97 可愛い我が子との世界


「おいおい、話がちげえぞ!?」



「エリュシオン殿!?」



 当然、聖者たちにとっても予想外の事態のようだったが、救援に来ようとしていた彼らを手で制し、エリュシオンはフィー二スさまに問う。



「……何故だ? 女神フィー二ス……。あなたは我らの願いを聞き届けてくれるのではなかったのか……?」



「もちろん願いは叶えてあげる……。人の根絶……。そして亜人の根絶……」



「違う! 滅ぼすのは人間だけだ! 何故亜人まで滅ぼそうとする!? そんなことを願った覚えはない!」



 感情を剥き出しにして否定するエリュシオンに、フィー二スさまはゆっくりと小首を傾げて言った。



「あなたこそ何を言っているの……? 私の願いは可愛い我が子と一緒にいること……。可愛い我が子と〝だけ〟一緒にいること……」



「なん、だと……っ」



「だから亜人は必要ない……。人間もいらない……。私と私の可愛い子どもたちだけがいればそれでいい……」



「ぐっ、我々を騙したのか……っ」



 ぎりっ、と唇を噛み締め、エリュシオンがフィー二スさまを鋭く睨みつける。


 だがフィー二スさまは相変わらず小首を傾げており、エリュシオンが何故怒っているのか理解出来ていないようだった。


 と、次の瞬間。



「――トライクロスガロウズ!」



 ――がきんっ!



「「!」」



 突如現れた三つの盾に押さえつけられ、平然としているフィー二スさまごと地面が陥没する。


 もちろん術技を放っていたのは〝盾〟の聖女――シヴァだった。



「やれやれ、こうなって欲しくはなかったのだけれど……っ」



 彼女はそう精一杯の余裕を顔に浮かべ、俺に対して声を張り上げてきた。



「今よ、坊や! 私が押さえているうちにフィー二スを殺しなさい! 今のあなたならそれが可能なはずよ!」



「えっ……」



 それは一体どういう……。


 というか、フィー二スさまを殺せって……。


 突然のことに困惑する俺だが、



「――グランドスパイラルバインド!」



 ぎゅいんっ! とマグメルの水属性術技がさらにフィー二スさまを拘束する。


 そして彼女もまた声を張り上げて言った。



「イグザさま! 詳しい説明は後ほどしますが、七つの疑似レアスキルを持つあなたならば、〝不滅の神すら滅ぼせる〟とシヴァさんは言いました! 癪ですが、私もフィー二スさまをこのままにしておくのは危険だと思います! ですから早く!」



「くっ……」



 確かにマグメルの言うことはもっともだ。


 このままでは古の争いがそのまま再現されてしまうことだろう。



 そうなるくらいなら――今ここで彼女を討つ!



 ごごうっ! と炎を纏い、俺は再びスザクフォームへと変身する。


 同時に片刃の長剣を顕現させ、申し訳なくもフィー二スさまに斬りかかろうとしたのだが、



「……邪魔」



 ――どばんっ!



「「「――なっ!?」」」



 彼女がそう口にした瞬間、一瞬にして全ての拘束が弾き飛ばされたではないか。


 しかも。



「あなたもいらない……」



 ――ずどっ!



「――がはっ!?」



 構えた聖盾ごとシヴァの身体を指で貫き、彼女は糸の切れた人形のように雪の中へと倒れ伏す。



「シヴァさん!」



「ったくなんなんだよこいつは!?」



 シヴァを救いに駆けるマグメルを、オフィールが護衛に入ろうとする中、



「――いい加減にしろ、女神フィー二ス!」



 ぶおんっ! とボレイオスがフィー二スさまの背後で斧を振り上げる。


 ミノタウロス種のボレイオスが獣化した全霊の一撃だ。


 まともに受ければフィー二スさまのか細い身体など木っ端微塵になってしまうことだろう。


 が。



「どうしたの……?」



「ぐうっ!?」



 ボレイオスの一撃が振り下ろされることはなかった。


 何か術技でも使われたのか、斧を振り上げたままの姿勢で固まっていたのだ。


 そんなボレイオスの身体にそっと触れながら、フィー二スさまは言った。



「あなたのそれは私の力……。だから私を傷つけることは出来ない……」



「ぐっ、ならば……っ。――ぬうっ!?」



 神器を手放そうとするも、まるで手に吸いついているかのようにそれは外れず、それどころか神器から伸びてきた黒いオーラが徐々に彼の腕を変色させていく。



「ぐおお……っ!? こ、これは……」



「ふふ、あなたはあの子のためのお人形になるの……。いっぱい遊んであげてね……」



「がああああああああああああああああああああああっ!?」



「ボレイオス……っ」



 エリュシオンが口惜しそうに唇を噛み締める中、神器の浸食はさらに進み、やがてボレイオスは黒色の巨人――フィー二スさまの言う〝お人形〟へと、その姿を変えてしまったのだった。

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