191 母は強し


「はあああああああああああああああああああああああああああっっ!!」



 ずばあああああああああああああああああああああああああんっっ!! とアルカディアの強烈な横薙ぎがエデンの放った無数の掌打を斬り払い、爆散させる。



 ――ぶんっ!



「ちいっ!?」



 だが人の身長ほどもあるその巨大な掌打の嵐――《千人掌サウザンズキル》は、斬っても突いても次から次へと繰り出され、先ほどからエデンとの距離をまったく詰められてはいなかった。


 もちろんアルカディアもフィーニスと《インフィニットガッデス》を発動済みではあったのだが、それでも地の利を得、恐らくは何かしらのリミッターであろう〝第三の目〟を解放したエデンとの力の差を埋めるまでには至らなかったのである。


 ただそれには一つ理由があった。



「このままではジリ貧だ! あなたの力を全部私に回してくれ!」



「それは無理よ……。さっきも言ったとおり、私の力はほかの女神たち五柱分と同等……。たとえ身体が持ったとしても、精神への負担が大きすぎるわ……」



 そう、創世の女神の片割れであるフィーニスと融合したアルカディアは、まだ全力の四割程度でしか戦えていなかったのだ。



「だが避けているだけでは戦況は変わらん! 確かに現状二柱分の力だけでもかなりの負担がかかっていることは承知している! ゆえに一瞬だけでいい! その一瞬でこの無限とも言える掌打ごとやつを貫いてみせる!」



「一瞬だけ……」



「そうだ、一瞬だけだ!」



 ――ずばんっ!



 猛追してくるエデンの《千人掌サウザンズキル》をなんとか捌き、広間を駆け続けながらアルカディアは告げる。


 しかしフィーニスは「やっぱりダメ……。あなたには使わせてあげられない……」と首を横に振った。



「く、何故だ……っ!?」



 そこまでアルカディアのことが心配なのだろうか。


 いや、そんなことはないはずだ。


 確かに今は行動をともにする仲間だし、同じイグザの嫁である以上、〝ただの人間〟というカテゴリーにも当てはまらないとは思う。


 だが終焉の女神であるフィーニスにとって、イグザ以外の人間にそこまで入れ込む価値が果たしてあるのだろうか。


 もちろん彼女を信用していないとかそういう話ではない。


 ただ少々違和感を覚えたのだ。


《インフィニットガッデス》を使う前の彼女とは何かが違うと。



「頼む、女神フィーニス! 私にはやつを貫くための力が必要なんだ!」



「ダメよ……。それだけは絶対にダメ……」



「何故そこまで頑なに拒む!? 私ならば心配はない! 必ず耐えてみせると約束する!」



 そしてその違和感はどうやら正しかったらしい。


 アルカディアの問いに、フィーニスは「だって……」とこう続けた。



「あなたに何かあったら、その幼くも懸命に生きようとしている命はどうするの……?」



「……えっ? ――ぐあっ!?」



 どばんっ! と一瞬足の止まったアルカディアを、エデンの《千人掌サウザンズキル》が容赦なく弾き飛ばす。



「――がはっ!?」



 そのまま壁に叩きつけられたアルカディアだったが、フェニックスシールによる身代わりが発動していたため、追撃を受ける前に即座にその場から離脱する。


 本来であれば、ダメージを気にせず突っ込む作戦が一番手っ取り早いのだろうが、エデンの手数の多さもさることながら、どこかで戦闘中であろうイグザの負担を減らすためにも、出来ればこの身代わりにはあまり頼りたくなかったのである。



「ちょ、ちょっと待ってくれ!? あなたが何を言っているのか理解が出来ない!? よもやこの状況で私を惑わしたいのか!?」



「いいえ、そんなつもりはないわ……。私はただあなたが羨ましいだけ……。私の欲しかったものをすでに持っているあなたが……」



「そ、それは何かの間違いだ!? た、確かにいずれはそういうことも考えていきたいとは思っていたが、しかしみなとの取り決めで抜け駆けは禁じられている! 私も皆を裏切りたくはないし、当然イグザもそうしてきたはずだ!」



「それはテラの力のこと……?」



「そ、そうだ! あれを使用している限り、たとえどれだけイグザに抱かれようとも命が宿ることなどあり得ないはずだ!」



 そう反論するアルカディアに、フィーニスも「そうね……。確かにあなたの言うとおりよ……」と頷く。


 だが。



「でも、あなたには本当に覚えがないの……?」



「そ、それは……」



 直後にそう問われ、アルカディアは思わず口を噤んでしまった。


 思い当たる節がないわけではなかったからだ。


 テラを浄化したその夜、アルカディアはイグザと婚姻を交わし、そしてはじめて結ばれた。


 翌日にはマグメルとも結ばれたわけだが、テラから力を授かったのはその日の日中――つまりアルカディアだけはほかの聖女たちとは違い、たったの一晩だけではあったものの、《完全受胎》の力を使わずに抱かれていたのである。



「……本当に、私の中に新たな命が宿っているのか?」



 ゆえにアルカディアはフィーニスに問う。



「ええ……」



 フィーニスは即答した。



「こうして一つになってはじめて分かったわ……。あなたには間違いなく幼い命が宿っている……。だから私はあなたの心を壊すわけにはいかないの……。ごめんなさい……」



「……そうか。その心遣いに感謝する」



 フィーニスの言葉に、そう静かに感謝の意を示すアルカディアだったが、



「だが!」



 ――ずばあああああああああああああああああああああああああんっっ!! 



「――っ!?」



 彼女は決意を秘めたようにエデンの掌打をまとめて斬り払うと、にっと笑みを浮かべながらこう声を張り上げたのだった。



「であればなおのこと引くわけにはいかぬ! ――私を信じろ、女神フィーニス! 真に守るべきものを手に入れた今の私に恐れるものは何もない! 必ずやあなたの力を全て受け止め――そして我らに仇なす全ての敵を貫き倒してみせよう!」

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