幽霊探偵・萌彩(めい)と舞彩(まい)

ロッドユール

第1話 幽霊探偵社

「あのぉ・・、幽霊探偵社があるって聞いてきたんですけど・・」

 八雲はおずおずと、すりガラス面に探偵事務所と書かれた扉を恥ずかしそうに開けた。

「ここですよ」

 部屋中央の事務机に座っていた小柄な、縁なしめがねを掛けたまじめそうな少女が八雲を見て言った。

「あっ・・、そうですか・・」

 自分で言っておいてなんだが、八雲は本当に幽霊探偵社なんてものがあるなんて信じていなかった。

「どうぞ、こちらへ」

 少女は立ち上がると、事務所奥のソファセットの方へと八雲を促すように手で差し示した。

「はあ・・」

 八雲は事務所内に入り、促されるままに奥のソファへ腰かけた。ほんとにあったのか。八雲は内心驚き、何とも言えない不安感で、その幽霊探偵社という事務所の室内をキョロキョロと見まわした。。

「・・・」

 幽霊探偵社と言う割には、普通の事務所と趣は変わらない。むしろ殺風景で寂しいくらいだ。お札や神棚の一つもあっていい気がしたが、それすらがない。

 そんなことを八雲が考えていると、八雲の向かいのソファに先ほどの少女が座った。

「・・・」

 八雲は少女を見つめた。少女も八雲を見つめる。しばらく、二人は黙ってお互いを見つめ合うかっこうとなった。

「?」

 八雲は、誰か別の大人が奥から出てくるものと思って待っていた。が、一向にその様子はなく、事務所の奥を見ても誰も出て来る気配もない。

「えっ、あの・・」

 八雲は再び少女を見る。

「どうぞ」

 すると、少女が一枚の名刺を八雲の前のテーブルに差し出した。八雲がそれを手に取る。そこには「幽霊探偵社・代表二階堂萌彩」と書かれてあった。

「代表?」

 八雲は、顔を上げ少女を見つめた。そして、何度も名刺を読み返し、少女と名刺とを何度も往復し見比べた。

「どうされました?」

「あ、いや・・」

 少女に顔を覗き込まれ、八雲は少し動揺してしまった。代表と名乗る少女、萌彩は、改めて見るととてもかわいかった。萌彩はまじめで地味な雰囲気ではあったが、雪見だいふくのようなもっちりとして柔らかそうな、なんともいえないかわいい顔をしている。

 だが・・、八雲も大学生ではあったが、どう見ても八雲より年下だ。というかまだ子どもだった。 

「何かお困りごとですか?」

 萌彩はしかし、その年に似合わず、落ち着いた口調で八雲に訊ねた。

「はあ・・」

 八雲は、この子に言っていいものかどうか迷った。ただでさえ、言うのがためらわれる内容だった。

「どうぞご遠慮なく」

 しかし、やはり萌彩は落ち着いた表情で八雲を見ている。

「はあ」

 もう他に頼る術もない。八雲は仕方なく意を決した。

「あの・・」

「はい」

「あの・・、信じて・・、信じてもらえないかもしれないんですが・・」

 八雲は萌彩の顔色をうかがいながら、言葉を絞り出す。萌彩はやはり、落ち着いた表情でそんな八雲の顔をじっと見つめている。

「やっぱり・・」

 しかし、言いかけた八雲だったが気持ちがぐらつき、ソファから立ち上がった。

「大丈夫ですよ」

 その時、萌彩がやさしく言った。

「なんでもおっしゃってください」

 萌彩の物腰はどこまでも落ち着きやさしかった。

「・・・」

 八雲は、萌彩のその落ち着いた態度と、その言葉に自分自身も落ち着きを取り戻し、再びソファに座りなおした。

「実は・・」

「はい」

 八雲は萌彩の顔を見て、しばし黙った。

「僕の部屋に幽霊が出るんです」

 八雲はおずおずとだが思い切って言った。こう言ったとたん、大体相手の表情は、あやしくなっていく。そして失笑に似た笑いが起こる。そして、「来る場所が違うんじゃないですか」「そういう相談は神社とかお寺じゃないですか」と苦笑交じりに言われる。どこもそうだった。ここに来る前、警察にも行ったし、探偵事務所など、相談できそうなところは何件も回った。実際、言われるまでもなく、その前にはお寺や神社にだって行った。そこでも同じ反応だったから、相談に行ったのに・・。

「・・・」

 しかし、萌彩は笑うどころか、表情すら変えず、相変わらず真剣な顔つきで聞いてくれている。

「・・・」

 八雲は目をしばたたかせ萌彩を見た。しかし、やはり、萌彩は動じている様子すらない。

「それで・・、あの・・」

 八雲は話を続けた。

「あの・・、僕は・・、そのぉ・・」

 ここからがさらに言いにくい話だった。

「・・その幽霊に惚れられてしまったみたいなんです」

 大抵、ここで大爆笑が起こる。

「・・・」

 八雲が顔を上げる。しかし、それは起こらなかった。萌彩はなおも真剣な表情で八雲を見つめている。

「・・・」

 八雲は逆に信じられないと言った目で萌彩を見る。

「どうされました?」

「いや、あの・・、笑わないんですね」

「?」

 萌彩は首を傾げた。

「笑いませんよ」

 萌彩は真顔で八雲を見つめ返す。

「続きをお話しください」

「はあ」

 やはり、萌彩は一点の曇りもなく真剣な目で話を聞いてくれている。

「はい・・、あの、夜な夜な丑三つ時にですね・・」

 八雲はそんな萌彩の態度に嬉しいやら、戸惑うやらだったが、とりあえず混乱したままでも話を続けた。

「その幽霊が、こう・・、天井の片隅からぬぼ~っと・・」

「おおっ、仕事だって」

 その時、突然威勢のいい声と共に奥の扉が、バ~ンと勢いよく開いた。

「!」

 八雲は驚いてその方を見る。そこには、もう一人少女が立っていた。

「!」

 その少女を見て、八雲はさらに驚いた。その少女は目の前に座っている萌彩とそっくりというか、うり二つだった。めがねはかけていなかったし、髪型は違っていたが、顔形から体型、身長、全てがそのままそっくりだった。まさに萌彩が突然もう一人出てきたみたいだった。

「あ、あの・・」

 八雲の頭は混乱し、萌彩をもう一度見た。やはりそっくりだ。八雲は目の前の萌彩と出てきた少女を、目と顔をせわしく動かし、何度も見比べた。

「お気になさらないで、お話を続けてください」

 萌彩はしかし、落ち着いている。

「なんだ。仕事の内容は、悪魔か?悪霊か?」

 出てきた少女が興奮気味に横から萌彩の顔を覗き込む。

「幽霊だそうです」

「なんだ幽霊か。しょうもない」

 すると少女はさっきまでの興奮はどこへやら、急に態度を変えると、さっさと背を向けて、また扉の向こうに消えた。扉が勢い良く締まり、再びバ~ンと大きな音を事務所内に響かせた。

「あ・・、あの・・」

 八雲は戸惑いながら、萌彩の顔を見た。

「お気になさらないでください。いつもあんな感じですから」

「いつも・・、はあ・・」

 八雲は少女の消えた扉を茫然と見つめた。

「続きをどうぞ」

 萌彩が改めて言った。

「はあ、あの、それで困ってまして・・、どうしたら・・、相談できるところもなくて・・」

「そうですか。分かりました」

 萌彩がそう言うと、八雲は少し驚いた表情をした。

「どうかされました?」

「いや、あの、分かりましたって・・、あの・・、何とかできるんですか?」

 自分で頼んでおいてなんだが、八雲は全く期待してなかった。どこへ行っても散々笑われた挙句、露骨に追い払われるの落ちだった。さりげなく精神病院を紹介されたこともあった。

「はい、大丈夫ですよ」

 しかし、萌彩は当たり前のように言う。

「えっ」

 八雲は萌彩の顔をまじまじと見つめた。しかし、やはり萌彩の目は真剣そのものだった。

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