170 義兄弟


 その頃。



「たっだいまー!」



 ヨミとパティは自らが生み出されたエリュシオンの神殿――《神の園》へと帰還していた。


《神の園》は女神フィーニスが封じられていた異空間――《絶界》の中に存在し、たとえ女神たちであろうとも容易に足を踏み入れられないようになっている。


 そんな《神の園》の玉座に、彼らの創造主は泰然と腰掛けており、ヨミたちは揃って彼の前へと跪く。


 この時ばかりはさすがのパティも大人しくしているようだった。



「創造主さま、我ら両名ここに帰還いたしました」



「そうか。ご苦労だったな。報告を聞こう」



「はい。まず死んだと思われていた女神フィーニスの生存を確認しました。恐らくは救世主により蘇生、ないしは類似の行為が行われたものと推測されます」



「なるほど。だがいくらあの男とはいえ、神を蘇生させることは不可能だ。である以上、何か別の方法を用いたのだろう。さすがと言うべきか、相変わらず忌々しい男だ」



 そう鼻で笑うように言った後、エリュシオンは淡々と続ける。



「そしてフィーニスが無事ということは、当然ほかの女神たちも無事ということだ。あの場で死んでおけば、この先の地獄を見ずに済んだものを」



「ご用命であれば排除いたしますが?」



「いや、今はいい。せっかく生きながらえた命だ。ならばせいぜい見せつけてやるとしよう――あの時に死ぬべきだったと絶望するほどの〝地獄〟をな」



「承知しました」



 再び頭を垂れたヨミを見下ろし、エリュシオンは「ところで」と彼に尋ねる。



「何を怯えている? ヨミ」



「俺が、怯えている……?」



 どういう意味かとヨミが眉根を寄せる中、パティが思い出したように言った。



「あ、そうそう! 聞いてください、創造主さま! ヨミったら酷いんですよ! 救世主に〝お前を倒すのは簡単だー〟みたいに言われてしょんぼりしてたから、ボクが慰めようとしてあげたら、いきなり〝ずばっ〟て攻撃してきたんです!」



「ほう? それは事実か? ヨミ」



「はい。確かに救世主は言いました――俺を〝倒すことが出来る〟と」



「そしてボクに〝ずばっ〟てやったんですよ、〝ずばっ〟て!」



「黙れ。殺すぞ」



 ヨミに睨まれながらもぷいっと頬を膨らませるパティを、エリュシオンは「まあ許してやれ、パティ」と宥める。



「それはヨミが一層の成長を遂げているということだ。生まれの順で言えば、お前たちは兄弟のようなもの。弟の成長を喜ぶのもまた兄の務めだ」



「ぶー、分かりましたー……」



 納得いかなそうに頷くパティだったが、それはヨミも同じであった。


 自分に怯えなど存在しないと、彼は未だにそう思い続けていたからだ。


 だがそんなヨミの胸中など、彼以外の誰にも知る由はないのであった。



      ◇



「しっかし〝魔族〟とはなぁ。その元亜人、随分と舐めた真似してくれるじゃねえか」



 そう憤りの孕んだ声音で威圧感を全開にするのは、言わずもがなフルガさまだった。


 だが怒っているのは彼女だけではなく、フィーニスさまを含めたほかの女神さま方も同じだった。



「聞けば現存する三種族全てをかけ合わせ、そこに神の力を練り込んだような存在であると。間違いありませんね? イグザ」



 あの温厚なテラさまでさえも、このとおり表情を強張らせるくらいだったのだ。



「ええ、彼らの話を聞く限り、恐らくは間違いないと思います」



「なんということを……。これは由々しき事態です。そのような種族が存在しては我ら創世の神々が造ったバランスが崩れてしまいます。早急に対処せねばなりません」



 確かに……、とシヌスさまの言葉に頷く俺だったのだが、俺にはそれよりも気になっていることがあった。



「ところであの、何故元のお姿に戻られたのですか……?」



 そう、シヌスさまがはじめて会った時の巨体を取り戻していたのである。


 もちろん建物内には収まりきらなかったので、失礼ながら窓の外へのお声がけだ。



「はい。それはもちろん己が力を〝セーブ〟するためです」



「力をセーブ?」



「ええ。私は五柱の中でもっとも強い力を持っています。というより、自らのうちに力を溜めておくことが出来るのです。それをいざという時に凝縮させて脅威と対峙するのですが、あなたから流れてくる力が思ったよりも強く、少々抑えが利かなくなってしまいまして……」



 ぽっ、と頬を染めるシヌスさまに、俺は「な、なるほど……」と辿々しく頷いていたのだった。


 てか、なんで頬を染めたんだろう……。


 そしてやっぱり色々とでかいなぁ……。

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