《追章》その11:亡国の王女1
それは俺がマグメルとシヴァさんを連れ、とある山間の町に物資の搬入などを行っていた時のことだ。
――がしゃんっ!
「「「?」」」
ふいにけたたましく響き渡った物音に、俺たちは何ごとかと揃って音のした方を見やる。
すると、一人の老人が驚いたような表情でシヴァさんに近づきながら言った。
「ほ、本当に生きていらしたのですね、シヴァ王女……っ!?」
……王女?
「あなたは……」
困惑するシヴァさんに、老人は一言「ソロモンの民にございます……」と静かに頭を下げる。
「……そう」
それでシヴァさんも事情を察したらしい。
未だ頭を下げ続けている老人に、しかしシヴァさんは「ごめんなさいね」とどこか悲しそうな顔で言った。
「今の私はもう王女ではないの。だから私を〝王女〟と呼ぶのはやめてちょうだい」
「で、ですが……」
「この話はもう終わりにしましょう。それよりほら、せっかくのスープがこぼれてしまったわ。すぐに新しいのを用意するからちょっと待っていてちょうだい」
「あっ……」
何か言いたげな様子の老人に背を向け、シヴァさんは新しいスープをよそいに行ってしまったのだった。
◇
その夜。
宿に戻った俺は日中のことを思い出し、「……そういえば」とマグメルに胸のうちを吐露していた。
「俺、シヴァさんのことを何も知らないんだよな……」
「そうですね……。私も彼女が〝盾〟の聖女であること以外、その素性を存じ上げてはおりませんでしたが、まさか王族に連なる方だったとは……」
「うん。正直驚いたけど、あまり聞いてほしくはなさそうだったからな。デリケートな話題だし、彼女の方から話してくれるまでは出来るだけ触れないようにしようと思うよ」
「ええ、それがよろしいかと。どうやら複雑なご事情がおありのご様子でしたし……」
そうだな……、と頷いた後、俺は心配そうに窓の外を見やって言った。
「それにしてもシヴァさんの帰りが遅いな。そろそろ戻ってきてもいい頃だとは思うんだけど……。マグメルは何か聞いてないか?」
「いえ……。ただ先ほど〝少し夜風に当たってくる〟とは仰っていましたが……」
「そっか。ならちょっと様子を見てくるから、マグメルはここで待っていてくれるかな? もしかしたら先に戻ってくるかもしれないし」
「わかりました。どうぞお気をつけて」
「うん。ありがとう」
◇
そうして俺はマグメルに留守を任せ、シヴァさんを捜しに出かける。
一応フェニックスシールのおかげで大体の場所は把握出来ているので、スザクフォームで最短ルートを突っ切ることにしたのだが、
「……あら? わざわざ迎えに来てくれたのかしら?」
彼女がいたのは町をぐるりと一望出来る人気のない高台の上だった。
少なくとも通常なら立ち入らないような場所だ。
こんなところで一体何をしていたのだろうか。
「ええ。帰りが遅かったのでちょっと心配になっちゃいまして」
すっと静かに降り立ち、俺はスザクフォームを解除する。
すると、シヴァさんはふふっと嬉しそうに笑って言った。
「きっとあなたのことだから来てくれるんじゃないかと思っていたわ。ありがとう、ダーリン」
「いえ、それは構わないんですけど……」
「昼間のことかしら?」
「ええ。差し支えなければ事情を聞いても……?」
俺がそう控えめに尋ねると、シヴァさんは肩を竦めて言った。
「まあ今さら隠すことでもないしね。確かに私はあの老人が言ったように、とある小国の第三王女として生まれたわ。その国の名は〝ソロモン〟。近隣諸国と争いばかり繰り広げていた、今は亡き哀れな小国よ」
「今は亡きって……」
「文字通り〝滅んだ〟のよ。国の要であった私――〝盾〟の聖女を理不尽にも処分しようとしたのが原因でね」
「シヴァさんを処分!?」
どういうことかと眉根を寄せる俺を宥めるように、シヴァさんは微笑んで言った。
「大丈夫よ。もうずっと昔のことだし、私はこうして無事にあなたの前にいるわ。でも怒ってくれてありがとう、ダーリン」
「い、いえ……」
いつもよりも柔和な雰囲気のシヴァさんに俺が少々戸惑っていると、彼女はやはり微笑んだまま言った。
「少し長くなるけれど聞いてもらえるかしら?」
その問いに、俺は即答した。
「ええ、もちろんです」
「ありがとう。じゃあこっちに来てちょうだい。ちょうど二人で座れそうな倒木があるわ」
「わかりました」
そうして彼女の口から語られたのは、とある紛争地域の小国に生まれた〝奇跡の王女〟の話だった。
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