第9話 ニートなんかじゃないんだからね!

『紅蓮』がハンター組合に連れ立って入り、アサトクナが受け付けに向かうのを見て、周囲のハンターや組合職員が怪訝な顔をする。水トカゲ狩は足の早い馬車を使っても、往復だけで三日は掛かる。昨日、依頼を受けて直ぐに出発したのでも、まだ往路のはずだ。


「あの、どうされましたか?」

「終わったぜ。」


 受付の男の問いに、アサトクナがドヤ顔で答えて依頼完了書を出す。

 確かに受領書にはコモワト商会のサインがある。


「アサトクナさん、冗談は止めてくださいよ。虚偽の申告の罰則はきびしいですよ?」


 受付の男は引きった顔で言う。


「嘘なんか言うかよ。本当に終わったって。コモワトに確認してくれても良いぜ。」

「分かりました。そう言うなら信用しましょう。」


 受付の男は諦めて手続きを進める。


 報酬を受け取り手続きを完了したアサトクナは、仲間に合流し出口に向かう。


「おいしい晩御飯食べに行きましょう。」


 裕が言って、五人が同意する。『紅蓮』にとっては、この収入は予定外のものだ。一泊で荷物を運ぶだけという簡単なお仕事。それで金貨十枚もの収入があれば、豪勢な食事もしようというものである。



 翌日、裕は商業組合に来ていた。

 住宅兼作業場の相場の確認である。紙を作って売れば、生活は成り立つ見込みである。

 元手がどれたけ必要なのか、借入はどの程度できるのかが分からなければ、今後の計画など立てようがない。


「子どもに貸せるような家などありません。」


 組合の受付で聞いてみると、やはり子どもと言うことで相手にもされない。


「お金ならあるし、稼ぎます!」

「だめだ。子どもの言うことなんて信用できるものか。」


 子どもにそんなことを言われても、受付の男も、はいそうですかと聞き入れるわけにもいかないだろう。

 だが、裕に助け舟を出してくれるものが現れた。


「おや、運搬屋の坊ちゃんじゃないですか。稼ぎ口でも探しに来ましたかな?」


 それはコモワト商会の店主だった。彼は裕のことを運送業者だとでも思っているのだろうか。「トカゲの運賃はいくらだったのですか? 馬車はどちらに?」などと尋ねてくる。何か頼みたい仕事でもあるのだろうか。


「コモワト商会さん、お知り合いなので?」

「ああ、昨日、ハンターと一緒に水トカゲを納品に来たんだ。なんと、六匹も獲ってきたんだ。」


 水トカゲと聞いて窓口担当の表情が変わる。一匹ならともかく、六匹だと二トンを軽く超える。中型から大型の馬車でなければ積むことなどできない。


「それは本当にこの子が運んだのかい?」

「ああ、『紅蓮』は馬車は持っていないはずだ。わざわざそんな嘘を吐くことはないでしょう?」


 コモワト店主が言うように、『紅蓮』が荷物の運び手に関して嘘を吐く理由など無い。何某かの理由があって嘘を吐くなら、もっとマシな嘘を吐くべきだろう。


「う~~ん……」


 受付担当は顎に手を当てて唸り声を上げる。

 あとは裕と受付担当で話をすれば良いと、コモワト店主は自分の用件である別の窓口へと向かっていった。


「よし、じゃあ、特別だ。と、その前に、幾ら持っている? 予算はどれくらいだ?」

「全財産は金貨十三枚ほどです。」

「なるほど。だったら月払いタイプだな。」


 貸し家には、家賃の支払いが年間一括のものと、毎月支払うものがあるらしい。年払いでは金貨十四枚が最低レベルとのことで、それを一括で支払えない裕は自動的に月々支払いの物件になるようだ。


「まあ、とりあえず一番安い部類の物件だな。どんなのが良いんだ?」

「作業場があって、お店を出せるのが良いです。私一人だけなので、人が住むところは狭くても大丈夫です。」


 裕の希望を聞くと、窓口担当は戸棚から二枚の木札を出してくる。どちらも家賃の月額が金貨一枚だ。


 説明を受け、裕は物件を見に行くことにした。見習いの少年に案内され、商業地区を歩いて行く。最初の物件は、住居部分は小さめだが、店舗部分が大きめ、作業場は五十平米程度。二番目は、住居部分が少し広く、店舗スペースは猫の額。作業場のサイズは八十平米はありそうだ。


 組合へ戻る道を歩きながら考え、裕は二番目の賃貸を借りる事にした。売るものとして考えているのは、現在は紙だけの予定なので、特に大きな店舗を構える必要もないという判断である。



 商業組合に戻ると直ぐに、裕は組合への加入と賃貸契約の手続きを進める。いつまでも『紅蓮』の世話になるわけにもいかないし、宿に泊まればそれだけお金もかかる。


 そもそも、町で商売をするには組合への加入は必須なのだそうだ。税の支払いは基本的に各組合を通して行われるらしく、組合に属さない者が商売をすれば、即脱税でしょっぴかれる。


 裕は、とりあえず、交易なし・店舗売りなしの簡易商という商区分で登録する。店舗スペースがありながら店舗売りしないというのは、単に登録税の支払いを後回しにしたいからだ。

 店舗販売する区分で登録するのは、商品が出来上がってからでも遅くはない。


 組合費と賃貸前払い合計で金貨三枚に銀貨十四枚を支払い、借主証と鍵、そして組合員証を受け取る。


 手続きを終えて商業組合を出ると、家具屋や雑貨屋、金物屋を回り、生活に必要な物を買っていく。オススメの店については商業組合で聞いてある。


 鍋や包丁などの台所用品に、斧や鉈、鋸などの薪割りセット、さらにベッドに毛布とシーツ。

 何度か家に荷物を持って帰りながら買い物をしていく。



 買い物を終えて我が家に帰るとホッと一息をつく。借家ではあるし、やたらとカビ臭いが、それでも我が家だ。


 荷物を片付け、財布の中身を確認する。

 家賃を含めて金貨五枚が減り、残り九枚。生活費としてはまだ余裕はあるが、買い忘れている物があるかも知れない。早めに稼ぎを得たいところである。



――

 今日は挨拶回りもしておくべきか。隣近所に粗品を配る文化はあるのだろうか。

 挨拶をして険悪になることもあるまい。

 隣人とは言い関係を築いておいた方が良い。

 手土産とか必要なんだろうか……

――



 ウダウダと考えるが、取り敢えず手ぶらで、お隣さんに挨拶に行く事にした。

 手土産が必要そうなら、また後で行けば良い。


 道路から向かって左隣は、同じ程度の大きさの建物である。ドアをノックすると、壮年の男が出てきた。


「初めまして。私は好野裕。今日から隣に住む事になりました。よろしくお願いします。」


 裕は頑張って挨拶をする。

 男はサノヒルンと名乗った。革職人で鞄をメインに作っているとのことだ。サノヒルンが忙しそうな素振りをしているのを感じ、裕は早々に話を切り上げる。


 逆側のお隣さんは、かなり大きな敷地と建物である。ノックをすると、まだ若い男が出てきた。裕が先程と同じように挨拶をすると、こちらは木工屋で出て来た男は見習いのテルオクス。主人はキャノンボムというらしい。なかなか物騒な雰囲気の名前である。


 テルオクスは挨拶を返す程度はするものの、明らさまに不機嫌である。


「子どもに用は無い。帰ってくれ。」


 いや、訂正する。雰囲気ではなく、ハッキリ帰れと言ってきた。


「木工屋には用があります。剣の鞘、頑丈な棚、そして大きな平らな板が欲しいのですが、作れますか?」

「オマエなんかに用は無いと言っている。」


 テルオクスは更に不機嫌に言う。何か失礼な事でも言ったかと裕は首を傾げる。


「帰れ。」


 テルオクスはそう言って扉を閉めた。


 きっと忙しいのだという事にして、裕は引き上げる。

 どうにも、引っ越しの挨拶の風習はなさそうなので、近所への挨拶は切り上げて『紅蓮』の拠点に向かう。

 世話になった彼らに、居を構えたことくらいは報告すべきというのが裕の考えだ。

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