173 狙われた聖女たち
エリュシオンの魔の手が迫っていたのは、当然人狼の里だけではなかった。
「なんだありゃ? 人間がでけえ花に乗って飛んでくるぞ?」
ここ竜人の里でも、ふとフルガが里に近づく異質な気配に気づいたのである。
遅れて空を見上げたアルカディアとマグメルの目にも、確かにフルガの言うような人物が映っており、彼はふわふわとゆっくり下降しているようにも見えた。
「さて、どうしたものか。一応里の規則では侵入者は捕らえるのが基本なんだが……」
そう面倒臭そうに槍を担ぐのは、この里の戦士にして元〝槍〟の聖者――アガルタだった。
黒人形化の一件以降、妻のラマとは離婚騒動にまで発展していたのだが、度重なる土下座と謝罪によりなんとか離婚だけは回避し、今は諸々の償いとして里のために尽くしていたのだ。
「まあ待て。とりあえず話を聞くのが先決だろう。もしかしたらただの迷い人かもしれんしな」
「ですね。仮にそうでなかったとしても、戦力的には十分すぎるくらいこちらが有利です。が、万が一のために警戒だけは怠らぬようお願いします」
「へいへい、了解だ。竜のガキもそれでいいな?」
「え、ええ、問題ありません、女神フルガ」
アガルタが辿々しく頷く。
どうやらフィーニスに黒人形化された時のトラウマからか、〝女神〟というものが若干苦手になっているようだった。
ともあれ、件の男性が四人の前にふわりと下りてくる。
だが完全には着地せず、彼女らと大体同じくらいの目線で座禅をしたまま滞空し続けていた。
見た感じ、年齢は30歳前後くらいだろうか。
どこか神々しい雰囲気を漂わせる痩躯の男性である。
「おい、なんかこいつ泣いてねえか?」
「ふむ?」
見れば、確かにフルガの言うとおり、男性は瞳を閉じながら涙を流していた。
先ほどから一言も喋らないし、もしかしたら口が利けないのかもしれない。
そう考えたらしいマグメルは、控えめに問いかける。
「あの、どこかお加減でも悪いのですか?」
「……」
すると、男性はゆっくりと右手のひらを四人に見せつけたかと思うと、
――どばんっ!
「「「「うわあっ!?」」」」
同時に巨大な掌底が彼女たちを吹き飛ばしたのだった。
「ぐっ、この……っ」
そしてごろごろと地面を転がるアルカディアたちに対し、男性はこう告げたのだった。
「――我が名はエデン。たとえ
◇
「……あなたは何者?」
さらに異変はエルフの里でも起こっていた。
フィーニスが先の一件をエルフたちに謝罪し、剣呑だった雰囲気に和らぎが見えた頃、突如一人の侵入者が里の結界を悠々と抜けてきたのだ。
当然、エルフたちは総出で侵入者を迎え撃ちに出たが、誰一人として彼を傷つけることは出来なかった。
射った矢は全て躱され、放った術技も直撃したかと思いきや、粉塵が晴れるとそこには何ごともなかったかのように佇む男の姿があったのである。
このタイミングでそんな芸当が出来る者が姿を現した以上、恐らくはエリュシオンの手の者であろう。
そう考えたザナたちは、すぐさまエルフたちを下がらせ、その道化師のような出で立ちの男と対峙していた。
なお、ザナたちとともにこの里を訪れていたのは、正妻ジャンケンの巻き添えを受けたアイリスである。
「キシシ、はじめまして、お嬢さん方。アタシは魔族のキテージっていいます。以後お見知りおきを」
にちゃあ、と不気味な笑みを浮かべるキテージに、ザナはなんとも言えない嫌悪感を覚える。
それはアイリスも同じだったようで、「……あの人、なんか嫌な感じがします」と警戒心を強めていた。
と。
「おやぁ?」
キテージがフィーニスに気づいたらしく、彼女を指差して言った。
「アナタ、ママさんじゃないですか。実はね、アタシママさんに見てもらいたいものがあるんですよ」
「見てもらいたいもの……?」
「ええ。ほら、ママさん〝お人形遊び〟が好きだったでしょう? アタシもね、大好きなんですよ、お人形遊び。だからね――」
ほらぁ! とキテージが両手を上げた瞬間、「――あぐっ!?」とザナの身体がまるで操り人形のように糸で吊り上げられたのだった。
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