214 閉ざされた光


 そうして俺たちはエリュシオンの待つ世界樹のもとへと辿り着く。



「これは一体……」



 だがそこで俺たちが目にしたのは、天を覆い尽くさんばかりに幹を伸ばし、〝異形〟としか形容出来ない変貌を遂げていた世界樹の姿だった。


 いや、あれはもう世界樹などではない。


 肥大化を続けた幹や枝はまるで古の遺跡のような質感を持ち、それらが入り組んで巨大な人の上半身を象っている。


 その全体像はさながら険阻な山のようで、そこに俺たちの見知る世界樹の面影は何一つとして残ってはいなかった。



「なんということを……」



 堪らずテラさまが目の前の光景から顔を背ける。


 すると、世界樹上部の巨人がぐごごとこちらを見やって言った。



『……待っていたぞ、救世主』



「エリュシオン……っ」



 くぐもった声で俺を呼ぶエリュシオンだったが、やつは『――否。我は〝エリュシオン〟に在らず』と威圧感を全開にして続けた。



『我は〝創世樹〟――〝ハデス=エリュシオン〟なり』



「創世樹……ハデス=エリュシオン……!?」



「……なるほど。地脈と繋がる世界樹自体と融合することで、自身が世界をその支配下に置く存在になったと、そなたはそう言いたいわけだな?」



『然り』



「そして創世の女神である我らに取って代わるという意味合いを込めての〝創世樹〟か。それはなかなかに豪胆だぞ、亜人の子よ。寛容が常の我ですら些か目に余る所業だ。――身の程を弁えよ!」



 珍しくイグニフェルさまが口調に怒気を孕ませて言う。



『クックックックックッ……』



 だがエリュシオン……いや、ハデス=エリュシオンはおかしそうに笑って言った。



『身の程を弁えるのは貴様らの方だ。――平伏せよ』



 ――ピシャンッ!



『うわああああああああああああああああああっ!?』



 その瞬間、突如黒雷が俺たちを貫き、分体として外に出ていた皆の姿が掻き消され、俺もまた地面に叩きつけられる。



「くっ……」



 驚いたのは、いくらその身体を炎で構成されているとはいえ、〝雷〟を司るフルガさままでもが一撃で消し飛んだことだった。


 どうやらあの黒い雷は通常の雷とは別の代物らしい。


 だが恐らくは魔物たちを取り込んで力を得た以上、〝汚れ〟由来のものに間違いはないだろう。


 ならば、と俺は浄化の炎を全開にして大地を蹴る。


 すると、ハデス=エリュシオンはどこかつまらなそうに言った。



『なんとも小さな光だ』



「……なんだと?」



『貴様は選択を誤った。創世樹たる我を前に力を割いて現れるなどと……。――思い知るがいいッ!』



 ぶうんっ! とハデス=エリュシオンが右の拳を振り上げる。


 とはいえ、さすがにあの大きさだ。


 距離もかなり取っているし、そう簡単には当たらないと思うのだが……。


 と。



 ――ぶおんっ!



「――っ!? ――うおっ!?」



 どがあああああああああああんっ! と突如真上から降ってきた拳の直撃を受け、俺は再び大地へと叩きつけられる。



『イグザ(さま)!?』



「ああ、大丈夫だ……」



 女子たちの心配そうな声が耳朶を打つ中、がらんっと瓦礫を持ち上げながら上体を起こした俺は、「そういうことか……っ」とやつを睨みつける。



 どうやら皆も何が起こったのか理解したようで、ごうっと再度姿を現したイグニフェルさまとフルガさまが種明かしをしてくれた。



「〝空間を隔てての攻撃〟か。なるほど、その場から動けぬあやつらしい戦法だ」



「ちっ、嫌なことを思い出しちまったぜ。確か前にてめえに助けられた時も、ああやって無理矢理空間をぶち破ってきやがったよな?」



「ああ。原理としては似たようなものだろう。となれば、あやつにとって距離の有無など些事にすぎぬ。様子を窺うよりは攻めに転じるべきだ」



「ええ、俺もそう思います。そして今のあいつは俺たちの想像を遙かに超える強さを手に入れている。手を抜いて勝てる相手じゃない」



 ――ごうっ!



「ふむ、ならば我ら全員で行くぞ」



「そうですね。幸い、的は外す方が難しいほどの大きさですし、皆さんの最大火力で押し切りましょう」



「お、いいねえ! あたしはそういう力任せなやり方が一番好きだぜ! なんも考えなくていいしな!」



「やれやれと言いたいところだけれど、今回だけはあなたの意見に賛成ね。さすがにあれを相手に小難しいことは考えていられないわ」



「うん、全力で一撃を叩き込む。わたしたちに出来るのはただそれだけ」



「ふふ、なら私も全力であなたたちを守るわ。背中は任せておきなさい」



「ええ、頼んだわ。さすがにあんなでかいの捌ける気がしないし」



 そう各々が聖神器を構え、聖女たちが臨戦態勢に入る。


 それはほかの女神さま方も同じで、全員がすでに分体を展開させていた。



「よし、行くぞ!」



『了解!』



 そして俺たちはやつを討つべく三度空へ舞い上がる。



「グランドルナフォース――メテオライトおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」



 ――どばあああああああああああああああああああああああああああああああああんっっ!!



 先陣を切ったのはアルカだった。


 全霊を以て投擲した〝槍〟の聖神器が、一筋の光となってハデス=エリュシオンの胴を貫き、空の暗雲を円形に晴らす。



『無駄だ』



 だがそれはほんの一瞬のことで、瞬く間に穴は塞がり、空の青も淀んだ色の雲に覆い隠されてしまう。



「ならこれならどうだ! ――エルマ!」



「ええ! ――グランドエクレールバリスタッッ!!」



 ずばんっ! とすかさずエルマの刺突がハデス=エリュシオンの喉に風穴を開け、そこにオフィールが何重にも身体を捻り、横薙ぎの一撃を叩き込む。



「――グランドテンペストブレイクッッ!!」



 ――ずばああああああああああああああああああああああああああああああああああんっ!!



 衝撃でハデス=エリュシオンの頭部が吹き飛び、「どうだ、この野郎!」とオフィールが喜んだのも束の間、



『無駄だと言ったはずだ』



「「――なっ!?」」



 ぐぎゅり、と胴体から伸びた幹が頭部を捕まえ、そのまま元の形へと再生させる。



「うわ、気持ち悪っ!?」



 当然、どん引きのエルマだったが、俺たちの攻撃はまだ終わらない。



「離れて、エルマ! そこにいると巻き添えを食うわよ!」



「え、ちょっ!?」



 次はザナと、ハデス=エリュシオンの頭上を女神さま方とともに囲んでいるマグメルだった。



「――グランドフルエレメンタルディセントッッ!!」



 ――ずがあああああああああああああああああああああああああああああああああんっっ!!



 五色の巨大な矢が凄まじい勢いでハデス=エリュシオンの胸元へと突き刺さり、矢尻が背から飛び出す。



「行きます!」



 ――きゅいいいいいんっ!



 そのまま間髪を入れずやつの頭上に光の術式が広がったかと思うと、まるで天罰が如く最強の術技が降り注いだ。



「――流転する無圏の環! フィニスオルグオリジニアッッ!!」



 ――どばあああああああああああああああああああああああああああああああああんっっ!!



 目映い光の奔流がやつの体組織を崩壊させ、みるみるその巨体を消滅させていく。


 が。



『笑止』



 ――どばんっ!



『きゃあああああああああああああああああああああああああああっ!?』



 途中で内側から弾けるように黒色のエネルギー波が放出され、付近にいた女子たちが皆吹き飛ばされ、分体が消滅する。



「ティルナ!」



「うん!」



 最中、俺はティルナとともに拳を振りかぶり、再生途中だったやつの身体の――もっとも〝気配〟の強い場所へと向けて一撃をぶちかました。



「「「――グランドプロメテウスフルバーストッッ!!」



 どごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!! と超強力な浄化の炎が確実にその〝気配〟を捉える。


 あれほどの攻撃を加えてまったく怯む様子を見せないのだ。


 となれば、この巨体はほとんどがやつにとって〝破壊されても構わないもの〟なのだろう。


 しかしこれだけの巨体を遠隔で操っているとは考えにくい。


 ならば答えは一つだ。



 ――どこかにこの巨体を操っている〝本体〟がいる。



 それがエリュシオン自身なのかは分からないが、とにかく皆のおかげでもっとも〝気配〟の強い場所に一撃を加えることが出来た。


 あとはやつの反応を窺うだけだが……。


 と。



『……そうだな。貴様ならばそうくるであろうな』



 ――ずがんっ!



「ぐわっ!?」「きゃあっ!?」



 突如左右から俺たちを押し潰すかのように巨大な手のひらが迫ってきて、弾き飛ばされたティルナの分体が消滅させられる。



「くっ……」



『イグザ(さま)!?』



 だが俺は浄化の炎を全開にしてなんとか押し潰されないようそれを耐え続ける。


 すると、俺の浄化を超える速度で〝汚れ〟が炎の周りをまるで檻のように囲み始め、同時にずずずと幹が開いてエリュシオンの本体と思しき上半身が姿を現した。


 ただその身体は先ほどの一撃の影響か、半分ほど焼けただれているようだ。



「エリュシオン……っ」



「捕らえたぞ、救世主……。貴様は存外頭の回る男だからな……。我が身を犠牲にせねば勝機は来ぬと踏んでいた……」



「ぐっ……」



 ぎぎぎぎぎっ! と〝汚れ〟の檻がさらに圧力を強めてくる。


 檻の影響か、女子たちも外に出られなくなっているようだ。



「愚かだな、救世主……。やつらを守ろうとさえしなければ、そんな無様な最期を遂げずとも済んだものを……。今一度言ってやる……。――〝貴様は選択を誤った〟」



「違う! 彼らを救ったことは、決して間違いなんかじゃない!」



「そうか。ならば愚かな救世主に教えてやろう。貴様の守ろうとした者たちが、ただの足枷にしかならないクズどもだったということをな」



「何っ!?」



 エリュシオンがそう告げた直後、大地がうねるように轟く。


 一体何をしたのかと眉根を寄せる中、やつは俺にこう告げてきた。



「今し方貴様の張った全ての結界術の周りに〝汚れ〟を噴出させた。貴様の意識があるうちは結界がやつらを守るだろう。だがそれが途切れた瞬間、貴様の守りたかった者たちは〝汚れ〟に呑まれ、病にもがき苦しんで死ぬ。さあ、いつまで耐えられるか見物だな」



 ――びきべきっ!



「ぐ、う……っ!?」



『イグザ(さま)!?』



 檻の圧力がさらに強さを増し、濃くなった〝汚れ〟が炎を包み、視界を奪っていく。


 そうしてエリュシオンの姿が〝汚れ〟の向こう側へと消えていく中、やつは最後にこう言ってきたのだった。



「さらばだ、愚かな救世主よ。やはり貴様の選択は間違いだった。せいぜい後悔しながら朽ち果てるがいい」



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