118 豚さんの抱擁


「……なるほど。フィーニスさまが〝盾〟の聖者を……」



 急ぎエストナへと戻った俺たちに告げられたのは、消息不明だったはずのフィーニスさまが突如姿を現したという驚愕の事実だった。


 なんでも彼女は〝盾〟の聖者を捜しているようで、その手がかりをエルマが握っているのではないかと詰め寄ったらしい。


 おかげでエルマは相当の恐怖を覚えたようで、



「あたしもうここから動かない……」



「うん。しばらくそうしているといい」



 膝を抱えて俯きながら、ティルナに頭をよしよしされていた。



「でも皆が無事で本当によかった。まさかフィーニスさまが現れるとはな……」



「おう、マジで驚いたぜ。例のおっさんに飛ばされた首もばっちり元に戻ってたしよ。てか、あんなやつ本当に倒せんのか?」



「そのための神器集めと《スペリオルアームズ》でしょう? まあ私の場合、《スペリオルアームズ》を発動させる前からすでに聖神器を獲得済みなんですけどね……」



 死んだような顔でそう言うのは、ドワーフの里で黒人形化する前の〝杖〟の聖者――ヘスペリオスから神器を浄化済みのマグメルだった。


 恐らくは彼女とも《スペリオルアームズ》を発動させることは可能だと思うのだが、現状それを行う機会がないので、半ば自棄になっているようである。



「まあそれはさておき」



「いや、さておかないでくださいよ!? 割と素で落ち込んでるんですけど!?」



 アルカの言葉に断固として抗議するマグメルだが、「ふむ、では今こそお前から受けた言葉を返そう」とアルカは彼女の肩にぽんっと手を添えて言った。



「――諦めろ」



「……」



 ずーんっ、と肩を落とすマグメルに心の中でエールを送りつつ、俺は話を戻す。



「それでフィーニスさまの話だと、エルマが〝盾〟の聖者に守られていたって?」



「うん。そうじゃないかって凄く疑ってた。だから聖者たちに見つかることなく旅が出来たんじゃないかって」



「まあそうね。確かに私の〝眼〟でも彼女を見つけることは出来なかったわ。いえ、正確にはある時期を境に視えなくなったの」



「ある時期?」



 小首を傾げる俺に、シヴァさんは「ええ」と頷いて言った。



「――あなたと別れた時よ」



「俺と別れた時……。ってことは、そのあとに〝盾〟の聖者と出会っている可能性が高いと?」



「通常で考えればそうでしょうね。でも彼女は〝分からない〟と言っているわ」



 ちらり、と揃ってエルマを見やると、彼女は未だに俯いたままティルナに甘やかされている最中だった。


 しかしまあずいぶんとこてんぱんにやられたみたいだな。


 こんなに消沈しているエルマははじめて見た。



「ところで、聖者ってことは亜人よね? そもそも亜人自体あまり人前に姿を現さないわけなのだけれど、本当に彼女の側にいたのかしら?」



「問題はそこですよね。フィーニスさまは誰かとずっと一緒にいなかったかを執拗に問い質していましたけど、エルマさんが一緒にいたのはそこのポルコさんだけですし」



 マグメルの視線を追うように一同がポルコさんを見やる。


 相変わらず白目をむいているのだが、そろそろ治癒術の一つでもかけてやった方がいいのではなかろうか。



「まさかとは思うが、そいつが〝盾〟の聖者ではないだろうな?」



「いや、でも聖者ってのは亜人なんだろ? そこでのびてる豚は豚だけど人間だぞ?」



 酷い言われようである。


 だが確かに今までエルマと旅をしていたのは彼だけだ。


 オフィールの言うとおり、どう見ても豚……ではなく人間にしか見えないのだが、一応確かめておこうと思う。



「とりあえずポルコさんに話を聞いてみよう。それで全てがはっきりするはずだ。というわけで、マグメル。治癒術を頼めるかな?」



「えっ!?」



 びくり、とマグメルが肩を震わせ、「え、えっと……」と微妙な反応をする。


 いつもの彼女ならば進んで治癒術をかけてくれるはずなのだが、何か思うところでもあるのだろうか。


 俺がそう小首を傾げていると、マグメルがどこか気まずそうにこう言ってきた。



「あの、出来ればイグザさまにお願いしたく……」



「……? いや、まあいいけど……」



 もしかしたら体調でも悪いのだろうか。


 そんなことを考えつつ、俺はポルコさんに治癒術を施す。


 すると。



「……う、ん~……はっ!? め、女神さまああああああああああああああっ!?」



 ――ぎゅむっ。



「……」



 唐突に熱い抱擁を受け、俺はマグメルの反応が微妙だった理由を、この時になってはじめて理解したのだった。

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