《追章》その3:誰も料理出来ないとはこれ如何に
各地の復興を手伝うため、日々世界中を飛び回っていた俺たちは、エリュシオンの残した《神の園》を女神さま方に再構築してもらい、自分たちの拠点兼マイホームとして利用していた。
立地的には世界樹のすぐ側なので、僻地と言えば僻地なのだが、移動は基本的に空を飛んだり術技を使っていたからな。
とくに不便に感じることはなかったし、むしろマイホームを手に入れた喜びの方が大きかった。
が、そんなある日のことだ。
「皆落ち着いて聞いて欲しい。実は一つ重大な事実に気づいてしまったかもしれないんだ」
『?』
食堂にお嫁さんたち(女神さま方に関してはお忙しそうなのでフィーニスさまのみ)を集めた俺は、両手を顔の前で組み、神妙な面持ちでそう告げる。
何ごとかと皆が小首を傾げる中、俺は「俺の勘違いだったらすまない」と前置きした後、鋭い視線を彼女たちに向けて言った。
「もしかしてだけど、俺以外誰も料理が出来ないんじゃないか……?」
『……』
その瞬間、食堂内がなんとも言えない静寂に包まれる。
そう、可愛いお嫁さんがたくさん出来たのはいいのだが、ふと今までに一度も彼女たちの手料理を食べていないことに気づいてしまったのである。
もちろんこれは完全に俺のエゴなので、出来ないこと自体を責めるつもりはないのだが、復興のお手伝いをしていると結構食材などをもらうことがあってな。
せっかくだし、皆の手料理が食べられたら嬉しいなと……。
ともあれ、真っ先に口を開いたのは、不敵に腕を組むアルカだった。
「ふ、何を馬鹿なことを。私は家庭的な女だと前にも言ったはずだぞ?」
「ああ、そうだったな。でも一応聞かせて欲しい。君の一番得意な料理はなんだ?」
「決まっているだろう? 当然、〝丸焼き〟だ。毒がなければ大体こいつでいける」
「……ちなみに味つけは?」
「ない。素材の味を活かすのが一流の料理人だからな」
「……そうか」
何故そんなどや顔が出来るのかは分からないが、とりあえず一流の料理人に謝ってこようか……。
「ほかの皆はどうだ? というか、同じく丸焼きが得意な人は手を挙げてくれ」
『……』
すっと静かに手を挙げたのは、意外にもオフィールだけだった。
そして彼女は言う。
「まあ丸焼きっつーか、普通に肉か魚を焼くくれえだな。あとは適当に全部ぶち込んで鍋みてえにしたりよ」
「な、なんだと……っ!?」
一流の料理人が愕然と両目を見開く。
たぶん丸焼き仲間だとでも思っていたんだろうなぁ……。
「……なるほど。ってことは、ほかの皆は何か別の料理が出来る感じなのかな?」
と、若干の期待を込めて尋ねた俺だったのだが、
「い、いえ、その、私は基本お城の方が身の回りのことを全てしてくださっていたので、恥ずかしながらお料理自体したことがなく……」
「そうね。私も彼女と同じよ。もちろんあなたのためなら一生懸命覚える所存だけれど」
「あ、あたしはまあほら、知ってのとおりあんたに任せっぱなしっていうか……。豚と旅をしていた時も全部作ってくれてたし……」
「……申し訳ございません。私も家のことに関しましては、おじいさまの雇われた方々にお任せしていたものですから……」
「あ、いえ、そんな謝ることじゃないんで……」
慌ててカヤさんにフォローを入れる俺。
まあエルマはあれだけど、マグメルとザナは幼い頃からお城暮らしだし、カヤさんも代々町長を務めてきた家の生まれだからな。
そりゃ家事に関してはそれ専用の人たちがやってくれていたことだろうさ。
ということは、だ。
「フィーニスさまもそんな感じですかね? その、封印される前は……」
「そうね……。というより、元々私たちは食事を必要としないから……」
「ですよね……」
ならばほかの女神さま方もせいぜい供物として捧げられたものを嗜む程度であって、自ら料理をしたりはしないのだろう。
まあ子育て経験のあるトゥルボーさまだけは例外かもしれないが……。
あと今は鬼人の里にいるけど、アイティアは……そもそもするタイプじゃないな……。
「そんなことよりあたしを食・べ・て♪」とか言ってきそうだし。
と。
「あれ? じゃあもしかしてティルナとシヴァさんは意外と料理が得意だったり?」
ティルナはセレイアさんに教えてもらってそうだし、シヴァさんも一人旅だったらしいからな。
これは期待出来るのではと尋ねた俺に、ティルナがぶいっとピースして言った。
「わたしはいつも生で食べてた」
「……」
そっかぁ……。
生で食べちゃってたかぁ……。
じゃあ仕方ないなぁ……。
そう黄昏れつつ、ちらりとシヴァさんを見やる。
すると、彼女はふふっと妖艶に笑って言った。
「ねえ、ダーリン。女って色々と秘密を抱えていた方が魅力的だと思わない?」
「……」
そ、そうですね……、ともう頷くしかない俺なのであった。
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