《追章》その28:地味は最大の武器


 それは各地の復興も大分進んできたある日のこと。


 珍しくテラさまから〝相談したいことがある〟と言われたあたしは一人、彼女が待つ世界樹へと赴いていた。


 が。



「あの、私、地味ではありませんか?」



「……はっ?」



 開口一番そんなことを言われ、思わず鳩が豆鉄砲を食ったような顔になってしまった。


 てか、そんなでっかいもん二つもぶら下げといて地味とか舐めてんの? と内心イラッとしていたあたしのことなどつゆ知らず、テラさまは続ける。



「化粧っ気もありませんし、イグザの好みにはほど遠いのではないかと」



 ……いや、その乳だけで十分好みだと思うわよ?


 見てみなさいよ、あの嫁たち驚愕の巨乳率を。


 公言はしてないけど、絶対あいつ巨乳好きだわ。


 はあ……、とすでに帰りたい思いのあたしだったのだが、そこは相談を受けた手前、努めて平静を装って言った。



「えっと、つまりおしゃれをしたいと?」



「というより、もう少し〝個性が欲しい〟といったところでしょうか。ほかの女神たちに比べ、少々華やかさに欠けている気がしまして」



「なるほど。そうなるとどうしても陰に隠れてしまうと」



「はい。私自身、元々前に出る性分ではありませんからね。ですがこうして彼の伴侶としてともに歩むと決めた以上、できれば私も皆と同等に……いえ、それ以上に愛されたいと言いますか……」



 ぽっと恥ずかしそうに頬を染めるテラさまに、あたしはもうそれをそのまま伝えればよいのではないかと死んだ目になる。


 確かにほかの女神さま方に比べれば多少地味かもしれないけれど、乳はでかいわ、薄布一枚のドレスでなんか色々見えそうだわ、そもそもパンツも穿いてないわで十分個性的だっつーの。


 っていうか、その〝神は下着を身につけない〟とかいう謎ルール本当になんなの。


 スカートや帯で隠れてるから問題ないとかそういう話じゃないでしょうが。


 まったく……、とあたしが一人嘆息していた――その時だ。



「――お話は全て聞かせていただきました」



「ひゃぎぃっ!?」「!」



 突如背後から豚の声が響き、あたしは反射的に女子にあるまじき悲鳴を上げてしまった。


 てか、いきなり出てくるのやめなさいよね!?


 こっちはすっかり平和ボケして気配察知に疎くなってるんだから!?


 あたしがそう睨みを利かせる中、豚は神妙な面持ちで語り始める。



「なんでもテラさまはご自身が地味であると感じ、今よりも華やかになられたいご様子」



 ですが! と豚は何故か無駄に男らしい顔で続けた。



「〝地味〟というのは必ずしも短所になるとは限りません! むしろ私は得がたい長所であると考えております!」



「……得がたい長所、ですか?」



「はい。私が日々学びのために読んでいる書物にこのような記述がありました。すなわち〝地味眼鏡巨乳こそが至高である〟と」



「いや、その書物絶対いやらしいやつでしょうが!? 何を賢者の格言みたいに言ってくれちゃってんのよ!?」



「い、いえ、決してそのようなことは……」



 げふんっと一つ咳払いをし、豚が話を続ける。



「ともあれ、まずはこれをお納めください」



 そう言って豚がすっと懐から取り出したのは、視力矯正用の器具――つまりは〝眼鏡〟であった。


 本来は度の入ったレンズを使用するのだが、今回はただのガラス板を用いているようだ。



「ど、どうでしょうか?」



「おお、よくお似合いです! では次にこちらのお召し物を。私の曇りなきまなこにより採寸は完璧のはずですので」



 つまりテラさまの身体を舐めるように見回してサイズを割り出したってわけね。


 よし、あとでその曇りなきまなことやらは潰しておくわ。


 と。



「ではちょっと着替えてきますね」



 テラさまが紺を基調とした衣服を手に世界樹の中へと姿を消していく。


 それから少ししてテラさまが再び姿を現したのだが、彼女の肌は露出がほとんどなくなっており、むしろ地味さがアップしているようにも見えた。



「あ、あの……」



 当のテラさまも困惑している様子だ。



「ちょっと豚、どういうことよ?」



 見かねたあたしが豚に真意を問うと、やつは「いえ、むしろこれでよいのです」と満足げに頷いて言った。



「確かにテラさまはお顔立ちも美麗ゆえ、いくらでも華やかになることは可能です。しかしそれではやはり周囲に埋もれてしまうと思うのです。というのも、ご自身で仰っていましたが、女神さま方を始め、華やかな奥方さまが多すぎるからです」



「まあ、確かに……」



 かく言うあたしも華やかさナンバーワンみたいな感じだし、豚の言い分も一理あるわ。



「となれば、多少なりとも地味であると仰られるその長所を全力で活かし、むしろ地味からのギャップを狙うのがよいのではないかと考えた次第でございます」



「……ギャップ?」



「ええ。つまりは〝脱いだら凄い作戦〟です」



「「……」」



 当然、揃って軽蔑の眼差しを向けるあたしたち。



「あんた、いい加減にしないと出荷するわよ?」



「しゅ――っ!? と、とにかく一度お試しくださいませ! 男子というのは意外とこういう初歩的な策に弱いものなのです! わ、私の出荷はそのあとということで……」



「まあ……」



「そういうことでしたら……」



      ◇



 後日。



「……その、凄く盛り上がりました(ぽっ)」



「うそぉっ!?」



 いや、どういうことよ!?


 でもなんか癪だから豚は出荷しておくわ!

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