第12話 お宝を発見したかもしれない

 翌日は町の東の森を一気に抜けて山の方まで行ってみることにした。


 地面を歩くのではなく、森の上を木から木へと駆け抜けて行くのだ。

 東へ進んで行くにつれ、森は濃く、大きくなっていく。一体どれ程の樹齢なのか、何十メートルもある木が競うように枝を張り、葉を繁らせている。

 生い茂る枝の下は、昨日見た西の森と同じようなものなのだろうか。上からでは下の様子はまるで見えない。



 東の山の方を見ると、森が途切れているところがある。近づいてみると、切り立った崖が何百メートルも続いている。


 露出した地層の中に、いくつもの大きな穴が開いたピンク色のものがある。雨に浸食され溶け出しているのだろう、ピンク色の雨垂れのようなものがあちこちに出来ている。


 裕は近づいて、濡れた岩肌を指で触ってみる。特に刺激は無いようで、指に付いた液体を光にかざしてみた後に舐めてみた。

 裕の顔が歪み、唾を吐き出す。さらに背中の鞄から水筒を取り出すと、一口含んで、直ぐに吐き出した。


「何て濃さの塩ですか。五十パーセントくらいあるんじゃないですかこれ?」


 思わず虚空に向かって叫ぶ裕。

 塩化ナトリウム溶液は、重量パーセントで五十になどならない。そんなことは裕は知っている。この世界の物理化学法則は必ずしも地球の常識が通用するわけではないということだ。



 裕は左右を見回し、まず崖に沿って南下していくことにした。

 南へいくにつれ、崖の高さが低くなってきている。とはいっても、五十メートルは軽くありそうなのだが。

 上に立ち並ぶ樹々が視界に入ってくると、その異常な光景に裕は驚きの声を上げた。数十メートルはあろう幹が天高く聳え、その根本には数メートル程度の高さまで藪が茂っている。さらにそこに棲む動物もまた巨大で、微かに姿を見せたネズミらしきものの体長は二メートル近くある。


「まるでガリバーの世界ですね……」


 裕は呟き辺りを見渡す。その表情は硬い。裕が恐れるのは空飛ぶ敵。鳥や虫の類である。巨大な猛禽類に襲われれば、ひとたまりもないだろう。

 しかし、視界のどこにも空を飛ぶものの姿は無い。


 裕は目を閉じて一呼吸すると、来た道を引き返す。崖に沿って北に進み、同じような光景が広がっていることを確認すると岩塩の層が広がるところまで戻り、大きめに掘り出す。


 ひと抱えほどある岩塩を抱えて森の上を走り、町へと急ぐ。姿が見えないとはいえ、いないという保証は無いのだ。裕は周囲を警戒しつつ、木を蹴り西へと走っていく。

 森を抜けると裕は地面に降りて一度休憩を取る。パンを頰張りながらも、裕は周囲への警戒を続けている。先程の巨大な森が余程恐ろしかったのだろうか。だが、表情には余裕の色が戻っている。常に警戒を怠らないという教訓を得たということなのだろうか。

 でパンを腹に流し込むと、再び重力遮断して町に向かって走り出す。

 程なくして町に着いた裕は、自宅に山刀と岩塩の塊を置くと商業組合に向かった。


「すみません、塩の鑑定をしてもらうことはできますか?」


 裕の問いに受付の女性は目を丸くする。


「塩が欲しいのでしたらキミサント商会で取り扱っていますよ。いくつかの種類があるはずです。」


 的のズレた回答に戸惑いつつも、裕はキミサント商会の場所を聞くと礼を言って組合を出る。


 キミサント商会は大通りから少し入った場所にあるものの、比較的大きな建物であり直ぐに見つけることができた。

 入口をくぐると、棚に所狭しと商品が並んでいる。裕は棚を無視して奥のカウンターに向かうと鞄から岩塩の欠片を出して店員に声を掛ける。


「すみません、この塩を鑑定してもらうことはできますか?」

「塩? 鑑定? 買うんじゃなくて?」

「いっぱいある所を見つけたのですが、売り物になるか分からないのです。」


 店員は戸惑いながらも裕に待つように言って、奥に下がる。

 しばらくすると、いかにも商人とは言い難い逞しい肉体の男が出てきた。男はこの店を任されており、ヤマナムというらしい。

 ヤマナムは裕に塩の出処を確認するが、裕は森の奥とだけ言って、それ以上は言葉を濁す。


「私しか取りに行けない場所ですよ。」


 裕の言葉に、ヤマナムは苦い顔をする。


「もし、売り物になるなら、この塩はこちらだけに売りますよ。」

「幾らで出せる?」


 笑顔で言う裕を睨めつけながらヤマナムが問う。


「あなたの売値の半分。」

「高いな。」

「そうですか? 取って来てここまで運ぶのは私なのですから、あなたは店に並べて売るだけですよ。」


 暫し沈黙した後、ヤマナムは了承した。


「証文を作ろう。こっちに来てくれ。」

「売り物にならないなら売れないですよ?」

「それも含めて作る。売り物になると分かった後で、話をなかったことにされても困るからな。」

「そんなことはしませんよ。」


 言いながらヤマナムは応接室へと裕を案内する。

 具体的な金額は品質の確認後に決めることとして、裕とキミサント商会での売買契約を結ぶ。鑑定にかかる費用はキミサント商会持ちだ。


「品質の確認はこれだけでできますか? もっと大きいのもありますが。」

「ああ、もう少しあった方が良いな。」

「では、後ほどお持ちします。」


 商談が終わると裕は家に戻り、大きな塊を半分ほどに割ってキミサント商会に持っていく。


「余ったら売って良いですよ。」


 裕はそう言い残して帰っていった。

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