第8話 浮浪児たち
アライの町に着いた裕とドーウェンは真っ先に領主邸へと向かう。
「私はヨシノ・エナギラ。突然ですみませんが、ボッシュハ伯に取り次いでいただきたい。」
「どのような用件でございますか?」
裕は伯爵のメダルを見せるが、門衛は胡散臭そうに睨め付ける。
「この町で商人をしていたのですが、先日爵位を賜りまして、至急任地に向かわねばならないのです。その前にご挨拶をと伺いました。併せて数名の町の者の転出の許可もいただきたいのです。」
そう言って商業組合の組合員証も提示すると、門衛は二度ほど見比べてから取り次ぎに走る。門の脇の待合室で二分ほど待たされた後、邸の中に案内された。
「ヨシノか。爵位を授かった? 任地だと? 一体何がどうなったのだ?」
意外とボッシュハ伯爵は裕のことを気にしていたようだ。裕が応接室に入ると、挨拶もせずに立ち上がって質問を畳み掛ける。
「不本意なことに伯爵を賜りました。コギシュ改めエナギラに向かい、復興に努めよとの王命なのです。」
「また無茶なことを言われたな。それで、いつ向かうのだ?」
「明日には発ちたいと思っています。」
話しながらも席を勧められて裕は椅子に着く。ドーウェンはその背後、護衛の位置に立つ。
「その者は?」
「ゲフェリ公爵様の騎士をお借りしてきました、ドーウェン様です。」
裕の紹介を受けて、ドーウェンは敬礼を送る。甲冑がないと様にならないが、それでも騎士であると分かるキビキビとした動きだ。
「それで、いくつかのお願いがあってこちらに参りました。」
伯爵は頷いて続きを促す。
「一つめ、この町の下級ハンター数名を含む浮浪児たちを連れて行きたいと思っているのですが、その許可をいただきたいこと。二つめは荷車、あるいは小型の馬車をお貸しいただきたいのです。」
「馬車は無理だ。貸し出せるほど私も所持していない。雪が降る前に私も王都に向かう。それまでに戻っては来ないのだろう?」
隊商から帰ってきた商人の方がまだ可能性があるのではないかとボッシュハ伯爵は言う。
「で、浮浪児を連れていくとはどういうことだ? 許可できない、と言うことではない。そもそも、どこの組合にも登録していない浮浪児に関しては、市民として認識していない以上、私に許可を得る必要はない。だが、子どもたちをどうするつもりだ?」
「家と職を与えます。人が誰もいないのでは町として成り立ちません。子どもでもいいから人が欲しいのです。というか、正直に言います。森で活動ができて、家が少々薄汚くても、食べ物が少々粗末でも文句を言わない人がいいんです。」
「其方は子どもたちを奴隷にでもするつもりか!」
「とんでもありません。私もその状況になる予定なんですよ! 貴族の人に来てもらったら困るんです。断っても断っても、公爵様方は連れていけ連れていけと押し付けてくるんですよ!」
涙ながらに訴える裕に、ボッシュハ伯爵も頭を抱える。
「そんなに酷い状況なのか?」
「町の住民は死に絶え、建物は無残に破壊されています。そこに行かなければならないのです。」
ボッシュハ伯爵は、深く、深く息を吐きだすと上を向き天井を睨みつける。
「それで、何とかなる見込みはあるのか?」
「あるから連れていきたいのです。」
「分かった、許そう。」
納得はしていなさそうな表情だが、伯爵は側仕えを呼んで一筆書き、裕に手渡す。手紙の宛先はハンター組合だ。
「下級のハンターまでだからな。中級以上を連れていったら訴えるぞ。」
「いくら私が図々しくても、恩を仇で返すような真似はしませんよ……」
裕には図々しいという自覚があったのか。そして、図々しいついでに、もう一つと願い出る。
「些細なことなのですが、その、ドーウェン様をこちらで宿泊させていただければと…」
「本当に些細だな。それは拒否する理由が無い。すぐに客室を用意させよう。」
ゲフェリ公爵に仕える騎士を軽く扱うわけにもいかないのだろう。伯爵はドーウェンの宿泊については快諾した。
裕は明日の昼頃には迎えに来ると約束し、領主邸を後にする。
「エレアーネ! いますか? 開けてください!」
日が暮れかけた道を急いで帰り、玄関の扉をノックをするも返事がない。まだ森から帰っていないのだろうか。
だが、もう一度ノックすると、返事があった。
「どなたですか?」
「私です、ヨシノです。」
「知らない人を入れてはいけないと言われてるんです。」
いきなり知らない人扱いをされた。酷い嫌がらせである。
「開けてください、エレアーネ。私はあなたをそんなふうに育てた覚えはありませんよ!」
裕は声を上げるが、絶対、そんなふうに育てたのは裕だ。
一年前のエレアーネは生意気なところはあるにせよ、実に真っ直ぐな子だった。「相手の嫌がることを徹底的にするのです」などと真顔で教育したのは裕だ。
お陰でエレアーネの戦い方、というか狩り方はかなりえげつない。一切反撃させず、敵の弱点を徹底的に攻撃していくスタイルだ。安全なやり方、と言えば聞こえはいいが、人によっては卑劣と映るだろう。
「ごめんなさい、エレアーネ。一人残して済みませんでした。お願いですから本当に開けてください。」
裕が謝罪の言葉を口にして、やっとドアは開けられた。
「それで、どうしますか? 私としてはあなたに来てほしいと思っています。」
顔を合わせるなりこれである。反省はどこへいってしまったのであろうか。
「来てってどこに? もう冬になるよ?」
「エナギラ領です。王都からさらに北に行ったところです。」
「子どもたちは? みんなはどうするの?」
「まとめて全員連れて行きます。」
浮浪児たちの力も要る。裕はそう考えている。
実際のところ、浮浪児たちの能力は決して低くない。今年、農村から流れてきた新人はともかく、越冬経験者はかなりの能力を秘めている。そもそも能力が低くては、冬を越すこと自体が不可能なのだ。
「みんな、連れていく……?」
「私がここの子どもたち全員に手を差し伸べる最初で最後の機会です。この町にどうしても残りたい人に強制はしませんけどね。」
そんな浮浪児はいないだろう。浮浪児たちは誰もこの町そのものに愛着はない。近場だと他の町では暮らしていけないというだけだ。
この町も周辺の町もスラム街というものはない。浮浪児たちは、文字通り、住む場所がないのだ。
「できれば明日の昼には出発したいのです。子どもたちに北門前に集まるよう伝えておいてもらえますか?」
「明日って、早すぎるよ! 『春風』たちは香辛料取りに行ってるし、間に合わないよ。」
「行き先が分かっているなら問題ありません。途中で拾って行きます。」
裕はとにかく時間がないのだと繰り返して言う。
「分かった南門に行ってくる! ヨシノは東門に行って。この時間なら門の近くに帰ってきてるはずだから。」
エレアーネは慌てて家を飛び出すと、門へと走っていった。その姿を見送り、裕も東門へと走っていく。
浮浪児たちは、閉門に間に合えば門の内側の壁際で、間に合わなかったら門の外側の壁際で夜を過ごす。壁際に枝や草を積み上げ、その中に潜り込んで寝るのだ。
裕が門に着いたときには、三人の子どもたちが枯草の下に潜り込もうとしているところだった。
「今日はあなたたち三人だけなのですか?」
突然声を掛けられて、子どもたちは怯えたように互いに顔を見合わせる。
だが、そうはいっても裕も、見た目はさほど変わらない年恰好の子どもだ。
「誰か、探してるの……?」
「明日から、あなたたちに、お仕事をお願いしたいのです。」
「お仕事? 明日から?」
「はい、人数は多いほど良いです。いっぱい集めて、お昼までに北門にきてくれますか? 小さい子もまとめて連れてきてください。ちゃんとお仕事をしてくれれば、家に住めるし、毎日食事もできますよ。」
とても胡散臭い勧誘だが、彼らにはそれを胡散臭いと感じるほどの知識も経験も無い。
よく聞く人売りの手口にまんまと引っかかり、こどもたは目を輝かせて「本当に?」と詰め寄る。
「はい、みんなで別の町に行きましょう。明日のお昼までに北門ですよ。」
「うん、分かった!」
子どもたちは大喜びで答える。この後、何が待ち構えているかも知らずに……
とは言っても、別に今より生活レベルが下がる予定は無いのだが。
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