117 女神の来訪


「お久しぶり……。可愛い子たち……」



 なんの前触れもなくずずずと姿を現したフィーニスに、当然アルカディアたちは唖然としつつも警戒態勢を取っていた。


 だが彼女が不滅であり、かつ神器の制御権を握っている以上、迂闊なことは出来ず、アルカディアは皆に武器を構えないよう目と仕草で訴える。


 フィーニスと会ったのははじめてのはずなのだが、エルマも彼女の異常さには気づいたようで、なるべく刺激しないよう静かに固唾を呑み込んでいた。



「……フィーニスさまもお元気そうで何よりです」



 最中、マグメルが皆を代表してフィーニスに話しかける。


 この中で一番物腰が柔らかい彼女ならば、下手に刺激するようなことはないだろうと判断してのことだった。



「それで今日はどのようなご用件で……?」



 マグメルが控えめに問うと、フィーニスは室内にいた全員の顔をゆっくりと見やった後、エルマの姿ににたりと笑みを浮かべた。



「あなた、〝剣〟の聖女ね……?」



「え、あ、はい……。そうですけど……」



 さすがのエルマもフィーニス相手に軽口は叩けなかったらしく、敬語で応対していた。


 と。



 ――ずいっ。



「ひっ!?」



「「「「――っ!?」」」」



 一瞬にしてフィーニスがエルマの眼前に移動し、恐怖に引き攣ったその顔を覗き込んで言った。



「――ねえ、あなた……。〝盾〟の聖者を知らない……?」



「い、いえ、あたしは……」



「前にね、亜人たちが言ってたの……。どんなに捜しても〝剣〟の聖女が見つからないって……。おかしいわよね……? だってあなたからはオルゴーの力を感じるもの……。まだあの子のものになっていないのにどうして……?」



「そ、それはその、女神さまたちにお会いしたからで……」



「つまり隠れていなかったのよね……? なのにどうして亜人たちはあなたを見つけられなかったの……? 〝盾〟の聖者があなたを隠していたからじゃないの……?」



 そこで言葉を区切ったフィーニスは、「ねえ、あなた……」と両目を見開きながら言った。



「――今まで誰かと一緒にいたりしなかった……?」



「わ、分かりません……」



 あまりの恐怖で涙目になっているエルマを見かね、アルカディアは仕方ないと口を挟む。



「フィーニスさま。その者は本当に何も知らないようです。どうかその辺でご容赦を」



「そう……。それは残念……」



 アルカディアの言葉を聞き、フィーニスがすっとエルマから身体を離す。



「はあ……はあ……っ」



 その瞬間、エルマはずるずると膝から崩れるように尻餅をつき、呆然と青ざめた顔で呼吸を整えていた。


 どうやらかなりのショックを受けているらしい。


 強気な彼女とは思えないほど憔悴しきっているようだ。



「……一つ尋ねても?」



「なあに……?」



 最中、ティルナがフィーニスに問う。



「何故あなたは〝盾〟の聖者を捜しているの?」



「「「――っ!?」」」


 この状況でも口調を変えない胆力は評価するが、アルカディアたちにとっては寿命が縮む思いだった。


 しかしフィーニスはとくに気にした様子を見せず、ふふっと笑って言った。



「もちろんあの子のため……。早く七つの神器を集めてあげないと……」



「……? でも〝盾〟の神器はあなたが持っているのでは?」



「ええ、そう……。でもそれじゃダメなの……。聖者の持つ神器をあげないと意味がないの……。だから今あなたに〝剣〟の神器は渡せない……。ごめんなさいね……」



 未だ腰を抜かしているエルマにそう微笑むと、フィーニスの身体が再びずずずと床に沈んでいく。



「お話が出来て楽しかったわ……。また会いましょう……。可愛い子たち……」



「「「「「……」」」」」



 そうしてフィーニスは悠然とアルカディアたちの前から姿を消したのだった。



      ◇



 その頃。



「……っ」



 俺はなんとも言えない胸騒ぎを覚え、二人が耐えられるぎりぎりの速度で空を飛び続けていた。


 念のためシヴァさんの〝眼〟を使ってもらったのだが、何故かエストナ周辺だけ黒いもやに覆われて視ることが出来ず、それが俺たちの焦燥を一層掻き立てていたのだ。



「頼む……っ。皆無事でいてくれ……っ」



 そう祈りつつ、俺たちはエストナに向けて矢の如く空を裂き続ける。


 フィーニスさまが突如として彼女たちのもとに現れたことを知ったのは、それから少しだけあとのことであった。

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