第22話 巡行(1)

 雪が解けると、各所から農民や職人がやってきはじめる。

 農業組合や商業組合などには『雪が解けたら』と時期指定して募集を出している。

 跡目を注ぐ予定が無い第二子、第三子はどこにでもいる。

 裕としてはそういった人が来てくれればいいのだ。


 ちなみに、ハンターそのものには募集をかけていない。当面は子どもたちだけで何とかなるだろうし、ハンターという性質上、放っておいても向こうからやってくるという読みだ。


 農民に畑を振り分け、長屋を建て、道路を整備しと大忙しであるが、人が増えてくるにつれて、忙しさの種類が変わっていく。


 木工職人見習いや石工職人見習いがやって来れば、家屋建築や家具生産の速度は上がるし、農民たちに土属性魔法を教えて道路整備や建材作成まで任せれば、子どもたちも森へ行けるようになる。

 廃墟の下から回収した物も多い。各種職人たちの使う工具はもちろん、農業用保管庫と思しきものからは様々な種が見つかって、職人も農民も休みなく働くことになる。


 できることが増えていき、町としての形が段々とできてくると、当然、それを管理する必要も出てくる。

 街道の工事も、領内の分は管理しておかなければならない。


 そうなると、そこに充てられる人材は文官たちしかいない。そして、彼らが手を動かし始めると、紙が足りなくなる。


「紙ですよ! 禁断の紙を作るときが来てしまったのです!」


 もはや裕は見境なしだ。教会や神殿がないからとやりたい放題に木材を使う。

 もっとも、竜に薙ぎ倒された木はまだ大量に森に残っているので、それを使う分には躊躇う必要はないのだが。


 大人の職人にかかれば、紙づくりに必要な道具はすぐに揃う。そして、紙づくりは何故か騎士たちの仕事になる。

 町の門を守るのは良いのだが、ただ立っているだけと言うのは甚だ不効率であると、紙づくりの道具が門の前に並べられたのだ。



 そんなこんなで五月も末になれば、春の野菜が収穫の時期を迎え始める。何の種だかよく分からないが、入手したものを取り敢えず雪が降る直前に蒔いておいたのが芽吹き育ってきたのだ。


「ねえ、ちょっと多くない?」


 一面に広がるキャベツ畑を見て、エレアーネは首を傾げる。

 人口百人しかいないのに、数ヘクタールにわたってキャベツが並んでいるのだ。悪くなってしまう前に食べきれる気がしないのは気のせいではないだろう。


「心配いりません。余ったものは全部乾燥野菜にします。冬まで持たせますよ。」


 裕の言葉にエレアーネや子どもたちは驚くが、別に驚くほどのことでもない。何所の町でも、葉野菜の半分は乾燥加工されるものだ。人口がこれから増えていく予定なのだから、食べ物を多めに確保しておくのは大切である。


 麦畑も青々と育ち、ネギの生育も悪くはない。時間も知識もないなか、デタラメに植えた割にはそれなりに育っている。


「この様子なら、次の冬も心配なさそうですね。」

「冬終わったばかりだよ?」


 裕は畑を見て安心したように言うが、その気の早さにエレアーネは目を丸くする。


「目の前のことに一生懸命取り組むことは大切ですが、先のことも考えなければならないのですよ。」


 今はまだせいぜい一年程度だが、五年後、十年後を見据えた計画を立てていかねばならない。エレアーネにはそこまで求められることはないだろうが、将来のことを考えるくらいはした方が良い。



 町の整備は思ったよりも早く進んでいる。

 東門からまっすぐ西に大通りを伸ばし、そこから直角に道路を伸ばしていく。

 裕の都市計画は、旧来の天守防衛を考えた町づくりではない。道路は碁盤の目状に引き、利便性を優先する。

 貴族街と下町の間の壁も無い。が、これは作る予定はある。


 市内の道路の整備が進むと、物や人の移動がスムーズになる。きれいになった道を、荷車を牽いたゴーレムがどんどんと遺品を運び出し、作業がよりしやすくなる。

 瓦礫と廃墟の町だった旧コギシュは、雪どけから僅か数ヶ月で石材の山となっていた。

 明らかに建築作業が追いついていない。



「仕方がありませんねえ。」


 もはや口癖のように繰り返すこの言葉を力強く放つ。

 その結果、生まれたものは新たなゴーレムだった。

 上から見たら長さ五メートル、幅二・五メートルほどの長方形。八本足の足を持つ、二等辺三角形ニトーヘンの上位ゴーレムだ。


「これは長方形チョーホーケーといいます。」


 安直すぎる命名だが、日本語を解さない人々は素直にそういうものなのかと受け入れる。


 その背に木製の壁と屋根を取り付ければ、馬の無い足つきの馬車の完成だ。

 もはや言っている意味が分からないが、裕はこれをあくまでも馬車だと言い張る。


 大きくした分だけ重量も増え、一トンを超えるその車体では森の上を行くことは適わないが、屋根付きということで雨を気にする必要はないし、夜営をするにも便利だ。

 室内の椅子の下には木箱を格納するスペースもあり、荷物の運搬能力も侮れない。


 裕はそれに乗ると、各地の巡行へと出かける。貴族を訪ねてまわる予定なので、今回は文官一人と騎士二人も同行する。


「まずは領内の各町です。まずはドンデイク。南東から順に北へと回って西側、ゼレシノル領へと向かいます。」


 領内の町はどこに行くのであっても、朝に出れば昼には着く。騎士の一人には先ぶれとして先に町を治める男爵の邸へと行ってもらい、裕は町で用事を済ませてから、ゆっくりと男爵邸へと到着する。

 人材の調達をするのが今回の主目的なのだ。各組合へ行き、状況の確認と募集に関しての話はしておく必要がある。人材といっても、成人するかしないかの若手で良い。経験豊富な店長や親方レベルに従業員や弟子を引き連れて引っ越してきてもらう必要はない。


「これから発展していく町ですので、独立したいと考えている人には最適です!」


 今なら仕事はいくらでもあるとアピールして組合を後にする。


 先ぶれを出しているだけあって、男爵邸では待たされることなく中に通された。怪しさしかない乗り物に対して奇異の目は向けられるが、それも先に話がされているのだろう。刃を向けて誰何すいかされることはなかった。


 男爵との会談は、世間話から始まり、今後の展望へと入っていく。

 裕としては、都市間の流通を活発にして、産業の平準化と活発化を促していきたいという考えだ。

 地域による貧富の格差など要らない。もちろん、地域ごとに特色はあるし、違いはある。だが、そこに上下はないというのが裕の考え方だ。


「その一環として、街道を整備して町の間を高速馬車の定期運行をしていきます。」


 ここまでは、男爵もうんうんと頷く。普通に考えれば、数年後には、という話だろう。現在のエナギラに、道路を整備したり馬車を調達するような予算があるとは思えない。


「では、今年中に実現させますので、駅となる場所の選定と整備をお願いしますね。」


 裕が笑顔でそう言い、文官が予定している馬車のタイプや大きさを伝えていくと男爵は顔色が変わる。


「今年中でございますか?」

「ええ、道路の整備は秋の徴税の時期までには間に合わせます。街道が整っていると、税を運ぶのも楽でしょう?」


 別に、道路工事をしろと押し付けたりはしない。男爵の仕事は駅を作るだけだ。大した負荷にはならないはずである。


 しかし、男爵の顔色は良くない。さすがに上位者との会談で嫌悪感を撒き散らすようなことはしないが、眉間に僅かに寄せられた皺と、机を叩く指先が内心の不愉快さを物語っている。


 だが笑顔で「よろしくお願いしますね」と言う裕の圧力は子どものものではない。


「承知しました。秋までには整えるようにいたします。」


 最後には男爵も折れざるをえない。

 竜退治の英雄に理もなく逆らっても、何も良いことなどありはしないだろう。

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