216 創まりの女神


 愕然と現状が理解出来ていない様子のエリュシオンに、俺は手にしていた金色の剣――〝七支剣クシナダ〟を掲げて言う。



「悪いがあんたの相手はあとだ」



「……何っ!?」



 ――ぶんっ!



 そして前を見据えたまま、俺はクシナダを右側面へと振り下ろす。


 すると。



「――なっ!?」



 ごごごごごっ! と少し離れた場所に空間の裂け目が現れ、中から巨大な正八面体状の物体が姿を現し、ずずんっと大地を揺らしながら地表にぶつかる。


 あの時は突然内部へと転移させられたので、外観を把握したのははじめてだったのだが、



「《神の園》だと……っ!?」



 そう、俺が空間を裂いて出現させたのは、《断絶界》の底に落ちた魔族たちの居城――〝神の園〟であった。


〝必ず助ける〟と約束したからな。


 約束を守れて本当によかったと胸でも撫で下ろしたいところだが、当然エリュシオンのやつは納得出来なかったらしい。


 やつは「馬鹿な!?」と声を荒らげて言った。



「そんなことが出来るはずがない!? 創世神の力を得たこの俺ですら出来ぬことを、何故貴様如きが成せる!?」



「そりゃ決まってんだろ。あんたの奪った力は女神さまたちの〝全力〟じゃなかったからだ」



「何を、言っている……?」



 エリュシオンが呆然と眉根を寄せる中、俺の身体から二つの光が飛び出してくる。


 光はそれぞれ人の形を成し、一つはフィーニスさまに、そしてもう一つは、彼女と同じく全身真っ白の女性へと姿を変えた。


 フィーニスさまと顔立ちは瓜二つだが、どこか快活さを思わせる美女だ。



「まさか貴様は……っ!?」



 至極驚いている様子のエリュシオンに、女性は言った。



「この姿で会うのははじめてだな、聖者エリュシオン。私の名はオルゴー。お前たちの言う〝創まりの女神〟だ」



「創まりの女神……オルゴー……っ」



「まさか再びこの姿に戻る日がくるとは思わなかったが……まあそれはいい。お前はさっき〝何故だ〟と言ったな? 私たちの力を奪ったのに何故イグザに及ばないのかと」



「そうだ! 俺は確かに力を手に入れた! それも貴様ら六柱の力全てをだ! なのに何故たかが人間風情に劣る!?」



 納得がいかないとばかりに声を荒らげるエリュシオンに、オルゴーさまは静かな声音で言った。



「それはな、私たちが世界を創った際、その力の大半を失ったからだよ」



「なん、だと……?」



「だがそれでも世界を維持するには十分な力だった。とはいえ、所詮私たちはエネルギー体だ。そのままではいずれ力尽き、消滅する。だから私たちは自らに力を与えてくれる者たちを創った。それが人や亜人、魔物たちだ」



「そう……。私たちはあの子たちから少しずつ力をもらうことで存在を保ち、またその力を還元していたの……。親しむ心、信仰心……。そういう〝思い〟の力を私たちの糧として……」



「〝思い〟の力だと!? ふざけるな! そんなものが魔物どもに存在するはずがない!」



「そうね……。だから私は負けたの……。あの子たちのそれは本能的な忠誠心だったから……」



「くっ……」



「そういうことだ。だが古の戦い以降、私たちの存在は次第に伝説上のものになっていった。まあ当然だろうな。過ぎた力は破滅を導く。そうさせないためにあえて私はその身を五つに分け、お前たちとの接触を避けていったのだから。とはいえ、それでも面白いやつに力を与えるのは私の悪い癖だな」



 ちらり、とオルゴーさまが俺を見やって口元を綻ばせる。


 だがその悪い癖のおかげで俺たちはここまでくることが出来たのだ。


 彼女には……いや、彼女たちには感謝しかない。



「つまり貴様らは……っ」



 そうだ、と頷いたのは俺だった。



「女神さまたちはあんたに力を奪われた時点で全力の半分以下の力しかなかった。それが今世界中の人々の祈りを受け取り、彼女たちは一時的に本来の力を取り戻した。それもフェニックスシールで双方の力が一つに束ねられている。つまりこの〝スサノオカムイ=ハバキリ〟こそが、あんたが求めた〝神の力〟ってやつなんだよ」



「ふざ、けるな……っ!」



 俯き、エリュシオンが怒りに声を震わせる。


 そしてやつはぐぎゅりと創世樹の右腕を再生させ、これを大きく振りかぶって吼えた。



「そんなこと認められるかッ! クズどもの〝祈り〟が神に、貴様に力を与え、この俺を上回るなどとッ! そんな青臭い妄言――認めて堪るかあああああああああああああああああああああッッ!!」



 ぶうんっ! と巨大な拳が俺たち目がけて放たれる。


 最中、俺たちは互いに頷き合い、女神さまたちが再び俺の中へと戻っていく。


 そして俺はクシナダの切っ先を拳に向けて言った。



「――〝宝盾シヴァ〟」



 ――がきんっ!



「何っ!?」



 その瞬間、俺の前方に光り輝く巨大な盾が現れ、



 ――ずがあああああああああああああああああああああああああああああああああんっっ!!



 創世樹の剛撃を完璧に防ぎきる。


 再生させた右腕が粉々になるほどの一撃だったのだが、盾の方には傷一つついていなかった。


 そうして盾が光の粒子となって消え去る中、俺は狼狽するエリュシオンにこう告げたのだった。



「この〝七支剣クシナダ〟は聖女七人の力が究極の形で混ざり合わさったものだ。その一撃は全て彼女たちの最大火力を遙かに超える。――終わりにしよう、エリュシオン。あんたはここで――俺が倒す」

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