第10話 再び八雲の部屋

「・・・」

 三人は、前回同様、八雲を真ん中に、横に三人並んで薄暗い部屋の畳の上に座っていた。

「ふああ~あ」

 舞彩が大きなあくびをする。

「なんか眠くなってきちまったよ」

「食い過ぎるからだろ」

 中央に座る八雲が左隣りの舞彩を睨むように見る。

「あたし寝るわ。出たら起こして」

 しかし、舞彩は自らの腕に頭を乗せ、その場に横になる。

「おいっ、お前は仕事で来てるんだろ」

「だって眠いんだもん」

「あのなぁ」

 マイペース過ぎる舞彩に八雲が怒る。

「お前は仕事に対する責任感てものがないのか」

「あるよ」

 と言っているそばから寝始める。

「おいっ」

「ちょっとだけ、ちょっとだけ」

 そういいながら舞彩は目を閉じる。

「寝る気満々じゃねぇか」

「でも、そろそろじゃないですかね」

 二人の隣りでいつも冷静な萌彩が言った。八雲が、小学生の時から愛用している畳の上のミッキーマウスのデザインされたかわいい目覚まし時計を見る。確かに丑三つ時だった。

「わっ」

 八雲が時計から視線を再び目の前の畳に戻すと、いつの間にか、あの少女の幽霊が座っていた。

「で、出た」

 あの子だった。あの幽霊だった。

「・・・」

 少女の幽霊はやはりどこか悲しげな表情でうつむている。

「で、出たぞ」

 八雲が隣りの舞彩をゆり起こす。

「ん?んん」

 舞彩は、すでに寝ぼけまな子だった。本気で眠りに入っていたらしい。

「おっ、ちゃんと出たか」

 舞彩が顔を上げ、幽霊を見とめる。

「ちゃんと出たかじゃないよ。まったく」

 のんびり過ぎる舞彩に八雲がツッコむ。

「仕事で来てんだろ。しっかりしろよ」

「うるさいなぁ、もう」

 舞彩は逆ギレする。寝起きは機嫌が悪いらしい。

「何逆ギレしてんだよ」

「うっさいなぁ、もう」

「お前なぁ」

「あなたはいったい八雲さんにどうしたいの?」

 そんな二人の口げんかの横から、萌彩が少女の幽霊に話しかけた。

「八雲さんに憑りついてどうするの?」

「・・・」

 しかし、幽霊はうつむいたまま答えない。

「あなたは何がしたいの?」

「・・・」

「もう、めんどくせぇ、退治しちまおうぜ」

 舞彩が腰を上げようとする。

「待って」

 それを萌彩が手を横に伸ばし、制する。

「何でだよ。除霊、退治して終わり、それでいいじゃねぇか。一件落着だろ?」 

 舞彩は不満げに口を尖らす。

「き、君は・・」

 その横から、今度は、八雲が少女の幽霊に話しかける。

「君は・・」

「お前はなんなんだよ」

 その上にかぶせるように舞彩がせっかちに訊く。

「おい、俺が今訊いてるんだ」

「お前は遅いんだよ」

「心の準備ってもんがあるだろ。心の」

「知るかそんなもん」

 また二人のケンカが始まる。

「あなたは何をしているの?」

 そんな二人を置いて、萌彩が辛抱強く語り掛ける。

「もういい、やっちまおう」

 だが、短気な舞彩は、とうとう立ち上がると胸の前で複雑な印を結びながら、何やらぶつぶつと呪文を唱え始めた。そして、気を練ると、それを幽霊の方に向けた。

「いくぜ」

「ダメだ」

 その時、八雲が、横から舞彩に抱き着くようにそれを体当たりでとめた。

「何すんだよ」

 舞彩は体勢を崩し、印を結びせっかく溜まった気が霧散してしまった。「もう少し話を聞こう」

「何甘いこと言ってんだよ」

 チリンチリン

 その時だった。二人が揉めているその間を割るようにして、小さな鈴の音が聞こえた。

「ん?なんだ?」

 揉み合っている八雲と舞彩がいぶかしがる。

 すると、少女の幽霊は苦しそうに顔をゆがめて消えた。

「ほら見ろ、消えちまったじゃねぇか」

 舞彩が文句を言う。

「あっ」

 が、舞彩がそう言ったと同時に、今度は突如として、細い稲光とともにものすごい竜巻が部屋の中に巻き起こった。

「おおおおっ」

 八雲が叫ぶ。

「なんだこれぇ~」

 ものすごい、風と嵐だった。

「正体を現したな」

 舞彩が何かを見て叫ぶ。舞彩はその竜巻の中心を見ていた。

「えっ」

 八雲もその方を見た。

「うああああ」

 八雲が再び叫んだ。竜巻の中心、中空に巨大な顔があった。それはとても邪悪な顔をしていた。

「うわあああ」

 八雲はあまりの恐怖にさらに腹の底から思いっきり叫ぶ。

 だが、萌彩と舞彩は、すぐにその巨大な顔に向き直り、同時に同じ呪文を唱え、同じ印を結び始める。この辺はやはり双子だった。まったく寸分の狂いもなくまったく同じ動きをする。

「天地神明の守護者、ベナレスの名において、すべての悪を滅したまえ、はっ」

 そして、その手の中に練られた気を、二人同時に腕を突き出すようにしてその竜巻の中心に放った。

 ぐわぁ~ん

 二人の放った気が、竜巻の中心のその巨大な顔に当たる。すると、またものすごい、はじけるような音と爆風が炸裂した。

「うわああああ」

 八雲は、その風圧に後ろにのけぞりそうになりながら叫ぶ。もう、何が何やら訳が分からない。

「なんなんだよぉ~」

 八雲は風圧に目をつぶりながら叫んだ。

「逃がしたか」

 しばらくして、八雲の頭上で舞彩が悔しがる声が聞こえた。

「えっ」

 八雲が目を開け、部屋を見回すと、部屋は再び深夜の静寂の中にあった。

「・・・」

 さっきまでの騒動がまったく嘘みたいに静かだった。

「何だったんだ・・」

 八雲は呆然とする。

「というか、あの子が、あんな邪悪な顔をしていたなんて・・」

 そして、八雲が呟く。八雲は、ショックを受けていた。少女の幽霊の正体に。

「お前本当にあの幽霊に惚れちまったんじゃないだろうな」

 舞彩がそんな八雲を見下ろしながら言う。

「ち、違うよ」

 八雲が顔を赤くする。

「ていうかいつまで抱き着いてんだよ」

「えっ?あっ」

 八雲は、除霊を阻止しようとして舞彩の腰に抱き着いたままだった。

「あっ、じゃねぇよ」

「ごめん」

 八雲はさらに顔を赤くして、舞彩から離れた。

「じゃあ、うちらは帰るから」

 そして、舞彩が言った。

「えっ、帰っちゃうの」

 八雲は驚く。

「まっ、とりあえず退散したからな」

「お、おい、でも・・」

「それじゃ、八雲さん、多分、しばらくは大丈夫だと思いますので」

 萌彩も頭を下げる。

「多分て・・」

 しかし、二人は帰って行ってしまった。

「・・・」

 八雲は一人部屋に残された。

「しかし、どうすんだよこれ・・」

 そして、八雲は一人呆然とする。夜が明け、朝日が部屋を明るく照らし出すと、竜巻のせいで無茶苦茶になった部屋が目の前に露わになった。

「絶対に敷金帰って来ないな・・、これ・・」

 八雲は首をうなだれた・・。

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幽霊探偵・萌彩(めい)と舞彩(まい) ロッドユール @rod0yuuru

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