96 封印崩壊


 その少し前のこと。


 ティルナの相手は同じ《皇拳》のレアスキルを持つシャンガルラだったが、彼は一向に獣化しようとはしなかった。


 ティルナのことを甘く見ているのか、それとも何か出来ない理由があるのかは分からないが、彼はそのままの姿でティルナと激闘を繰り広げていたのだ。


 だがほかの聖女たち同様、雷の力とフェニックスシールの恩恵を受けたティルナは以前よりも格段に強くなっており、完全にシャンガルラを圧倒していた。



「はあっ!」



 ――ごっ!



「ちいっ!?」



 シャンガルラが鬱陶しそうに舌打ちするも、だからといって獣化するわけでもなく、彼は身体を翻して着地する。


 シャンガルラの性格上、ここまで追い詰められて黙っていられるはずがない。


 それを訝しんだティルナは、彼に真意を問う。



「どうして本気で戦わないの?」



「あっ? んなもん戦う必要がねえからに決まってんだろ?」



「それは嘘。あなたの目的は退屈しのぎだと聞いている。ならこの状況はもの凄く退屈なはず。なのにあなたは本来の力を出そうともしない。それは何故?」



「ちっ、こんなガキにまで気遣われてりゃ世話ねえな」



 がしがしと不機嫌そうに頭を掻くシャンガルラだったが、次の瞬間、彼の顔つきが変わる。



「はっ、ならちょうどいい! その理由を教えてやるよ!」



「――っ!?」



 そしてシャンガルラはティルナの頭上を大きく飛び越えると、ずがんっと大地に拳を叩きつけた。


 そんな彼の視線の先にいたのは、エリュシオンと戦闘中のイグザであった。



      ◇



 一体これはなんなのか。


 困惑する俺の目に飛び込んできたのは、俺の周囲をぐるりと囲んでいる聖者たちの姿だった。


 しかも全員が神器を地面に触れさせており、その点が結ばれるようにして陣形を描いているようだった。



「イグザ!」



 ――ばちっ!



「ぐっ!?」



「アルカ!?」



 すかさず助けようとしてくれたアルカだったが、一度発動した術式はかなり強力なもののようで、彼女は近づくことすら出来なかった。



「くっ、ダメね。弓も通らないわ」



 それはほかの皆も同じだったらしく、一様に唇を噛み締めていた。


 最中、エリュシオンが首を横に振って言う。



「無駄だ。これは我らが女神の封印を破るための術式。一介の聖女如きに砕けるものではない」



「あんた、まさか最初からそのつもりで……っ!?」



「然り。元より貴様らとまともにやり合う気などない。我らの第一目的は終焉の女神――フィー二スの復活にほかならないのだからな」



「エリュシオン……っ。――ぐ……っ」



 がくっ、と俺は地に片膝を突く。


 まるで身体中の力を全て吸い出されているかのような感覚だ。


 いつの間にやらスザクフォームも解除されており、俺は為す術なくエリュシオンを睨み続ける。


 すると、術式がさらに輝きを増し、光が天高く昇っていった。


 そんな時だ。



「「「「「「――っ!?」」」」」」



 俺の近くの地面から、ぬうっと白い人の手のようなものが伸びてくる。


 フルガさまを引きずり込んだ時のものに酷似した女性の手だ。


 しかも手だけではなく、頭髪を含めた身体全体も這い出してきたではないか。



「……あ……うー……」



 ――若い、女性だった。



 どこか子どもっぽさを残してはいるものの、きりっとした顔立ちの美しい女性だ。


 とても〝魔物の女王〟と言われるような感じには見えないのだが、この人が本当に終焉の女神――フィー二スさまなのだろうか。


 と。



「……」



「!」



 ふいに彼女と目が合う。


 すると、フィー二スさまは柔らかく微笑んで手を伸ばしてきた。



「私の、可愛い子……。可愛い、子……」



「え、えっと……」



 俺がどうしたらいいか困惑していると、エリュシオンが彼女の側に跪いて言った。



「我らが女神――フィー二スよ。盟約に従い、あなたの封印をここに解き放ちました。今こそ我ら亜人のため、その大いなるお力をお貸しください」



「!」



 そうだ。


 フィー二スさまの封印が解けたということは、彼らの望む亜人だけの新世界にまた一歩近づいてしまったということ。


 なんとかしなければ……っ。


 そう唇を噛み締めていた俺だったのだが、



 ――ずしゃっ!



「……えっ?」



 その瞬間、なんとも奇妙な音が辺りに響き渡り、俺は視線を上げる。



「――なっ!?」



 そこで目にしたのは、なんとフィー二スさまの指先が伸び、エリュシオンの胸元を貫通している姿だった。



「が……っ!? な、何故……っ!?」



 血を吐き、困惑している様子のエリュシオンに、フィー二スさまはこう冷たい表情で告げたのだった。



「……亜人は、いらない……」

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