ」


 カイドウ家は二千の兵を増やし、三千五百の精鋭部隊を編成する事になった。部隊を鍛えるのはトウゴウである。俺は火縄銃を五百丁製作するように鉄砲鍛冶のトウキチに依頼した。


 フナバシは三百丁分の硝石しか購入を増やせないと言っていたが、増やす火縄銃は五百丁。計算が合わないと思うだろう。だが、火縄銃も消耗品なのだ。壊れるものもあるし、修理が必要なものも出る。

 八百の鉄砲兵には予備も含めた火縄銃が必要なのである。


「それにしても、クジョウ家は何を考えているのだろう。天下統一だろうか?」

 この辺りで天下統一と言った場合の天下は、ミケニ島の事を指す。ミケニ島の人口は八百万人ほどなので、天下統一という事は八百万人の頂点に立つという事になる。


「殿、タビール湖の真ん中にある島から、真っ黒な煙が立ち昇っていたという話を聞きました。クガヌマ様の仕事でございますか?」

 小姓のソウリンが質問した。


「そうだ。野盗の根城を焼いたのだろう」

「悔しいな。拙者も付いて行きたかったです」


 野盗退治に参加した者と評議衆以外は、本当の事を知らなかった。ソウリンたちは黒い煙が立ち昇った日に、野盗が退治されたと思っている。

 これは手紙を発見したクガヌマとツツイが兵や船乗りに箝口令を敷いたからだ。


「焦る事はない。これから先、何度もカイドウ家は戦うだろう。その時、力を発揮できるように鍛えておけ」

「はい」

 ソウリンの元気な返事を聞いて、俺はニコッとした。


 野盗退治の件をカラサワ家に報告しなければならない。もちろん、俺自身が行く気はない。大名が報告程度で自ら出掛けるなどあり得なかった。そこでモロスとクガヌマに頼んだ。


「いいか。野盗は焼き討ち作戦で退治したのだ。間違えるなよ」

「畏まりました」

 二人がハシマ城へ向かった後、ツツイを呼んだ。


 ミモリ城に登城したツツイは、野盗が使っていた帆船について報告する。

「あの船は、大陸の技術を使って建造されたもののようです」

「やはり、クジョウ家が用意した船か。サイキ丸と比べてどうだ?」


 ツツイは胸を張って答えた。

「サイキ丸の方が、優れています。同じ大きさの船であったならば、あの船は五割増しの船乗りが乗り込まねば航行できないでしょう」


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