172 〝拳〟の天敵
「お前は何者だ? ここを我ら人狼の縄張りと知っての狼藉か?」
シャンバラが努めて冷静に問いかける。
すると、女性はふふっと艶やかに笑って言った。
「もちろん知っていんす。でもぬしらに用はありんせん。わっちの目的はそちらの可愛らしいお嬢さん方でありんすゆえ」
すっとその真っ赤な指(爪)先を向けられたのは、言わずもがなティルナたちだった。
この怪しい風体だ。
恐らくは彼女もヨミやパティと同じくエリュシオンの手の者――つまりは〝魔族〟だろう。
だとするならば、いくら戦士が揃っているとはいえ、人狼たちに勝ち目はない。
ゆえにティルナたちは彼女らを下がらせようとしたのだが、
「そうか。だがな、人様の縄張りに土足で足を踏み入れられた挙げ句、用がないから引っ込んでろと言われてはいそうですかとはならないだろう?」
気性の荒い人狼たちには我慢がならなかったらしく、シャンバラを筆頭に全員がグルルと喉を鳴らしていた。
「あらあら、困りんしたなぁ。別にぬしらを傷つけるつもりはなかったでありんすが、かかってくると仰るのであればお相手をしないわけにはいきんせん」
さあどうぞ、と女性が招くように指先を動かす。
と。
――どばんっ!
「続け、我が同胞たちよ!」
『応ッ!!』
間髪を容れず雪の大地を蹴り、シャンバラが人狼たちを引き連れて女性に襲いかかった。
最中、女性は優雅に告げる。
「申し遅れんしたが、わっちの名はリュウグウ」
――ずがんっ!
『がっ!?』
「「「――なっ!?」」」
その瞬間、飛びかかった人狼たちが揃って宙を舞う。
そしてやはり揃って落下した後、彼女はこう続けたのだった。
「領分は〝対近接格闘〟――つまりはぬしの天敵でありんす。以後お見知りおきを、可愛いお嬢さん」
◇
「対近接格闘……? つまりあなたはわたしを倒すためだけに生まれたというの?」
驚くティルナの問いに、リュウグウは「ええ、そうです」と頷いて言う。
「でありんすから、どうぞ本気でかかってきておくんなんし」
「元よりそのつもり。二人はシャンバラたちをお願い」
「大丈夫なの? 治癒だけならテラさまの方がずっと上なんだし、むしろ私はあなたの援護に回った方がいいんじゃないかしら?」
そう心配そうに言うシヴァだが、しかしティルナは首を横に振って言った。
「問題ない。たぶんあの人はわたしを殺す気はないから。そうでしょう?」
「ええ。わっちの目的はただの力試しでありんす。その証拠に、そこの方々は無事でありんしょう?」
リュウグウが顎で指したのは、もちろん今も地に伏しているシャンバラたちだった。
「……確かに。全員命に別状はないようです」
状態の確認に向かったテラにもとくに何をすることもなく、リュウグウは「ねっ?」と不敵に笑いかけてくる。
「……」
なんとも胡散臭い笑顔だと思いつつ、ティルナは考えを巡らせる。
〝力試し〟が目的だとは言っていたが、恐らく彼女の言葉に嘘はないだろう。
新たに生み出された魔族がティルナたち聖女にどれだけ通じるのか、彼女はそれを試したいんだと思う。
いや、彼女というよりは彼女らの主――そう、エリュシオンだ。
だがそんな魂胆に乗るほどティルナは優しくはない。
ゆえに彼女は〝拳〟の聖神器を手足に纏いつつ、こう告げたのだった。
「わたしはここであなたを倒すつもり。だからあなたも本気でかかってきた方がいい」
◇
「……どうされました? イグザさん」
「あ、いえ……」
時を同じくして、俺は自分から流れていく力が一層大きくなったことを少々不審に思っていた。
これは、ティルナだろうか。
確かに人狼の里の方々は皆血の気の多い人たちなので、ティルナたちを相手に鍛錬をしていてもおかしくはない。
だがそれにしては些か力を使いすぎているような気がするのだ。
これではまるで自分と同等か、格上の相手と戦っているような……。
「まさかな……」
一緒にいるはずのテラさまやシヴァさんはそこまででもないし、心配する必要もないとは思うのだが、なんとももやもやが晴れない俺なのであった。
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