219 再会と別れ


「……片角の鬼人、だと?」



 突如姿を現した同族――レウケさんに、当然エリュシオンは訝しげな視線を向ける。


 すると、レウケさんは俺たちに軽く会釈した後、エリュシオンの前に片膝を突いて言った。



「はじめまして。私の名はレウケ。見てのとおり、あなたと同じ鬼人だ。どうしてもあなたに尋ねたいことがあって話に割り込ませてもらった。ゆえに少しばかり時間をいただいても構わないだろうか?」



「その前に一つ俺の問いに答えろ。何故貴様の角は欠けている? 先天的であればなおのこと、それは鬼人としてあり得ないことだ」



「ああ、きっとそうなのだろうな。だが私はこの片角を誇りに思っている。これは私が両親の特徴をきちんと受け継いだ証なのだからな」



「……何を言っている?」



 いまいち要領の得ないレウケさんの話に、エリュシオンの顔が一層険しくなる。


 しかしレウケさんはそんなエリュシオンに柔らかい笑みを向け、こう尋ねた。



「――〝ロネア〟という名の人の女性に心当たりはないか?」



「――っ!?」



 その瞬間、エリュシオンの顔が驚愕に固まる。


 そしてやつは「……何故、貴様がその名を知っている……っ!」と殺気を剥き出しにしてレウケさんを睨みつけたのだが、



「それはね――彼女が私の〝母〟だからだよ」



「なん、だと……っ!?」



 まさかの事実に唖然としていた。


 つまりレウケさんはティルナ同様、〝人と亜人のハーフ〟ということである。


 それゆえの片角であり、エリュシオンのあの取り乱し様だ。


 もしかして彼女は……。



「そ、そんなことがあるはずがない!? ロネアは子を産む前に死んだのだ!? でたらめを言うな!?」



「いや、これは決してでたらめなどではない。確かに母は魔物たちに襲われ、私ごとその腹の中へと呑み込まれた。だが彼女は瀕死の身でありながら、己が命の尽きる最期の一瞬まで私の命を救うことだけに全力を賭してくれたのだろう。ゆえに私は生き延び、そしてあなたが魔物や人間たちを皆殺しにした後、彼女の母であり、私の育ての親でもある女性が血溜まりの中で泣く私を見つけてくれたのだ」



「そんな、馬鹿な……っ!? ではお前は……っ!?」



「そう、私は鬼人族最強の聖者――エリュシオンと、心優しき人の娘――ロネアの間に生まれし者。死する定めにあったあなたの娘なのです、父上」



『――っ!?』



 当のエリュシオンも含め、その場にいた全員の目が大きく見開かされる。


 やはり彼女は死んだと思われていたエリュシオンの娘さんであった。


 だがそれなら何故最初に会った時に言ってくれなかったのだろうか。


 もちろん責めるつもりはないのだが、彼女の生存を伝えることが出来れば、このような事態になる前に争いを収められたかもしれないからだ。


 もっとも、そう考えていたのはレウケさんも同じだったらしい。


 彼女は「……すまないな」と俺たちを見やって言った。



「私が聞かされていたのは母の名と、そういう悲しい出来事があったという話だけだったのだ。自分がハーフであることや、父の名などは一切知らされてはいないし、育ての母が祖母であることも知らなかった。だがやはり色々と感づくものでな。もしかしたらとはずっと思っていたのだ」



「なるほど。それでエリュシオンの反応を見て確信したと」



「ああ。聖女や女神たちを束ね、〝救世主〟とまで呼ばれているあなたが追うほどの鬼人が、母の名を聞いてあれほどまでに敵意を剥き出しにしたのだ。であれば疑う余地など何もありはしないだろう?」



「そう、ですね……」



 俺が静かに頷くと、レウケさんは再び放心中のエリュシオンに向き直り、「あなたのしたことは決して許されることではありません」とその風化しかけていた右手を両手で優しく包み込む。


 そして彼女は柔和に微笑んで言った。



「ですがそれほどまでに私たちを愛してくださっていたことを私は心より嬉しく思います。きっと母も同じ気持ちでしょう。だからどうかこれ以上憎しみに囚われるのはおやめください。……もうよいのです、父上」



 その瞬間、ふっとエリュシオンの身体から力が抜ける。



「……そうか。もうよいのか……」



「はい。最後にお会い出来て本当によかった。母もあなたのことをずっと待っていたはずです。どうぞこれからは二人の時間をゆっくりとお過ごしください」



「そうだな……。少し、休むとしよう……。だが俺はあまりにも多くを殺しすぎた……。恐らくロネアのところに行けはしまい……」



「いいえ、大丈夫です。たとえ父上がどこに行ったとしても、ともに償うべく母の方が必ずあなたのもとへと会いに来てくれるはずですから。……私は、そう信じています」



「そうか……。それは、面倒をかけることになるな……」



 どこか嬉しそうに表情を和らげ、ぼろぼろとエリュシオンの身体が崩れていく。


 最後にエリュシオンはレウケさんの頬にそっと手を添え、優しくこう言ったのだった。



「守ってやれなくてすまなかったな……。俺もお前に会えて本当によかっ、た……。生きていてくれて……ありがとう……レウ、ケ……」



「……はい、父上」



 そうして、エリュシオンの身体はその全てが塵となり、風にさらわれていったのだった。

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