99 女神の呪詛
それは一瞬の出来事だった。
「……えっ?」
ざんっ! と神速の抜剣術が容赦なくフィー二スさまの首を撥ね飛ばしたのだ。
――ぶしゅーっ!
遅れてその首元から噴水のように血が噴き出る中、エリュシオンは「やはりな」と彼女の方を振り返って言った。
「いくら強大な力を持とうが、所詮貴様は戦に特化した女神ではない。当然の結果だ。まあそれでも殺すまでにはいたらんがな」
「あっ……あっ……」
ぼとり、とフィー二スさまの首が地面に落ち、彼女は愕然と目を見開く。
確かにエリュシオンの言ったとおり、まだ息があるようだった。
不滅の神ゆえに当然なのだろうが、なんとも凄惨な光景に目を覆いたくなる。
最中、フィー二スさまは憎悪に顔を歪めてこう言い放った。
「……嫌い! 嫌い! 嫌い! 嫌い! ……亜人を――殺してッ!」
「「「「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」」」」
その瞬間、人形化した聖者たちが一斉にエリュシオンに襲いかかった。
「亜人……亜人……亜人……っ!」
同時にずずずとフィー二スさまの頭と身体が地面に出来た黒い渦へと沈んでいく。
――離脱するなら今しかない!
「――皆!」
「「「「「!」」」」」
俺は即座に皆に声をかけ、ごごうっとヒノカミフォームに変身する。
「いい判断だ。せいぜい考えることだな――〝女神を止める算段〟とやらを」
そうしてエリュシオンが聖者たちの相手をしている中、俺たちはシヴァを連れ、その場を離脱したのだった。
◇
なんとか雪の都――エストナまで戻ってきた俺たちは、宿でシヴァの治療を行う。
「これは……」
「恐らく〝呪詛〟の類ですね……。それもかなり強力な……」
だが肉体の傷は完全に塞がったものの、彼女の身体にはところどころ黒い痣のようなものが刻まれていた。
「ふふ、さすがは終焉の女神と言ったところかしら……? 性格の悪さは折り紙つきね……うっ」
痣が痛むのか、シヴァが苦悶の表情を見せる。
スザクフォームの再生術や浄化でも治せないとなると、今の俺たちでは打つ手がない。
一体どうすれば……。
「あら、心配してくれるの……? 私はあなたたちの敵なのに……」
最中、シヴァが青白い顔に笑みを浮かべながらそう尋ねてくる。
呼吸も荒いし、かなり辛そうだ。
「ええ、そりゃしますよ。だってあなたは俺たちの敵じゃないですし」
「……何故そう思うのかしら?」
「いや、何故と言われても……。むしろどうして俺に《宝盾》の力を――神を殺せるよう聖女たちを集めろと言ったんです? 元々あなたはフィー二スさまを殺すつもりだったんじゃないんですか?」
「さあ、どうかしらね……?」
ふふっと妖艶に笑いつつも、シヴァは苦痛に顔を歪める。
「ふむ、とにかく今はこいつの治療が最優先だ。イグザの力でも無理となると、イグニフェルさま辺りに頼むしかあるまい」
「そうね。もしくはトゥルボーさまかしら? 彼女ならイグザ以上に強力な〝死〟の排斥が出来るでしょうし」
と。
「どっちにしろここからじゃかなり距離があんな……。連れてく途中で死ぬんじゃねえか? このおばさん」
「おば……っ!?」
オフィールの言葉に、病床のシヴァが敏感に反応する。
「あのね、私これでもまだ27なのだけれど……?」
が。
「いや、じゃあやっぱりババアじゃねえか」
「ババ……っ!?」
オフィールの中では女性も30近くになるとおばさん扱いらしい。
むしろトゥルボーさまの外見に近いくらいの年齢だからだろうか。
俺の中では全然お姉さんなんだけどな……。
ともあれ、シヴァの怒りに火を点けたことはあきらかだった。
「ふ、ふふ、いい度胸だわ……っ。このまま大人しく退場しようかと思ったけれど、考えを改めました……。――坊や、あなたの力を私に貸してもらうわよ……?」
「えっ? でも俺の力じゃ……」
「いえ、あなたの力があれば私を治すことが出来るわ……」
「え、そうなんですか!?」
驚く俺に、シヴァはこくりと頷いて言った。
「ええ、もちろん……。だからあなたの力を私に貸してちょうだいな……」
「わ、分かりました。俺に出来ることなら力になります」
そう頷く俺に、シヴァは「ありがとう……」と嬉しそうに笑ってこう続けたのだった。
「なら――今すぐ私を抱きなさい」
「……へっ?」
「「「「「はああああああああああああああああっ!?」」」」」
当然、俺の目は点に、女子たちの眉はハの字になったのだった。
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