《追章》その12:亡国の王女2


「今から30年近く前のことよ。とある島の紛争地域に〝ソロモン〟という小国があったわ。ソロモンはほかの国々に比べて戦力こそ劣っていたものの、立地に恵まれていて、それゆえに〝難攻不落〟とまで称されるほどの防衛力を兼ね備えた国だった」



「難攻不落……」



「ええ。ほら、前に光の英雄さんの国に行ったことがあったでしょう? 〝ヴィヴァルク〟だったかしら? あそこのように地形を活かした防衛戦略が得意だったのよ」



「なるほど」



 確かにヴィヴァルクも〝天然の要塞〟なんて言われていたからな。


 よほど強固な防衛力があったのだろう。



「けれどそんなソロモンも所詮は力なき小国。圧倒的な物量を前にすれば、地形を活かした自慢の防衛戦略も意味を成さないわ。つまりソロモンが平和でいられたのは、周辺諸国が常に争い、互いに小国でい続けてくれたおかげなのよ」



「皮肉な話ですね……。周囲が争っていたからこそ平和でいられるなんて……」



「仕方ないわ。そういう時代だったのだもの。だからソロモンの人々は怯えながら暮らしていた。いつか訪れるであろう〝その日〟のことばかり考えながらね」



「……」



 言わずもがな、〝その日〟というのはソロモンが攻め落とされる日のことだろう。


 きっとベルクアの人々のように心穏やかではなかったはずだ。



「そんなある日のことよ。ソロモンに三人目となる王女が生まれたわ。それもただの王女ではなかった。彼女が生まれた瞬間、その誕生を祝福するかのように光り輝く盾が現れ、唖然としていた母親とともに温かな光が彼女を包み込んだ。そう、王女は〝盾〟の聖女だったのよ」



 そういえばエルマの時も生まれた瞬間、聖剣が目の前に現れたって聞いたな。


 まあ俺はその頃まだ一つくらいだったから全然覚えてないんだけど。



「その上、彼女の瞳はまるで全てを見通すかのように不思議な光彩を放っていた。王さまは確信したそうよ。〝この子こそがソロモンの希望になる〟とね。でもそんな話が他国に知られたら最悪の事態を招きかねない。ゆえに王女が〝盾〟の聖女であることは国の最重要機密にされたわ。――彼女が戦場に立たされたその日までね」



「戦場に立たされたって……」



 まさか!? と眉間に深いしわを刻んだ俺に、シヴァさんは「そうよ」と頷いて言った。



「ソロモンは自ら打って出ることにしたの。〝盾〟の聖女の持つ絶対的な守りの力と、彼女の全てを見通す〝眼〟の力を使うことでね。ほら、私一度目にした相手の周囲の光景が全部視えちゃうから、敵陣の様子を丸裸にすることが出来たのよ」



「……なるほど。確かにそれならたとえ戦力的に劣っていたとしても戦況を覆すことが出来ますね……。でも……」



「そうね。まだ年端もいかない、しかもずっと箱入りで育てられてきた少女が置かれるにはあまりにも過酷な状況だったわ。ここだけの話、初陣の時は怖くてお漏らししちゃったしね」



 そう軽い口調で肩を竦めるシヴァさんだが、当時の彼女の心境はとても慮れるようなものではなかっただろう。



「あらあら」



 俺があまりにも悲壮感に満ちた顔をしていたのか、シヴァさんがふっと口元を和らげて言った。



「あなたは本当に優しい人ね。もう過去のことなのだから、そんなに悲しそうな顔をしなくてもいいのに。でもありがとう。その気持ちは凄く嬉しいわ」



「いえ……」



「と、まあそんな感じでソロモンの快進撃は続き、やがて長きに渡る争いの歴史に終止符が打たれた。ソロモンが全ての国を統一したのよ」



「それで平和には……ならなかったんですね?」



 控えめな俺の問いに、シヴァさんは「ええ」と頷いて言った。



「確かに一時ひとときの平和は得たわ。皆幸せそうだったし、もしあれがずっと続いていたなら、今頃はいい観光地にでもなっていたんじゃないかしら? 結構綺麗な場所もあったしね」



 でもそうはならなかった、とシヴァさんは続ける。



「争いが終わって一番危惧されたのは、再び戦乱の世に戻ること。つまりはこの状況を作り出した〝盾〟の聖女の力を反乱分子に奪われないことだった。まあ一応統一はされたのだけれど、皆が皆納得していたわけじゃなかったのだから当然よね」



「……そうですね。そんな簡単に納得する人たちばかりなら、はじめから争いなんて起こっていなかった気がします」



「ええ、そのとおりよ。いつ誰が裏切るかもわからない中、王さまや国の上の人たちは考えたの。〝ならばそんな危険な存在は消してしまえばいい〟とね」



「そんなの……っ」



「ええ、勝手すぎるわよね。私もそう思うわ。まあそんなこんなで寄って集って〝盾〟の聖女を暗殺しようとしたのだけれど、〝盾〟の名は伊達じゃなくてね。結局殺せずじまいで彼女は国外どころか島外へと逃亡――色々あって今に至るというわけよ」



「そうだったんですね……」



 まさかシヴァさんがそんな過酷な人生を歩んできたとは思わなかった。


〝色々あって〟とは言うけど、きっとその後も本当に色んな苦労をしてきたのだろう。


 ならこれからは俺がしっかりと幸せにしていかないといけないよな。


 うん、と俺は改めて心に誓い、一人ぐっと拳を握り締める。


 すると、シヴァさんが「あ、ちなみに」と一転して戯けたように言った。



「その後すぐソロモンは滅びちゃったわ。まあ当然よね。王さまたちは私がいなくなれば平和が続くと思っていたみたいだけれど、私がいたからこそ他国の力を抑え込めていたんだもの。好機とばかりにクーデターからの紛争勃発で、最終的に島ごと海に沈んじゃったわ」



「えぇ……」



 いやいや、それそんなおかしそうに言うことじゃ……。



「えっと、じゃあご家族も……?」



「さあ? どうなったのかは知らないわ。父親は言わずもがな、母親には気味悪がられるし、姉たちにはいじめられるしで正直いい思い出なんて何もなかったもの。だから別にあの人たちがどうなろうと知ったことじゃないわ」



「そ、そうですか……」



 なんとも複雑な心境で顔を引き攣らせる俺に、しかしシヴァさんは「ええ、そうよ」とどこか妖艶に微笑んで言った。



「だから私、自分を大切にしてくれる人以外どうでもいいの。あなたは私を大切にしてくれるかしら?」



 ふふっと試すような視線を向けてくるシヴァさんに一瞬面食らったものの、俺は力強く頷いて答えた。



「ええ、もちろんです。必ず幸せにしますから、これからも俺の側にいてください」



「!」



 その瞬間、シヴァさんの顔にさっと朱が散る。


 そして彼女は「……ええ、わかったわ」と嬉しそうにその身を俺に寄せてきたのだった。


 余談だが、その後色々あって大分帰りが遅れ、マグメルに正座させられることになるのはまた別の話である。


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