150 もう一人の《剣聖》
「少しだけ待っていてね……。すぐに最後の神器を届けてあげるから……」
「ちょ、待ってください!? フィーニスさま!?」
俺の制止をまったく意に介さず、フィーニスさまはずずずと地面に吸い込まれるようにその姿を消していく。
正直、まだまだ聞きたいことはあったし、アイリスたちのことも心配だったが、捜すにしても今の俺たちでは難しいため、とりあえず一度ドワーフの里へと戻ろうということになった。
その道中のことである。
「つまりなんだ? あの根暗女神は単に自分のガキが欲しいだけであって、それが出来ちまえば人間や亜人に手は出さねえどころか、ババアやアイリスたちも全員解放するってのか?」
「彼女の話を要約するとそんなところでしょうね。まあどこまでが本当のことかは分からないのだけれど」
「ですがもしそれが事実だったとしたら、これ以上無駄な争いをしなくても済むのではないでしょうか……?」
控えめなマグメルの問いに、しかしアルカはかぶりを振って言った。
「だがその代償として、我らの夫は人を超越した存在へと生まれ変わらされるのだ。しかも今のイグザと同じ人格である保証もなしにな。もしかしたら女神フィーニスとその赤子だけを愛するまったくの別人になる可能性だってあるのだぞ?」
「そ、それはそうですけど……」
「というより、正妻である私よりも先に子を成すこと自体納得がいかん。むしろお前たちはどうなのだ? 本当にそれでよいのか?」
そうアルカが問いかけると、女子たちから次々に不満の声が上がった。
「んなもんいいわけねえに決まってんだろ? そもそもあの根暗に言いようにやられて、こちとらいい加減どたまにきてんだ。その上、人の旦那を寝取ろうなんざ冗談も顔だけにしとけって話だぜ」
「同感ね。まあオフィールが人のことを言えるほど優れた容姿なのかどうかはさておき」
「んだとこらあっ!?」
いきり立つオフィールを華麗にスルーし、ザナは続ける。
「確かに彼女の境遇には同情するところもあるけれど、だからといってやっていいことと悪いことがあるわ」
「うん。わたしもそう思う。イグザもそうでしょう?」
縋るようなティルナの視線に、当然俺は「ああ」と頷いて言う。
「そうまでして自分の子どもが欲しいというフィーニスさまの気持ちも分からなくはないけれど、彼女は聖者たちをはじめ、罪のない亜人たちはおろか、女神さま方を取り込んだ挙げ句、アイリスたちまで巻き込み、そして傷つけた。その報いはきちんと受けるべきだと思う」
もちろん痛めつけるって意味じゃなくてな? と付け足すと、マグメルも「そうですね。確かにイグザさまの仰るとおりだと思います」と納得してくれた様子だった。
なので俺は続けて言う。
「うん。だからさっさとドワーフの里に戻ってシヴァさんに〝視て〟もらおう。またフィーニスさまの邪魔が入るかもしれないけれど、何もしないよりはマシだからな」
「「「「「了解!」」」」」
揃って頷く女子たちを連れ、俺は最速でドワーフの里へと帰還していったのだった。
◇
その頃。
以前聖者たちが会合を行っていた薄暗い広間に、女神フィーニスを含めた八つの人影があった。
フィーニス以外の人影は同じ顔の少女が六人と、精悍な顔立ちの青年が一人で、青年を中心に地面に描かれた術式から枝分かれした術式の中に、それぞれ少女たちが一人ずつ拘束されている感じだ。
術式はほのかに輝いており、それが室内を照らす光源にもなっていた。
「……私たちをどうするつもりですか?」
この状況でもなお気丈な視線を向けてくる少女――アイリスに、フィーニスは相変わらず余裕を孕んだ表情で言う。
「前にも言ったでしょう……? ただ協力して欲しいだけだって……」
「ならば私たちの拘束を今すぐ解いてください。こんなのは協力ではありません。ただの〝強制〟です」
「あらあら、うふふ……。そうね……。あなたの言うとおりだわ……」
「――っ!?」
突如差し伸ばされてきた手に、アイリスはびくりと瞳を閉じる。
「……?」
だがフィーニスは彼女の頭を優しく撫でただけで、アイリスも戸惑っている様子だった。
と。
「じゃあ、はじめましょうか……」
そう言いながらすっとフィーニスが身を離すと、ほのかに輝いていた床の術式がその輝きを増し始め、
――ばちばちばちっ!
「「「「「「う、ああああああああああああああああああああああああああああっっ!?」」」」」」
同時にアイリスたち六人が悲鳴を上げる。
「やめろ!? 彼女たちが苦しんでいるじゃないか!?」
その様子を見た青年が抗議の声を上げる中、フィーニスは悠然と彼に近づいたかと思うと、
「あなた、少しうるさいわ……」
――ずどっ!
「――がっ!? ぐ、ああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!?」」
容赦なくその胸に神器を突き立て、黒いオーラで包み上げたのだった。
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