第10話 家具がないなら買いましょう!

 翌日、朝からキャノンボムが訪ねてきた。


「テルオクスから客を追い返したって聞いてな、その後一度来たんだが留守だったようで。」


 親方であるキャノンボムは頭を下げる。あの後は『紅蓮』のメンバーと一緒に食事に行って、帰って来たのはかなり遅い時間だった。

 裕は取り敢えず中に入ってもらうが、室内には椅子の一つも無い。


「すみません、まだ椅子も用意できていなくて。」

「ああ、構わんよ。で、作って欲しいってのは椅子やテーブルか?」

「それはちょっと後回しで、剣の鞘、工房に置く棚、そして大きな平らな板が欲しいです。」


 裕は山刀を鞘ごと持ってくる。


「これの新しいのを作ってほしいのです。」

「もっと大切に使えよ。そんなに古そうには見えねえぞ。」


 差し出されたものを見て、キャノンボムは顔を顰める。

 ぱっと見ただけでも割れたり焦げたりと、ひどくボロボロになっているが、無事な部分は比較的真新しいのだ。


 鞘を手に取って調べる。よく見るとあちこち割れていて、ちょっとぶつけただけで壊れてしまいそうだ。


「酷い具合だな。もはや直すのは無理だろう。何をどうしたらこうなるんだよ。」

「だから新しく作ってほしいのです。モンスターにやられて、私も死ぬところでした。」

「これだけやられて、よく生きていたな。」

「本当に危ないところでしたよ。ハンターの『紅蓮』に助けられました。」


 納得するキャノンボム。『紅蓮』はこの町では有名なのだろうか。


「棚なんですが、こちらに置きたいです。」


 裕は作業場に案内し、その一角を差す。大きさを伝えると、キャノンボムは頷き、辺りを見回す。


「棚はここで作って良いか? できたのを運ぶのも大変だろう。」

「それで良いです。」


 裕は笑顔で答える。作業場にはまだ何も無い。隅に斧と鋸があるだけだ。そこで棚の制作をするのは何も問題ないだろう。


「これが一番重要なのですが、大きくて平らな板は作れますか? 良い紙を作るのに必要なんです。」


 裕は身振り手振りて、その大きさを示して言う。


「テーブルみたいに板を張り合わせたので良いのか?」

「それで問題ありません。それの表面をできるだけ平らで滑らかにしてほしいのです。」

「俺の方は問題ないが、ところで、金の方は払えるのか?」


 裕の注文に、キャノンボムは思い出したように言う。


「金貨二枚までなら、大丈夫です。」


 財布を取り出して裕は言った。


「金貨二枚って、それだけあれば椅子とテーブルも作れるよ。」


 キャノンボムは呆れたように言う。


「お金は残しておきたいので、椅子とテーブルはまた後でお願いします。」

「じゃあ、鞘と棚と板。その三つで良いんだな?」

「はい、お願いします。」

「鞘と板は少し時間がかかる。棚はテルオクスにやらせたので良いな。装飾とか要らないんだろう?」

「飾りはいらないです。そんなことするお金はありません。」


 裕は苦笑して答える。装飾を付けられても金は払わんということだ。

 装飾は椅子とテーブルの時にでも考えれば良い。


 棚を作るべく、テルオクスが木材と工具を運び込む。裕に気まずそうに挨拶をし、サイズや棚板の数の確認をする。

 何の変哲も無いただの棚なので、昼にはできるという。

 背後に張り付いて待っていても迷惑だろうと、裕は買い物に出る。



 裕が買って来たのは、大きな鍋とそれを吊るすための鉤、そして丸太だ。


「桶を買うんなら言ってくれれば作ったのに。」

「次からそうする。」


 裕はバツが悪そうにいう。そもそも裕には雑貨を作ってもらうという感覚がないのだ。日本では大概のものは店で買える。ホームセンターやスーパーマーケットは偉大なのである。


「それに、その丸太、どうするの?」


 テルオクスはプライドが傷つけられたのか、不機嫌そうだ。


「これは薪にするやつですよ。」

「あ、そりゃそうか。」


 木工職人としては、木は加工材料としか見えないのだろうか。暖をとるために薪を必要とする季節はまだ先でも、普通は料理するにも薪を使う。


 テルオクスはまだ見習いとはいえ、作るのはただの棚だ。完成までそう時間はかからない。昼の鐘が鳴る前に棚は出来上がり、テルオクスは帰っていった。裕は昼食の調達に、屋台広場に向かう。

 冷蔵庫も無い環境で、裕は一人暮らしの自炊をしようとは思わなかった。

 パンと串焼肉を買って家に帰る。しかし、落ち着いて食事をしようにも、椅子の一つもない。そもそも、まだリビングに家具が一つもないのだ。とにかく殺風景な部屋である。

 仕方が無いので、寝室のベッドに腰掛けて食べることにした。




 昼食後、裕は町の外を見て回ることにした。南には近づきたくないので取り敢えず西側からだ。


 外門を出て、畑の小径こみちを走り、西の森を目指す。尚、重力遮断は使わないようだ。運動して体力を付けることもだいじなのだろう。


 左右の畑には、麦のような作物が実り色付いてきている。ここらは、もう数日で収穫だろう。

 田園風景を眺めながらのんびりと走っていると、遠くに森が見えてくる。普通に歩けば町の門から二時間くらいはありそうだが、裕は十分も掛からずに森の入り口に到着する。


 森に入ってみると、木漏れ日が柔らかく、森の薫りが気持ち良い。きっと、マイナスイオンとやらが豊富なのだろう。

 裕は伸びをして深呼吸し周囲を見回すと、奥へと進んでいく。


 穏やかな雰囲気の森は、しかし、一キロメートルほども奥へいくと、様子が一変した。

 鬱蒼とした巨大な木々に遮られ、陽の光が差し込んで来ない。まるで地下に潜ったかのように感じるほどの暗闇の世界である。

 木立に遮られてではなく、闇に呑まれて先が見えないのだ。


 気温も低く、湿度が高い。辺りには爪や牙の気配が立ち込めているような気がする。

 裕はそこに数メートルも踏み込む気にならず、すぐに引き返していった。

 森の穏やかな部分の真ん中辺りまで戻り、そこに生えている木や草を確認しながら北に進む。


 この辺りは広葉樹が多く分布しており、枝の下には藪や草が茂っている。実のなる木も多く、足元にはドングリや栗らしきものが転がっている。

 しかし、その割には獣の気配がほとんど無い。裕がウサギくらいはいないのかと探しながら進んでいると、ギャーギャーと耳障りな声が聞こえてきた。


 裕が木に登り、声の主を探すと、藪の向こうにゴブリンの集団を発見した。

 ゴブリンは裕には気付いていないようで、藪の向こうをギャイギャイと歩いていく。


「鬼さんこちら。手の鳴る方へ!」


 裕は叫び手を叩いて、ゴブリンを引き寄せてみる。

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