165 鬼狩りと墓守


「どうしてそんな酷いことを……」



 悲痛な表情を浮かべるマグメルに、女性は「そうだな。確かに酷い」と頷いて続ける。



「だが当時はそういう亜人への差別意識が今よりもずっと顕著だったのさ。まあ今もそこまで変わってはいないと思うが、やはり皆自分と違うものは恐ろしいのだろう」



「で、でもだからってお腹の子ごと殺すなんて……。同じ人間なのに……」



「同じ人間だからだよ。自分たちと同じ人間が別のものと交わり、人でも亜人でもない得体の知れないものを身体に宿したんだ。そんなものは恐怖の対象でしかないだろう?」



 女性の言葉に、ティルナがむうっと頬を膨らませる。



「わたしたちは〝得体の知れないもの〟なんかじゃない」



「!」



 それで女性もティルナが人と人魚のハーフだということに気づいたらしい。


 女性は申し訳なさそうに頭を下げて言った。



「すまない。あなたもハーフだったのだな。それは失言だった。許して欲しい」



「別に構わない。むしろわたしの方こそごめんなさい。あなたは全然悪くない」



「そう言ってもらえると助かる。あなたは見た目よりもずっと大人なのだな」



「ええ、そう。わたしは皆のお姉さん」



 えっへん、とその小振りなお胸を張るティルナを俺たちが微笑ましそうに眺めていると、女性もまた口元に笑みを浮かべて言った。



「よいパーティーだな。私はこのように孤独の身ゆえ、あなたたちが少し羨ましく思えるよ」



「はは、ありがとうございます。失礼ですが、ほかの方々は……?」



「里の者たちであれば、今は散り散りになっている。先ほどの話の続きになるが、家族を奪われた鬼人は当然怒りに身を任せ、人間たちを虐殺した。そうしていずこかへと姿を消した鬼人だったが、それで終わりではなかった。――〝鬼狩り〟の始まりだ」



「鬼狩り……」



 なんとも物騒な名前が女性の口から出てきたことに、俺たちは揃って眉根を寄せる。



「ああ。当時は差別意識が顕著だったと言っただろう? ゆえに大義名分を得たとばかりに討伐隊が編成され、〝鬼狩り〟の名の如く数多くの罪なき鬼人たちが人間たちによって殺された。なんとか生き残った者たちは、その経験からか特定の里を持たず、今も人気のない場所でひっそりと暮らしていると聞く」



「ふむ、なんとも救われぬ話だな。その話が事実であれば、件の鬼人のみならず、ほかの者たちも人に対し、深き憎悪を抱いているようにも思えるのだが……」



 ちらり、と女性を見やったアルカに、彼女は肩を竦めながら言った。



「はは、私は別に憎しみなど抱いていないよ。何せ、私はその〝人〟によって育てられたのだからな」



『!』



 俺たちが揃って目を丸くする中、女性はどこか嬉しそうに自身の生い立ちを話してくれる。



「すでに他界しているのだが、なかなか奇特な女性でな。世間では鬼狩りだなんだと鬼人に対して敏感になっている最中、まだ赤子だった私を拾い、女手一つで育て上げてくれたのだ」



「そう。それはよい方に拾われたのね」



「ああ。私にとっては母も同然の女性だ」



 ちなみに、と女性は件の墓の隣の墓を見やって言った。



「この下に眠っていたりするぞ」



『えっ!?』



 何故そこに!? と驚く俺たちに、女性は神妙な顔で腕を組む。



「私もここに葬るのはどうかと思ったのだが、彼女の遺言でな。ここならば墓守のいなくなったほかの墓も私が守っていけると思ったのだろう。まあだからこそこうして頻繁に足を運んでは、ほかの墓ともども手入れをしているというわけさ」



「そうでしたか。それはお邪魔をしてすみませんでした」



 頭を下げる俺に、女性は「いや」と首を横に振って言う。



「気にしないで欲しい。たまにはこうして賑やかな方が彼女たちも嬉しいだろうからな。それに――」


 と、その時だ。



「――あ、見つけたー! やっぱり創造主さまの言うとおりだったよー!」



『――っ!?』



 突如黒衣を纏った二つの人影が、俺たちの前に姿を現したのだった。

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