第21話 課題は盛りだくさん

 翌日は朝から廃墟の様子を見て回る。


 石を積み上げていくゴーレムを遠目に見てゲフェリ公爵が唖然としていたが、それは大した問題ではない。

 目下の問題は、通信用魔法道具の回収である。


 ゲフェリ公爵によれば、魔法道具は最低で二つあるはずだという。

 ゼレシノル公爵との通信用、そして国王との通信用だ。


「陛下との通信用だけかと思っていました。」

「緊急時の連絡が取れなければ困ることもある。冬将軍デゼリアグスの退治はしたのだろう? 領の境界付近に強力な魔物が発見された場合には、越境して刃を振るうこともでてくるだろう。」


 許可なく騎士たちを越境させて暴れさせれば、重大な事案となってしまう。万が一、巻き込まれる者がでたりでもしたら目も当てられない。


 そのような場合に連絡を取る際に魔法道具が不可欠なのだということだ。


 そして、エナギラ領とゲフェリ領は山を隔てているが、ゼレシノル領との境界は丘陵地帯で、魔物を追っていると割と簡単に境を超えてしまうらしい。


「その辺りの地理関係は早急に勉強しなければなりませんね。」

「書類の回収はしていないのか?」

「進めてはいますが、この瓦礫ですよ? どこにどのような書類があるのか分からないのです。」


 そう言って示す瓦礫の山を見て、ゲフェリ公爵も苦笑いをするしかない。建物の大半が崩れていて、元々の間取りを知らなければどこに何があるのか分からないだろう。しかも、元は城と呼称されるほどの大きさなのだ。


「そうだな。城が南向きに建てられているとしてだ。主の執務室は西側の二階か三階にあるのが普通だ。伯爵領の執務に関係のある書類ならそちら側だろう。通信用の魔法道具も西側だ。」


 そして、東側は直轄地に関しての執務用と、使用人の部屋というのが一般的な形態らしい。


「じゃあ、この辺から瓦礫を除けてみましょうか。エレアーネ。」


 裕の指示でエレアーネが礫の魔法を撒き散らす。

 瓦礫がどんどんと横に飛ばされていき、壊れた調度品の類が顕わになる。


「其方はどこまでデタラメなのだ。」

「お言葉ですが、礫の魔法は農民をあたれば使える者を見つけるのは難しくないはずです。」


 使ったことはなくても、見たことがある者は浮浪児の中にもいるのだ。農民の中でもそんなにマイナーな魔法ではないはずだ。


「で、これは何の部屋でしょうね?」

「応接室だろう。執務室はもっと奥だろうな。」


 裕の疑問に、ソファの残骸を指しながらゲフェリ公爵が答える。石製のテーブルは瓦礫と一緒に飛ばされていったのだろうか、全く見当たらない。


 瓦礫を除去しながら、進んでいくと、調度品の様相が変わる。次の部屋に差し掛かってきたということだろうか。


「もう少し丁寧にやれぬか? 魔法道具を壊してしまっては元も子もない。」


 公爵に注意され、裕は重力遮断をかけて手作業で瓦礫を除去していく。子どもたちが数人で瓦礫をどんどんと横に放り投げて行くのを見て公爵は頭を抱えるが、裕はそんなことは気にしない。


 どんどんと作業を進めていくと大きな執務机が顕わになり、さらに瓦礫を除去していくと「それだ!」と公爵が声を上げる。


 元々は飾りが掘られ、宝石が嵌まったりもしていたのだろう。磨かれた木の箱は大小の傷がいくつも付き、側面の板は割れている。


「中身は無事か?」


 慎重に歪んだ扉を開けると、中の魔法道具本体が姿を見せる。


 複雑な飾りが施された幾つもの輪が組み合わされ、不思議な形状を成している。そして、その台座には大小いくつもの魔石が仄かな輝きを放っていた。


「見た感じは壊れていなさそうですけれど……」

「どうやって使うの? この魔石に魔力を通せばいいのかな?」


 エレアーネが魔石に触れた瞬間、魔石の輝きが増し、光が輪のオブジェへと広がっていく。


「無闇に手を触れるな。まあ、動くことが分かっただけ良しとしよう。」


 公爵がそんなことを言っている間にゲフェリ公爵は裕たちを退かせてオブジェの前に立つ。


「私はエルンディナ・ゲフェリ公爵。端的に申し上げると、今回の通信は誤操作によるものです。ただし、報告事項が一点。コギシュ伯爵の遺体を確認、簡素ながら埋葬を済ませました。爵位品は後ほどエナギラ伯爵が王宮まで持参いたします。」


 それだけ言って、手前の魔石に触れるとオブジェを包んでいた光が宙に消えていく。


「一回の通信でできる時間はそう長くない。報告は端的に済ませる必要がある。」


 この通信機は基本的に一日に一度の使用が限度で、一回で最大百秒ほどの時間しかないらしい。

 領主と国王の間で通信ができるといっても、電話のようにはいかないようだ。


 注意事項を受けながら、裕は魔法道具を運び出していく。ぽいぽいと放り投げて渡されていくことにゲフェリ公爵は不安そうな顔を見せるが、重力遮断で浮かせて運ぶと、落として壊す心配はないのだ。


 さらに瓦礫の中から、似たようなものが見つかるが、それは領都邸との通信用だろうということで、合わせて裕の部屋へと運び込む。



「それで、モコリに来てもらう魔導士だが、どの者だ?」


 中々に公爵は気が早い。裕も思わず頭を抱えてしまうほどだ。


「急かさないでくださいませ。選出した後、少々教育をしてからお送りいたします。」

「教育だと?」

「貴族に対する礼儀が全くできない子どもなのです。今のままではどんなご無礼を働くか分かりません。」


 子どもたちは、態度も言葉遣いも全くなっていない。思ったことは遠慮なく口にし、感情をストレートに表現する。

 それを言ったら裕も大概なのであるが、何より、彼らは弁えることを知らないのだ。少なくとも数日間はみっちりと教育をする必要があるだろう。


「その代わりと言っては何ですが、二等辺三角形ニトーヘンを一機お贈りいたします。」

「まて、それだと私の専用になってしまわないか?」

「作成するときにならば、三人まで登録できます。エルンディナ様に従者の方、それに騎士の方にでも登録しておけば便利かと存じます。」


 子どもたちが持ってきた魔石と杯を受け取り、裕はニトーヘンを作ってしまう。公爵が今回は見送ると言うなら子ども用にするだけだ。ニトーヘンがあれば気軽に近隣の町へお使いに行けるようになるし、あって困ることはない。


「分かった。それで登録とはどうすれば良いのだ?」

「この魔石に魔力を通してください。三人を登録する場合は一斉にやらなければなりません。」


 裕の説明で騎士と従者が呼ばれて三人でニトーヘンの先端に嵌め込まれた三つの魔石にそれぞれ手を伸ばす。


「準備は良いですか? 三、二、一、どうぞ。」


 裕の合図で三人が一気に魔力を流すと、魔石が一瞬光を放ち、二等辺三角形の中に埋まっていく。


「これで良いのか?」

「はい、試しに座るよう命令してみてください。」

「座れ。」


 公爵の命令に従い、二等辺三角形はその場に静かにしゃがみ込む。騎士や従者も「立て」「右を向け」などと命令をしてみるとその通りに動く。


 いくつかの注意事項を伝えると、公爵は早速二等辺三角形に乗り、その辺を走らせてみる。

 上機嫌で建築中の宿の向こうまで行って、戻って来た時には何故か不機嫌になっていた。


「寒いぞ。」

「だからとても寒いと言ったじゃないですか! そんなことよりも!」


 裕はこの二等辺三角形を量産して、路線運行をしたいのだと力説する。

 街道を整備すれば、従来の半分以下の時間で移動することができるようになる。しかも、コストが格段に下がるのだ。


「そんなことをすれば、我が領から人が流出してしまうではないか。」

「では、王都まで整備してしまいましょう! モコリにだって人を呼び込めますよ!」


 裕のあまりの発想に、ゲフェリ公爵は頭を抱えるが、すぐに現実的な考えに頭を戻す。


「確かに王都や直轄領の町では商人や職人が溢れている。あそこから引っ張って来れれば楽と言えば楽か。だが、街道の整備と一口に言うが、どれ程の時間が掛かると思っている? 一ヶ月や二ヶ月では終わらぬだろう。」

「え? 終わりませんか? さすがに一ヶ月は無理でしょうけれど、農民を上手く動員すれば、夏までには終わると思いますよ。」


 裕の見込みは何かが間違っている。総延長で三百キロにも及ぶ道路工事をたった数ヶ月で終わらせるなんて、ロードローラーやブルドーザーが一体何台あれば可能だというのか。


「だって、うちのエレアーネならば、一時間で一九六ミシス350mはできますよ。半日だけやっても一日九八〇ミシス1750mです。それを半年ほど毎日続ければ王都に届きます。」

「待て! 計算がおかしい!」

「雨が降ったりすれば滞るでしょうから、もう少し掛かるかも知れませんが、だいたいの計算は合っているはずですよ。」


 したり顔で言う裕だが、横から文官がツッコミを入れてくる。


「少々無理がございませんか? エレアーネ様は確かに素晴らしい魔導士ですが、だからこそ、同等の力を持つ方がそう簡単に見つかるとは思えません。それに、作業場所への往復する時間を考慮していません。」

「往復するにはニトーヘンを使えば良いではありませんか。作業する場所までは道が整っているのですから、最大速度で走っていけます。あれは休憩なく馬の駈歩かけあし以上の速さで走り続けることができるのですよ。」


 各町から一人ずつ選出すれば良いだけだと裕は気楽に言う。魔法を教えれば、農民たちの間で勝手に広まり、畦道も整備されるだろうし、そうなれば農産物の出荷も楽になる。

 農民にもメリットがあるのだ。少々の対価を払えばやってくれる者は見つかるだろうと考えている。


 とりあえずということで募集を出してみると、予想以上の数の応募があった。

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