106 姉と幼馴染と


「別に気にしなくていい。むしろ私の代わりに手を下させてすまなかったな」



 きっと俺たちが揃って気まずそうな顔をしていたのだろう。


 シャンバラさんは優しい口調でそう言ってくれた。



「いえ、こちらこそ救えずにすみません……」



 確かに俺には《完全蘇生》のスキルがあるし、シャンガルラを生き返らせることも出来る。


 でもあのスキルはそう簡単に使っていいものじゃないからな。


 それにたぶんシャンガルラにしろシャンバラさんにしろ、それを望まない気がするし。



「だから気にしなくていいと言ってるだろう? それより何故あいつがあんな化け物になったのかを教えてくれないか? 少なくとも意味もなく同胞に牙を剥くようなやつじゃなかったからな」



「ええ、分かりました」



 頷き、俺は一連の出来事を包み隠さずシャンバラさんに説明した。


 もちろん不都合そうな事実に関しては伏せて話そうかとも思ったのだが、彼女の性格上、隠し事は嫌いそうだからな。


 なのでフルオープンである。



「なるほど。そりゃあいつの自業自得だ。まああの馬鹿のことだし、亜人だけの世界になんざ興味の欠片もなかっただろうがな」



「うん、退屈しのぎが目的だって聞いた」



「はは、そうだろうな。実にあいつらしい理由だ。何せ、それが原因であいつは里を出て行ったんだからな」



「詳細を尋ねても?」



 シヴァさんの問いに、シャンバラさんは「ああ、もちろんだ」と頷いて言った。



「私たち人狼には里の中でもっとも強い者が〝長〟になるという掟がある。この掟は絶対だ。が、あいつはそれに従わなかった。何故なら〝退屈だから〟だ」



「でも長って里の揉め事を解決したり、他種族から皆を守ったりと結構忙しいイメージがあるんですけど……」



 俺が控えめに尋ねると、シャンバラさんは肩を竦めて言った。



「それが退屈なんだとよ。姉の私が言うのもなんだが、あの馬鹿はただの戦闘狂だからな。戦い以外に興味なんざなかったんだろうさ。だからお前たちと戦えて心底嬉しかったと思うぞ。でなければ〝幻想形態〟になどなれはしないからな」



「幻想形態?」



 揃って小首を傾げる俺たちに、シャンバラさんは「ああ」と頷いて説明してくれる。



「最後にでかい狼の姿になっただろう? あれは私たち亜人が〝獣化〟と呼んでいる力の解放状態よりも、さらに上の形態へと進化した姿だ。まあなれるやつなんざそうはいないんだが、私たちはそいつを〝幻想形態〟と呼んでいる」



「なるほど。恐らくは神器が弟さんの意志を最大限反映させたのでしょうね。死してなおそれだけの意地を見せるなんて、正直驚いているわ」



「そりゃ腐っても私の弟だからな。たとえ死んでいようが身体が動くなら意地も見せるさ」



 そう不敵に笑うシャンバラさんに、俺たちも顔を綻ばせていたのだった。



      ◇



 そうして人狼の里をあとにした俺たちは、皆の待つエストナの宿へと向けて高速で空を飛んでいた。


 とりあえずシャンガルラと彼の神器は浄化したが、まだあと三人の黒人形化された聖者たちが残っているからな。


 急いで次の場所に向かわなければ。



「それで次はどこの里に向かうのがいいですかね?」



「そうね、距離的にはミノタウロスの里が一番近いのだけれど、ボレイオスの移動速度を考えると後回しにしてもいいかもしれないわ」



「なるほど。じゃあ次はエルフか竜人?」



「になるでしょうね」



「となると、ザナとアルカか。時間に余裕がない以上、戦闘力の高いアルカを先にして、早々にアガルタを片づけた方がいいだろうな」



「うん、わたしもそう思う。たださっきのお姉さんの言っていた〝幻想形態〟が少し気になる。もしかしたらほかの聖者たちも使ってくるかもしれないし」



 そう神妙な顔をするティルナに、シヴァさんも同意する。



「そうね。だとしたらアガルタは文字通り〝竜〟になる可能性があるわ。その点で言えば、エルフの上の形態なんて思いつかないし、カナンを先にした方がいいかもしれないわね」



「なるほど。そういう考えも出来るか……」



 とにかくもうすぐエストナに着くし、ほかの皆の意見も聞いてみることにしよう。


 そう思い、俺は普段通りの心持ちで、皆の待つ部屋の扉を開けたのだが、



「……えっ?」



 そこで俺は固まってしまった。


 当然だろう。


 だってそこで俺を待っていたのは、予想外の人物だったのだから。



「……久しぶりね、イグザ」



「エル、マ……?」



 そう、俺の幼馴染にして〝剣〟の聖女でもある女性――〝エルマ〟である。

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