《追章》その5:ティルナのお願いでありんす
それはあたしたちが鬼人の里で復興作業をしていた時のこと。
「……うん?」
ふいに後ろからくいっと服の裾を引っ張られ、あたしは何ごとかと振り返る。
そこにいたのはティルナだった。
「エルマに一つお願いがあるの」
「?」
一体どうしたのかとあたしが小首を傾げていると、ティルナは相変わらずぽけーっとしたような表情で言った。
「最近やたらとありんすが絡んでくる。なのでわたしの代わりに彼女と戦って欲しい」
「……」
え、なにゆえ……?
当然、意味がわからないとばかりに瞳を瞬かせるあたし。
てか、なんであんたも〝ありんす〟呼びになってんのよ。
いや、まあ〝リュウグウ〟より〝ありんす〟の方が断然呼びやすいからなんでしょうけど……って、そんなことはどうでもいいのよ!?
「ちょ、ちょっと待って。そういうことならあたしより適任なのがほかにいるでしょ? アルカディア……は身重だからあれとして、オフィールとか、なんならフルガさまに頼めばいいじゃない」
「うん、わたしも最初はそう思った。でもオフィールはいっぱい力仕事を任されて大変そうだし、フルガさまもほかの女神さまたちと新しい世界のバランスを整えるのに大忙し。なので手の空いてそうなエルマにお願いすることにした。おめでとう」
――ぱちぱち。
「ありがとう……とはならないわよ!? てか、あたしもそこそこ忙しいんですけど!?」
「大丈夫。エルマなら出来ると信じてる」
「そ、そう? じゃあちょっとやってみようかしら……ともならないわよ!?」
そして我ながらなんなのよ、このキレッキレのノリ突っ込みは!?
これ絶対豚に突っ込みまくってたせいよね!?
「って、そうだ! ザナはどうなのよ!? 手の空き具合なら彼女も一緒でしょ!?」
「ザナはイグザのことしか考えてないから無理。今の彼女はもうただの肉食獣」
「ザナぁ……」
堪らず頭を抱えそうになるあたしだったが、そこでふと疑問に思ったことがあり、それをティルナに尋ねる。
「……っていうか、そもそもなんでありんすはあんたに絡んでくるわけ? 喧嘩でもしたの?」
「ううん、してない。たぶんわたしに連続で負けたのが悔しかったんだと思う」
「なるほどね。でもそれならなおのことあたしが代わりに戦っちゃダメなんじゃないの? ありんすはあんたに勝ちたいんでしょ?」
「うん。でもエルマの方がわたしより強いから」
「……」
それを聞いたあたしは二、三度目をぱちくりさせた後、腕を組み、豊満と言っても差し支えのないお胸を張って言った。
「ま、まあ、ね? ほら、これでも一応数ある武器の中でも代表格的な〝剣〟の聖女だし? そりゃ実力的にも上っていうか?」
「うん。エルマの実力はわたしたちの中でも群を抜いている。だからイグザも鬼の人のトドメにエルマの力を使った」
「ふ、ふーん……」
確かに使ってたけど、それってつまりあたしのことを一番だと思ってるってことよね?
え、何?
もしかしてあたし正妻になっちゃう?
やだ~。
ちょっと悪いわね、アルカディア~、とあたしのにやにやが止まらない中、ティルナが三度「うん」と頷いて言った。
「だから是非エルマにお願いしたい」
「まったく、しょうがないわね。――いいわ。ならありんすはこのあたしがこてんぱんにしてやろうじゃないの!」
「おー」
ぱちぱち、と再びティルナが拍手する中、ふいにそれを掻き消すかのように女性の声が響く。
「何やら楽しそうでありんすな。わっちも交ぜておくんなんし」
噂のありんすである。
なのであたしはずびっと彼女を指差して言った。
「出たわね、ありんす!」
「……ありんす? ああ、わっちのことでありんすか」
「ええ、そうよ! 話は全部ティルナから聞かせてもらったわ! なんでもこの子を倒したくて堪らないらしいじゃない!」
「ふふ、まあそうでありんすな。何せ、お嬢さんには二度も煮え湯を飲まされていんすゆえ」
「なら三度目の煮え湯はこの〝剣〟の聖女――エルマさまが飲ませてあげるわ!」
あたしがそう声高らかに宣言すると、ありんすは一瞬ぽかんとした後、どこか嬉しそうに笑って言った。
「なるほど。つまり今日はぬしがわっちのお相手をしてくれるというわけでありんすな?」
「ええ、そうよ。たまには違う相手と組み手をするのもいいでしょ?」
「もちろんでありんす。では早速始めんしょうか」
「ふふ、吠え面をかかせてあげるわ!」
◇
が。
「……大丈夫でありんすか?」
「きゅ~……」
はい、全然ダメでした……。
そりゃ冷静に考えてみたら、対近接戦闘特化のフルカウンター型にがっつり近接系かつ生身のあたしが勝てるわけないじゃない!?
せめてインフィニットガッデス持ってきなさいよ、インフィニットガッデス!?
「おだててごめんなさい。わたしは今とても反省している」
そしてあんたは素で謝ってんじゃないわよ!?
その方が心にぐっさりくるでしょうが!? と内心愚痴が止まらないあたしだったが、それも当然であろう。
何せ、今のあたしは頭から全力で地面に突っ伏し、お尻を突き上げた状態で目を回していたのだから。
もうなんなのよこれ~!?
てか、早く起こして~!?
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