第10話 キザエ郷の鉄鉱山
ホウショウ家のマエジマは、城の二階にある部屋に案内された。そこには俺とイサカ城代、トウゴウが待ち構えていた。
「前回、夏の頃に祝いの品をもらって以来ですな」
俺がそう言うと、マエジマが頭を下げ挨拶の言葉を口にした。
「さて、本日御伺いいたしましたのは、キザエ郷にある鉄鉱山の件でございます」
俺は意味が分からず首を傾げた。カイドウ家がキザエ郷を手に入れたのだ。鉄鉱山もカイドウ家のものになったはずだ。
「ホウショウ家で、鉄鉱石が必要になったのですか?」
「確かに鉄鉱石は必要です。ただキザエ郷の鉄鉱山はホウショウ家が運営していたものなのです」
俺はイサカ城代の方へ視線を投げた。イサカ城代も腑に落ちないという顔をしている。
「お待ち下さい。ホウショウ家が運営していたとは、どういう意味でござろう?」
マエジマが一枚の書付を懐から出して、俺の方へ差し出した。トウゴウが受け取り、俺に渡す。その書付には、借金の
俺は書付をイサカ城代に見せた。
「なんと……これは……」
城代が驚いている。俺は困った事になったと、溜息が出そうになった。だが、客の前だ。堪えて尋ねる。
「運営権の事は、承知いたした。ホウショウ家では、どう考えておられるのですか?」
「このまま運営をホウショウ家に委ねてくださるか、キザエ家が借りた金を肩代わりされるかでございます」
キザエ家の借金の額を聞いて、イサカ城代のこめかみがピクリとする。カイドウ家の年間収入とほぼ同じだったのだ。
「それはあまりにも無体な申し出。借りたのはキザエ家で、カイドウ家ではないのですぞ」
マエジマが胸を張って言い放つ。
「ですが、元々鉄鉱山はホウショウ家が運営しており、戦で負けたのはホウショウ家ではございません」
イサカ城代とトウゴウの顔を見ると、何の感情も浮かんではない。だが、これは強い意志で感情を表に出さないようにしているからだと分かる。正直に表情を出せば、客に対して失礼になると考えたようだ。
それに比べ、俺は顔に感情が表れているのだろう。マエジマが俺の顔を見て薄い笑いを浮かべた。悔しい。経験が少なすぎるのだ。また溜息が出そうになるのを堪える。出せない金額ではない。だが、簡単に金を出しては、御し易いカモだと思われないか。しかし、断ったらどうなる。ホウショウ家が何をしてくるのか予想がつかない。
「マエジマ殿、少し我らだけで話し合いたいので、時をもらえぬでしょうか?」
俺は情報が足りないと感じ、時間をもらい別室に移動した。マエジマには、とっておきの烏龍茶を出すように命じる。
イサカ城代がフナバシとクガヌマ、家老モロスを呼び、鉄鉱山の話をした。
「そんな書付は、無視すればいいのでは」
クガヌマが強気の意見を口にした。
イサカ城代とモロスは仏頂面で、無視はできないと言う。
「なぜでございますか?」
「ホウショウ家を怒らせるような事をすれば、アダタラ州との行き来が難しくなる」
イサカ城代が心配しているのは、お茶と正腹丸をアダタラ州のハシマへ運ぶために、ホウショウ家の領土であるアビコ郡を通らねばならないという事だ。
「しかし、アビコ郡を通らないでハシマへ行く事もできるのではないか」
トウゴウが北東にあるコベラ郡や南西のヒルガ郡を通って、ハシマへ向かう方法を提案した。
フナバシが頷いた。
「確かに、コベラ郡を通ってアダタラ州へ行く事もできるでしょう。ですが、大回りになるのです。それにヒルガ郡は荒れているそうです。山賊や追い剥ぎが暴れていると聞いていますぞ」
ヒルガ郡はタビール湖に面している。それを活かして水運業が盛んなのだが、ヒルガ郡を支配しているミナガワ家が代替わりして弱体化しているという。
話を聞いて、無能な豪族や大名が多過ぎると感じた。例外がホウショウ家なのだが、敵対関係にあるので厄介なだけだ。
「フナバシ、キザエ家の借金を肩代わりした場合、カイドウ家の財政はどうだ?」
フナバシがニヤッと笑う。
「何ら問題ありません」
その言葉に武将二人とモロスが驚いた。
「どういう事だ? 今までの年収に匹敵する額だと申しておったではないか?」
モロスは領民同士の争いなどを裁く事が得意で、金勘定は得意ではなかった。なので、帳面の確認などしていない。
「カイドウ家は、ほうじ茶・烏龍茶と正腹丸の販売で、莫大な利益を出しておる。問題ない事は、儂も保証する」
イサカ城代がフナバシに代わって答えた。
俺は疑問に思った事を尋ねた。
「ホウショウ家に、鉄鉱山の運営権を与えたままだと、どうなるのだ?」
フナバシが説明してくれた。まずキザエ郷の財政を支えていたのは鉄鉱山からの収入であり、それ抜きだと領地経営が上手くいかないらしい。それに運営権を与えるという事は、ホウショウ家の人間が好きな時にキザエ郷に入っても良いという事でもあり、まずいという。
「しかし、キザエ家の背後にホウショウ家がいたと分かっているのに、金を払わねばならんのですか。口惜しいかぎりです」
トウゴウが悔しそうな顔で言った。
俺もその気持は分かる。先日撃破したキザエ軍の半分以上がホウショウ軍だったはず。マエジマは負けたのはホウショウ家ではないと言ったが、ホウショウ軍の一部は負けたのだ。
全員の意見を聞き、キザエ家の借金を肩代わりする事になった。俺が肩代わりすると宣言した後に、イサカ城代が難しい顔をする。
「どうした?」
「簡単に、肩代わりすると言い出せば、カイドウ家に大金があると知られてしまいます。そうなると、ホウショウ家が欲を出すかもしれません」
「ならば、フナバシに活躍してもらおう」
「私にでございますか」
「そうだ。マエジマ殿を相手に値切るのだ」
元の部屋ではマエジマが出された烏龍茶を飲んでいた。
「これは……素晴らしい。香りと味が絶品だな。思っていたより、新しいお茶の商売は、儲かっているのかもしれん」
俺たちが部屋に入ると、話が纏まったか、とマエジマが尋ねた。
「キザエ家の借金を肩代わりする事にしました。そこで相談があるのですが……」
それからフナバシとマエジマの間で交渉が始まった。これにはマエジマも辟易したようだ。苦い顔になり、鉄鉱石を優先的にホウショウ家に販売する事を条件に二割ほど値引きする事を承知した。
俺はマエジマが持つ書付を受け取り、荷車に銭箱を乗せて送り出した。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
タケオ城に戻ったマエジマは、休む間もなくノリノブに報告する。
「何だと! カイドウ家の連中が借金の肩代わりを飲んだというのか?」
「はい。二割ほど値切られましたが」
ノリノブが難しい顔になる。
「この事を、どう考えればいい?」
「カイドウ家が始めた新しいお茶の商売、拙者が考えていたより儲かるという事だと思います」
「ふむ、茶ごときが金になるというのか?」
「はい、ミモリ城で烏龍茶という新しいお茶を出されたので、飲んでみますと絶品でした」
「それほどの茶か。試してみたいものよ」
「そう仰るのではないかと思い、少量だけ買って参りました」
マエジマはお茶の用意をさせ、烏龍茶を注いだ湯呑をノリノブに差し出した。ノリノブが一口飲む。
「甘い香りが鼻から抜けよる。味も微かに甘い。これまでの茶とは、別物のようだな」
「アダタラ州のカラサワ家が、大量に購入していると言っておりました」
「ふん、まあいい。鉄鉱石はこれまで通り手に入り、金も回収できたのなら、よしとしよう。それで月城頭はどうであった?」
「豪族の当主としてはまだまだです。一人では決められず、別室で家臣たちと相談して決めたようです」
「なるほど、茶に関しては深い造詣を持つが、それだけだという事か。だが、ミナヅキという若造が当主になってから、カイドウ家は躍進しておる。それはなぜだ?」
「それは、もう少し時間を頂きたいと思います」
「いいだろう。……そうだ、新しい茶の作り方も調べよ」
「はっ、畏まりました」
「ところで、キザエ家が消えた事により、策を立て直さねばならなくなった。どこを切り崩すべきだと思う?」
「ヒルガ郡のササクラ家はどうでしょう」
「ミザフ郡の豪族ではないのか?」
「ドウゲン家に隣接する豪族・大名となりますと、北にあるイスルギ郷、北東のカイドウ郷、南西にあるヒルガ郡になります。その中で操り易いのが、ヒルガ郡のササクラ家になります」
「ふむ、ササクラ家も代替わりしたばかりであったな。確か家臣たちの間に、亀裂ができたとか」
「ササクラ・
「瀬畔督は馬鹿なのか?」
「古い家臣たちは、愚鈍な長男より、優秀な次男を当主にしたいと望んでいたのです。それを聞きながら育った瀬畔督の復讐でしょう」
「先代の瀬畔督は、なぜ次男に後を継がせなかったのだ?」
「次男が優秀過ぎたのです。父親にもズバリと意見を言い、嫌われたようです」
「その次男はどうした?」
「勘当されて、行方不明となっております」
「ふん、馬鹿な事よ」
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