第23話 ホウショウ家の不運

 鉄砲鍛冶のトウキチがカイドウ郷へ移住してきた当初、彼が作る火縄銃は、キスケが作る火縄銃と同じで大陸製と比べると銃身が厚くなっていた。

「ダメだ。なぜ大陸製の銃は、銃身を薄く丈夫に作れるんだ?」


「何を悩んでいる?」

 仮設の鍛冶場で悩んでいるトウキチの姿を目にして、俺は声を掛けた。

「えっ、殿様。……銃身を薄くする工夫を考えていたんですが、中々上手くいかんのです」


 どうやって銃身を作るのか見せてもらえないか頼んだ。トウキチはためらっていた。そこで、どうやって作るのか俺の推測を口にすると、驚いた顔をする。正解だったようだ。


 カムロカ州での銃身の作り方は、鉄砲の大きさに合わせた鉄板を打って鍛え、鋼鉄製の芯を使って鉄板を丸め筒状にする。それを熱してから真金と呼ばれる鉄柱を筒に入れ、繋ぎ目が密着するまで鍛えるのだ。


 キスケたちは、最初大陸製の銃身と同じになるように鉄板の厚さを調節して製作したそうだが、火薬の爆発力に耐えられず、繋ぎ目が破裂した。


 そこで銃身を厚くする事で、爆発に耐えられるようにしたという。

「ならば、繋ぎ目が破裂しないように補強すればいい」

「どうやってでございますか?」


 大陸製銃身より薄い鉄板を丸めて筒状にしてから、細長い鉄板を螺旋状に筒へ巻き付け熱して鍛える。最初の筒が巻板により補強され、継ぎ目が破裂する事がなくなるのではないか、と俺は説明した。


 トウキチが目を丸くして、俺を見詰める。

「試してみてくれ」

「分かりました。すぐに試します」


 トウキチは、俺が言った方法で銃身を作り火縄銃を完成させた。その火縄銃は大陸製とほとんど同じものとなった。俺は同じものをできるだけ多く生産するように頼んだ。


 トウキチには、数人の若者を引き合わせて弟子とさせた。その御蔭で梅雨明けまでに、六十二丁の火縄銃が完成。調査用に購入したカムロカ製の火縄銃を除くと、合計七十二丁の火縄銃が揃った事になる。


「しかし、ホウショウ軍の兵は千八百、火縄銃七十二丁では戦力として心許ない」

 俺が三階の物見窓から城下町を眺めながら悩んでいると、トウゴウが現れた。

「殿、どうかなさいましたか?」


「トウキチが頑張ってくれたのだが、火縄銃は七十二丁しか揃わなかった。これでは戦力として少ない」

「ですが、火縄銃は素晴らしい威力を持っておりますぞ」

 トウゴウは火縄銃を使ってみて、その可能性に気付いていた。


「しかし、ホウショウ家の兵力は、我が方の二倍。生半可な事では劣勢を覆す事は難しい」

「殿、キザエ軍との戦いでもそうでしたが、ササクラ軍との戦いにおいても、敵将を仕留める、または負傷させる事で、勝利を勝ち取ってきました」


 俺はトウゴウが何を言いたいか分かった。

「なるほど、積極的に飛び道具で敵将を狙わせる策を取れと言うのだな」

「ご明察でございます」


「ホウショウ軍の侵攻経路を予想できるか?」

 俺が尋ねると、トウゴウが頷く。

「ミザフ河が西と北に流れを分岐させる地点にある浅瀬を渡って、侵攻して来ると思われます」


 その他の場所だと、シノノメ家の兵が渡河した地点と同じで、深い場所がある。シノノメ家と同じ目に遭いたくなければ、渡河地点は一ヶ所になるという。


「そこにはドウゲン家が築いた城があったはず」

 城と言っても小規模な砦で、百名ほどの守備兵を置けるだけの規模しかなかった。とは言え、渡河地点を見張れる場所にあり、少数の兵が渡河地点を今も見張っている。


「トリバ監視砦ですな。あそこを強化しますか?」

「いや、規模が小さすぎて、有効な規模の兵を常駐できないのでは意味がない」


 百ほどの兵を監視砦に入れても、数で押し破られてしまう。

「そうすると、監視砦を無視した敵軍は、イスルギ郷のネムロとドウゲン郷のナガシノを結ぶ赤銅街道をナガシノに向かって、進軍してくるだろうと、拙者は推測します」


 俺は頭を抱えてしまった。赤銅街道は火縄銃と十字弓を駆使して敵将を狙える地点が限られており、ホウショウ軍ならば斥候隊に待ち伏せがないか調べさせるだろう。


 ただ塹壕などを掘って少人数で待ち伏せし敵将を狙えば、仕留められる可能性は高い。しかし、その場合は火縄銃や十字弓の射手が敵軍に殺される。


 戦において味方が死ぬ事は覚悟している。だが、必ず死ぬと分かっている作戦を実行させるのはためらわれた。


「殿、ここに居らしたのですか」

 ホシカゲが寄って来た。その顔を見ると深いシワが刻まれている。

「何かあったのか?」

「ホウショウ家の瑠湖督様が、病で倒れたとの報告がありました」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 カイドウ家の人々が不安に思っている頃、ホウショウ家でも不安に思う人々が増えていた。

 当主であるノリノブが、風邪を引いて熱を出した。当初は軽い風邪だと思われていたのだが、三日経っても熱が下がらず、起き上がれなくなってしまったのだ。


 側近であるマエジマは、ホウショウ家の御一門と譜代の家臣を呼んで話し合いを始めた。

「マエジマ殿、殿の容体はどうなのです?」

 譜代の家臣であるニシザキが確認した。ニシザキは内政家でタケオの北にあるシスイの町を治めている。


「医者が言うには、安心できない容体だそうでございます」

「何という事だ」

 ノリノブは四十八歳、平均寿命が五十歳の世界では老人である。このまま死んだら、天寿を全うしたと言われるだろう。


「マエジマ殿、もし……もし仮にでござるが、殿が亡くなった場合、嫡男であらせられるミツヒサ様が当主となられるのか?」


 ニシザキが確認したのは、ノリノブの息子三人の中でミツヒサが一番家臣たちの評判が悪かったからだ。ミツヒサは大名に相応しい武芸や学問の才能を持っていた。ただ他人の気持ちを察するという事ができず、一旦いったん高まった感情を抑えられないという大きな欠点を持っていた。


 その言葉を聞いたマエジマは顔をしかめる。

「殿は、誰を跡継ぎにするか決めておられませんでした。殿が目を覚まされましたら、確認する事になるでしょう」


 集まった者たちがガヤガヤと話し始めた。次男のマサタネ、または三男のノブモリが次期当主に相応しいと言い合っている。マサタネは武芸に優れ統率力があり、ノブモリは武芸は今ひとつだが、頭が良く内政に才能を見せていた。


各方おのおのがた、まだ殿は亡くなっておられぬのですぞ」

 マエジマが注意した。だが、逆にマエジマが白い目で見られる。

「マエジマ殿、これはホウショウ家にとって、最重要な問題なのですぞ。殿に万一の事があれば、速やかに次期当主を決めなければならぬのです」


 重臣たちが話し合いをしている頃、ミツヒサは父親の見舞いに行った。

「ミツヒサです。入ります」

 ノリノブの部屋には、医者だけが居て治療をしていた。ミツヒサは医者に出て行くように命じる。


「ですが……」

 医者が反論しようとした。ミツヒサは睨みつけ、もう一度出て行けと告げる。

 ミツヒサにはどうしても確認したい事があった。父親であるノリノブが誰を跡継ぎにしようと考えているかである。


 ミツヒサは、当然自分が跡継ぎに指名されるだろうと期待していた。だが、十八の歳になっても、ノリノブは跡継ぎを決めようとしなかった。


 普通なら長男であるミツヒサを後継者に指定するはずだが、ミツヒサの資質を危惧したのだ。短気で他人の気持ちが分からない長男が後継者では、ホウショウ家が心配だと思ったのだろう。


「父上、起きてください」

 ミツヒサはノリノブを無理やり起こした。薄っすらと目を開けるノリノブ。

「……ゴホッ、ミツヒサか。……頭が痛い。医者はどうした?」


「少し席を外しております。それより父上に確認しておきたい事があるのです」

「ゴホッ、何だ?」

「父上は後継者を誰になさるつもりでおられるのですか?」


 ノリノブは鋭い視線をミツヒサに向けた。

「親が病気の時に、後継者だと……何を考えておる」

 その後、ミツヒサへの苦言がノリノブの口から溢れ出す。それを聞いて、ミツヒサは絶望感を感じた。


 そして、最後の言葉が引き金を引いた。

「儂に死んで欲しいのか。この出来損ないが」

 怒りに満ちた言葉が、ミツヒサの心臓を突き刺す。


 ミツヒサの顔が醜く歪んだ。

「出来損ないだと……」

 狂気を秘めた眼光で父親を見詰めるミツヒサが枕を奪う。そして、ノリノブの顔に枕を全力で押し付けた。


 藻掻き苦しむノリノブは、顔から枕を退けようとする。だが、病気で弱ったノリノブには、その力はなかった。抵抗が弱々しくなり、動かなくなる。


 ミツヒサは自分が何をしたのか自覚していなかった。だが、ノリノブの死に顔を見て何をやったのか悟った。

「私は……」


 アビコ郡の支配者ホウショウ・瑠湖督・ノリノブが死んだ。その死因は病死と発表された。だが、家臣の中には、ミツヒサの行動を怪しんでいる者がいた。


 医者が部屋に戻った時、ノリノブが死んでおり、ミツヒサが傍で泣いていたという。そして、落ち着いたミツヒサは最後の最後にノリノブが、自分を後継者に選んだと告げた。


 マサタネとノブモリは、ノリノブがミツヒサを後継者に選んだとは信じられないと公言した。だが、当主の遺言を嘘だという証拠でもあるのかと狂気を秘めた目で反論され、それ以上は言い返せなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る