193 わたしはまだ全力じゃない
「……今の振動、どうやらどなたからの決着がついたようでありんすな」
そう悠然と口を開くのは、差した傘をくるくると回しながら佇むリュウグウだった。
戦闘が始まってからそれなりに時間が経過してはいるはずなのだが、広間の損壊具合とは裏腹に、彼女の姿だけは戦闘前と何も変わってはいなかった。
それはティルナがテラと《インフィニットガッデス》を発動させても同じだった。
彼女の持つという異能――《
当然、フェニックスシールによる特攻も二度目以降はまったく通じず、その気配を見せた瞬間、距離を取られてしまっていた。
が。
「ええ。きっとわたしたちの仲間があなたたちの仲間を倒した音」
ティルナは構えを解かず、努めて冷静にそう告げる。
そんなティルナの姿に、リュウグウは「んふ」と艶やかに笑って言った。
「ぬしはまことに可愛らしいでありんすなぁ。よもやわっちが気づいていないとでも思いんしたか?」
「……なんのこと?」
「あれでありんす」
くいっとリュウグウが顎で指したのは、ティルナの放った岩石突出系の武技で塞がれた通路への出入り口だった。
「妙に土属性の武技ばかり使ってくるとは思いんしたが、そうやって〝地〟の女神と融合したことをわっちに印象づけたかったのでありんしょう? だから強力な武技が放てるのだと。でもぬしらには別の目的があった。それがあれでありんす」
今一度出入り口を顎で指した後、リュウグウは「ああ、なんということでありんしょう」と演技がかった口調で続ける。
「いつの間にやら退路が塞がれてしまいんした。これは困りんしたなぁ」
「……」
「それでぬしらはこの広間にわっちを閉じ込めて、一体どうするおつもりでありんすか? まあ、ぬしらには件の〝身代わり〟とやらがありんすゆえ、大方お仲間が到着するまでの〝時間稼ぎ〟といったところでありんしょうが」
「……そこまで分かっていながらどうしてわたしたちの策に乗ったの?」
訝しげなティルナの問いに、リュウグウはやはり余裕の笑みを浮かべて言った。
「もちろん理由など一つしかありんせん。わっちの目的もまた〝時間稼ぎ〟だったからでありんす」
「……なるほど。わたしたちをここに留めておけば、イグザが〝究極のスペリオルアームズ〟を発動させることは出来ない。つまり自分には敵わないとあの鬼の人は考えた」
「ええ、そうでありんす。ゆえにこの状況はわっちにとっても好都合。たとえぬしらのお仲間がここに現れたとしても、地の利を得たわっちの《
ふふっと勝ち誇ったように笑うリュウグウに、しかしティルナは「いいえ」と首を横に振って言った。
「残念だけど、それはあなたの勘違い」
「勘違い?」
「そう。だってわたしたちの〝思惑〟はまだ外れてはいないもの」
「……どういうことでありんすか?」
ぴたり、と傘を弄くる手を止め、怪訝そうに眉を顰めるリュウグウに、ティルナはばちばちっと振りかぶった右拳に力を集束させて言った。
「わたしはあなたに一つ嘘を吐いた。それはわたしたちの目的が〝時間稼ぎ〟だということ。でもあなたもそのつもりだと聞いて少し急ぐことにした」
「それはまた妙なことを言いんすな。まさかこの状況で時間稼ぎ以外のことがぬしらに出来るとでも?」
「ええ。だってわたしはまだあなたと〝全力〟で戦ってはいないもの」
そう頷くティルナの言葉に、リュウグウはぷっと噴き出したように笑う。
「それはそれは。強がりもそこまでいくと些か哀れでありんすよ?」
「別に強がっているわけじゃない。確かにわたしは本気で戦っていた。だから全力と言えば全力だったんだと思う。けれどそれは〝陸上〟での話」
「陸上……? ――まさかっ!?」
そこでリュウグウも気づいたのだろう。
「くっ!?」
咄嗟にその場から離脱しようとするがもう遅い。
ティルナは右拳を地面に叩きつけながら武技を発動させたのだった。
「――グランドフルメイルシュトロームッッ!!」
――どばああああああああああああああああああああああああああああああああんっっ!!
その瞬間、二人は噴き上がった激流に揃って呑み込まれたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます