206 救世主の帰還
「ふふ、もう結構でありんす」
「そ、そうですか……」
にこり、と嬉しそうに微笑むリュウグウから身体を離し、俺は小さく息を吐く。
「何故あなたまでイグザに抱き締められているの?」
というティルナの指摘通り、俺は今まさにリュウグウを抱き締めていたのだ。
「まあそう固いことを言んせんでおくんなんし。別に減るものでもないでありんしょう?」
が、これにはもちろん理由がある。
アルカの中に新しい命が宿っていると聞いた俺は、その瞬間彼女を抱き締めてしまった。
本当に無意識というか、身体が勝手に動いてしまったのだ。
当然、アルカも優しく抱き返してくれて、それはそれはとてもいい雰囲気になった。
いい雰囲気にはなったのだが……まあちょっと長く抱き締めすぎたんでしょうね……。
最初は微笑ましそうだった女子たちから次第に不満の声が飛び出し始め、結局全員を抱き締める流れになってしまったのである。
もちろんそこには女神さま方も含まれており、トゥルボーさまも「な、何故我まで……」と言いつつ、意外と強めに抱き返してくれた。
となれば、当然アイティアも手を上げ始め、じゃあせっかくなのでとリュウグウまで抱き締めることになったのだ。
何故かパティが「いいなぁ~。ボクもぎゅってして欲しいなぁ~」と羨ましそうに見ていたのはさておき。
「よし、じゃあ始めようか」
俺たちは皆の力を一つに合わせるべく、円になり手を繋ぐ。
すると、オフィールが楽しそうにこう言ってきた。
「しっかしあれだな。こうなっちまった以上、とっととあのおっさんをぶっ飛ばしてあたしたちも励まねえとだな」
「そうね。アルカディアにばかり先を越されているわけにもいかないし」
「うん。わたしもさっさと終わらせてイグザと新婚旅行がしたい」
「あら、いいわね。なんならゆっくり船で世界一周なんてどうかしら?」
「ふ、船……豚……大惨事……っ!?」
「ど、どうしたんですか? エルマさん。お顔が真っ青ですけど……」
エルマはまああれだが、どうやら女子たちの士気もかなり上がったようで、各々がすでにエリュシオンを倒したあとのことを考えているようだった。
そしてそれは女神さま方も同じだったらしく、
「ふむ、子を産み育てるなど神である我には無縁の話だと思っていたのだが、存外胸躍るものだな」
「ふ、言っておくが、我は子育てに関しては少々うるさいぞ?」
「いや、お前は大体いつもうるせえだろ……」
「ふふ、ではその時が来たらトゥルボーに教えを請いましょうか」
「そうですね。しかし何分はじめてのことですし、我が子をきちんと抱いてあげられるか心配です」
――たゆんっ。
「ねえ、シヌス……。〝嫌味〟って知ってる……?」
というように、恐らくは最後の戦いになるであろうこの瞬間でも、皆さまとてもリラックスされているご様子だった。
てか、今のは別に〝胸がでかくて赤ちゃんが抱けない〟ってことじゃないと思うんだけど、まあシヌスさまのお胸はフィーニスさまの倍近くあるからな。
そう思いたくなる気持ちも分かるような分からないような……。
とにかく、と俺は皆を見渡して言う。
「これで意地でも負けられない理由がまた一つ増えた。きっと皆も同じ気持ちだと思う。だからさっさとあの野郎をぶっ飛ばして、ここにいる四人を助けたら、あとはのんびりと皆で平和な時間を過ごそう」
『――』
こくり、と全員が微笑みながら頷いてくれたことを確認した俺は、「じゃあ――行こう!」と最後にして最強の融合形態――絶装〝スサノオカムイ〟を発動させたのだった。
◇
「さあ、皆さまお早く……」
その頃。
カヤは炎に包まれたマグリドの町を悲痛な表情で見下ろしながら山道を登り続けていた。
彼女の周りには子どもからお年寄りまで多数の人々の姿があり、皆憔悴しきっている様子だ。
だがそれも当然だろう。
突如として襲いきた魔物の群れにより、一瞬にして慣れ親しんだ故郷を追われてしまったのだから。
しかも港ごと船を破壊されてしまったため、島外へ脱出することも叶わず、島民たちは唯一身を隠せる可能性のある神殿への避難を余儀なくされていたのだ。
「……っ」
一体何故こんなことになってしまったのだろうか。
すすり泣く人々の声に胸を痛めながら、カヤは再び町を見下ろす。
『ギギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』
そこでは未だに魔物たちが破壊の限りを尽くしている最中だった。
なんて酷いことを……、と溢れ出しそうになる涙を懸命に堪えながら、カヤは人々の避難を急がせる。
すでに自警団は壊滅――島を訪れていた冒険者たちも一丸となって応戦してくれたが、やつらの物量の前には為す術なく、そのほとんどが命を落としてしまった。
おかげでなんとか島民たちをここまで避難させることは出来たものの、このままでは魔物たちに見つかるのも時間の問題だろう。
それにたとえ神殿内に避難したとしても、この荒れた海の様相だ。
救援は絶望的と言ってもいい。
ならばこのまま避難したところで、いずれか魔物たちが神殿内に押し寄せ、食われるのが関の山だ。
そうなるくらいならいっそのこと……。
「――っ!?」
そこではっと正気を取り戻したカヤは、かぶりを振って馬鹿な考えを払拭する。
そんなことをしたら優しいあの人が、イグザがきっと悲しむ。
だからそれだけは絶対にダメだ。
今はこんな状況だけれど、最後まで諦めずにいればきっと、きっとあの人が助けに――。
と。
「――グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
『――っ!?』
不運にも大型飛竜種――〝ファヴニル〟がカヤたちを見つけたらしく、大顎を開けながら猛然と迫ってくる。
『うわああああああああああああああああああああああああああああっっ!?』
恐怖で島民たちが腰を抜かす中、同じく顔面蒼白になっていたカヤだったが、彼女はぐっと拳を握り、震える身体に鞭を打って、彼らを庇うべく両腕を広げてその前へと立ちはだかる。
『カヤさま!?』
「ギギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
だが当然、ファヴニルの勢いは止まらず、よだれを撒き散らしながら一直線にカヤのもとへと向かってきた。
怖い、怖い、怖い、怖い――。
(イグザさま……っ)
ぎゅっと瞳を閉じ、カヤは襲いくるであろう死の激痛に身体を強張らせていたのだが、
「――大丈夫。あなたは絶対に死なせません」
「……えっ?」
――どばああああああああああああああああああああああああああああああああああんっ!!
その瞬間、目の前のファヴニルごと空の暗雲が一瞬にして消し飛んだのだった。
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