第11話 キザエ郷の視察
キザエ郷と鉄鉱山を手に入れたカイドウ家は、その隅々まで調べ上げた。キザエ郷はカイドウ郷以上に農地に適した土地が少ないようだ。
それに鉄鉱山から掘り出した鉄鉱石を鉄にするため必要な木材を多く切り出したので、近くの山々が裸になっていた。
クガヌマと一緒に視察していた俺は、キザエ郷の山を見て溜息を吐いた。
「寒々しい風景だな」
「そうでございますな。キザエ家は、カイドウ郷の木も狙っていたのかもしれません」
鉄を作るためには燃料が必要であり、この地方の人々は木材しか燃料を知らない。俺の頭の中に、石炭についての知識が浮かんできた。
「燃える石について、何か聞いたことがあるか?」
クガヌマが何かを思い出そうとする様子を見せた。
「ドウゲン郷の山に、そのような石が落ちていると聞いた事がございます」
探してみたいが、他家の領地をうろつく訳にもいかない。俺たちは鉄鉱山へ行ってみた。ホウショウ家の者は姿を消していた。
「これが鉄鉱石か」
坑道の入り口に鉄鉱石の欠片が落ちていた。俺は拾い上げて確かめる。それは磁鉄鉱の鉱石だった。かなり鉄の含有率が高そうである。
俺はなぜ磁鉄鉱だと分かったんだろう。これも神明珠から得た知識なんだろうか。
「鉱夫も居なくなったようでござるな」
クガヌマの声が聞こえた。
雇い主が居なくなり、鉱夫も逃げたようだ。新しい支配者であるカイドウ家を警戒しているのだろう。鉱山の入り口に管理用の建物があり、そこで下働きをしていた老人だけが残っていた。建物の中を調べると掘り出した鉱石の量を記録した帳面などが残っている。
俺はそれらの帳面を持ち出させ調べる事にした。下働きの老人に尋ねる。
「キザエ郷の鍛冶職人は、どうした?」
「材料の鉄が手に入らなくなって困っております」
なるべく早く鉱山の採掘を再開しなければならない。キザエ家の鉱山役人をしていた者たちを、トダ城に集めた。その人数は七人。
「その方たちは、クダタ鉱山を管理する役人に間違いないな」
俺が確かめると、怯えた顔をしている役人たちが頷いた。
「キザエ家の者たちと一緒に逃げなかったのは、なぜだ?」
「私たちは鉱山の事しか分かりません。若殿様は邪魔だと思われたようです」
逃げなかったのではなく、見捨てられたというのが正解だったらしい。
「時間を掛けずに、鉱山を再開できるか?」
「……鉱夫さえ元に戻れば、再開できると思います。ですが、鉱夫たちは待遇に不満を持っておりました。そこだけ改善して頂けるのなら、以前より採掘量が増えるはずでございます」
キザエ家の鉱夫たちへの待遇は、お世辞にも良かったと言えなかったようだ。食事も制限され、長時間働かされていたという。なるほど、逃げるはずだ。
「その点は考慮する」
キザエ郷で使われている製錬方法は、昔からある『たたら製鉄』である。本来のたたら製鉄は、砂鉄を用いるのだが、ここでは磁鉄鉱を砕いたもので代用しているらしい。
大量に必要な木炭は、正腹丸に必要な『木クレオソート』の原料を作る過程で生産しているので、それを使えばいいだろう。ただ本格的に製鉄を始めれば、木炭が不足する事は予想できるので考えなければならない。
視察を終えた俺は、ミモリ城に戻った。
戻ってすぐに評議を開いた。その参加者はイサカ城代・モロス・トウゴウ・フナバシ・クガヌマの五人であり、評議衆と呼ばれるようになった者たちだ。
俺が上座に座ると、評議が始まる。
「キザエ郷の視察をしてきた。キザエ家の台所は破綻していたようだ」
イサカ城代が白いものが混じった眉をピクリと上げ尋ねた。
「鉄鉱山の件で、予想はしておりました。ですが、なぜ?」
「三年前の凶作で、ホウショウ家に借金をしたのが原因だ」
「しかし、その翌年は豊作だったはず」
「豊作だったのは、キザエ郷だけでない。当然、穀物の値が下がり、売っても儲からなかったのだろう」
以前なら、鉄鉱山からの収入や鉄製品を売った利益で借金を返せただろう。だが、鉄鉱山の運営権をホウショウ家に与えたために、鉄関係の収入が減少した。
所有権はキザエ家が持ったまま、鉄鉱山を貸し出したような状況だったようだ。しかも、採掘した鉄鉱石を高くで売り付けられたらしい。ホウショウ家が
「これは、キザエ家が馬鹿だったという事では……」
ホウショウ家の重臣と親戚関係にあるイサカ城代が、騙されたキザエ家が悪いと言い出した。それは正しい事なのだが、キザエ家だけを責めるのも間違っている。
カイドウ家の家臣たちは、ホウショウ家の家臣と血縁関係にある者が多い。なので、ホウショウ家を悪く言うのをためらう傾向があった。
「そうだな。だが、これから先、ホウショウ家に関係する者と話をする場合、当家の秘密を漏らさないように注意してくれ」
五人は承知して頭を下げた。
「さて、今年の収穫はどうだった?」
俺の質問に、フナバシが説明を始めた。
収穫は例年通りという感じだったようだ。だが、耕地面積に比べて収穫量が少ない気がする。土地が痩せているという事なのだろうか? ならば、肥料について考えなければならない。
「キザエ郷も同じでした。ただキザエ家は当家より
年貢というのは、田畑にかかる税である。農民たちは収穫した穀物の何割かを豪族に納めるのだが、キザエ家は借金を返すために、ぎりぎりまで搾り取り。穀物を現金化したようだ。
「このままでは、何かあった場合、餓死者が出ます」
普通、水害や台風などがあった場合に備え、豪族の穀物蔵には予備の食糧が蓄えられているものだ。だが、キザエ郷のトダ城には少量の穀物しか残っていなかったらしい。
カイドウ家との戦いに勝ち、カイドウ郷から穀物を手に入れようとしていたのかもしれない。
「鉄鉱山の採掘を再開したとしても、すぐに鉄が手に入るようにはなりません。鉄に関わっていた職人たちが、困窮するでしょう」
俺は溜息を吐きたくなるのを抑えた。職人たちが逃げ出さないように、穀物などを配給する必要がある。
「キザエ郷のために、穀物を購入しておく事が必要か?」
フナバシが軽く頭を下げた。
「はい。今年はヒルガ郡が豊作だったと聞いております。あそこから購入する事にすれば、比較的安値で手に入ると思われます」
「いいだろう。フナバシが手配してくれ。クガヌマは護衛の者を用意するように。さて、ヒルガ郡のササクラ家に伝えた方がいいだろうか?」
イサカ城代が渋い顔をする。
「それは……おやめになった方が良いでしょう」
「なぜだ?」
「この後、ヒルガ郡で何かあり、穀物が不足した場合、カイドウ家が恨まれます」
これは実際に起きた事らしい。五年ほど前に、カイドウ郷の西隣にあるイスルギ郷が凶作となり、北にあるシノノメ郷から大量の米を買い入れた。
だが、三ヶ月後にシノノメ郷の川沿いの村が大雨で水浸しとなり、蔵などに保存していた穀物がダメになった。結果、シノノメ郷の領民の中に飢える者が出て、イスルギ家は恨まれたようだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
ヒルガ郡のササクラ家には、ヤミセ・ホシカゲという内政家の家臣が居る。あまり周囲からは評価されていない人物だったが、先代の瀬畔督は側近として用いていた。
これには理由がある。ヤミセ家は代々ササクラ家を支える忍びの一族だったのだ。
「困ったものだ」
屋敷に戻ったホシカゲは、暗い表情をして居間に座った。そこに娘のチカゲがお茶を淹れて持ってきた。
「父上、愚痴が聞こえましたよ。瀬畔督様の事でございますか?」
「明日より、具足奉行となる事になった」
具足奉行とは、ササクラ家が所有する甲冑を管理する役目である。はっきり言って閑職であり、新しく当主になったヒロフサが、忍びを嫌っている証拠だとホシカゲは思った。
「どうされるのですか?」
「具足奉行では一族を養えぬ」
ヤミセ一族は七〇名ほどの忍びを抱えている。その忍び集団は『影舞』と呼ばれており、当主と数人の重臣しか知らない存在だった。
先代の瀬畔督は、影舞を養うために高額の俸給をホシカゲに与えていた。だが、当代の瀬畔督が同じ俸給を与えるはずもなく、ホシカゲはどうやって影舞を養うか考えなければならなくなった。
チカゲは何を思ったのか、一つの情報を伝えた。
「ミザフ郡のカイドウ家が、トガシで米を買い込んでいるようです」
「今年のカイドウ郷の作柄は並だったはず。なぜだ?」
「カイドウ家は、キザエ郷を手に入れました。それが原因でしょう」
「ふむ、カイドウ家を気にしているようだが、それがどうした?」
「月城頭様が、神明珠を試され神の叡智を手に入れた、という噂があります」
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