166 魔族
「やっほー! こんにちわー!」
「こ、こんにちは……」
何やら楽しそうに声をかけてくる少女に、エルマが釣られて挨拶を返す。
年齢は10代半ばから後半くらいだろうか。
無邪気な笑みを浮かべた可愛らしい少女である。
だが俺を含めたほかの女子たちは、そんな少女らに対して警戒心を強めていた。
こんな人里離れた山奥の墓所に、〝創造主〟という者の言葉通りだと、まるで俺たちを捜しているかのような者たちが現れたのだ。
となれば、十中八九エリュシオンの手の者だと疑うのは当然である。
まあエルマは全然気づいてないみたいなんだけど……。
と。
「あなたたち……何を、されたの……っ!?」
フィーニスさまが驚いたように両目を見開く。
すると、少女が「うーん?」と小首を傾げた後、フィーニスさまを指差しつつ、背後の男性を振り返って言った。
まるで死人のような顔色をした20代半ばくらいの男性だ。
「ねえ、ヨミ。あんな白い人、聖女の中にいたっけ?」
「いや、あれは恐らく〝女神フィーニス〟だろう」
「えっ!? 女神フィーニスって死んだんじゃないの!?」
表情豊かに驚く少女に、〝ヨミ〟と呼ばれた男性が無表情のまま淡々と告げる。
「そのはずだが、どうやら例の男によって命を救われたらしいな。さすがに〝救世主〟の名は伊達ではないということだ」
「おお、救世主すげえ!」
ぱあっと純粋に感動しているらしい少女に、俺も少々困惑してしまう。
なんというか、ああいう敵対心の見えないタイプが一番良心の呵責を覚えるからだ。
まあそれを見越して送り込んできているのだろうが……。
「答えて……っ。あの亜人はあなたたちに何をしたの……っ!?」
最中、フィーニスさまが強い口調で少女らに問う。
すると、ヨミが「ああ、そういえばお前もまた我らの創造主であったな、女神フィーニス」とやはり無表情のまま答えた。
「あのお方はお前の創った魔物どもを元に我ら〝魔族〟を創った。ただそれだけのことだ」
『――っ!?』
魔物から新しい種族を創っただって……!?
「なん、ですって……!?」
愕然と後退るフィーニスさまの声音には、驚きのほかに、どこか憤りのようなものが孕まれている気がした。
「何を驚くことがある? 我らが主は人のみならず、それに協力する亜人どもにも心底辟易した。ゆえにそれらを凌駕し、淘汰する者たちを新たに生み出すことにした。それが我ら〝魔族〟だ」
「はっ、その割には随分と人間くせえ見てくれじゃねえか。死体みてえなツラのてめえはまだしも、そっちの嬢ちゃんは完全に人間にしか見えねえぞ? そんなにてめえらの主さまとやらは人間さまが大好きなのか? ええ?」
そう皮肉を全開にして挑発するオフィールだったのだが、
「あ、ごめん。これでもボク、一応身体は〝男〟なんだ~」
『……えっ?』
まさかの事実に全部持っていかれてしまっていた。
てか、あんなに可愛いのに男って……。
エリュシオン、どういう趣味してるの……? と俺が一人困惑していると、ヨミもまた挑発するような口調で言った。
「愚かだな、赤毛の聖女」
「あん?」
「確かに我らの姿は人のそれに酷似している。だが肉体は亜人の強靱さを遙かに凌ぎ、魔力は〝汚れ〟由来ゆえ際限はなく、術技においても全員が最高位の領域――〝グランド〟を会得している。我らのこの姿は単にそれらの力を存分に振るうのにもっとも適していたからに過ぎん」
「お、おう、そうか……」
「いや、気圧されてどうするんですか……」
半眼のマグメルに、オフィールは「だ、だってよぉ……」とヨミを指差しながら弁解する。
「あいつ、なんか難しいことすげえ早口で言ってくるし……」
「……はあ」
嘆息するマグメルたちに苦笑いを浮かべつつ、俺はヨミたちに問う。
「要するに、その凌駕された力とやらを試しに来たんだろ?」
「そういうことだ。ゆえにお前の相手は俺がしよう。――パティ、お前は好きなやつとやれ。なんなら殺しても構わん」
「はいはーい♪ じゃあボクはねー……よし、キミとやるー!」
「……えっ? ええっ!?」
当然、指名されたエルマが驚きの声を上げる。
すると、てっきり美少女だと思っていた美少年――パティはにんまりと笑顔を浮かべて言った。
「え、だってキミさっき挨拶してくれたし」
「えぇ……」
そんな理由……、とエルマは今にも卒倒しそうになっていたのだった。
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