44 クソみたいなやつらはぶん殴ってやれ
軍事都市ベルクアを出発した俺たちは、今まさに南の国境線を越えようとしていた。
リフィアさまが亡くなるまでは、単に見張り台がある程度のものだったらしいのだが、今となっては山間に基地が建設され、入国もかなり制限されているようだった。
もっとも、それも先日までの話であり、これからはそこら辺の規制も緩くなっていくと思われるのだが、今はまだ待ってもらっている。
そりゃいきなり警備を緩めましたなんて言ったら相手の思うつぼだからな。
ゼストガルド王からの書簡も預かっているし、まずはこの先にある大国――ラストールの現状を把握するのが先決だろう。
そう考えつつ、俺たちはヒノカミフォームに《インビジブルコーティング》を使って飛行を続ける。
ザナの妹たちには破られてしまったが、あれは《天弓》の持つ感知能力の高さゆえだったからな。
さすがにあれほどのスキル持ちはそうそういないと思いたい。
「ところで、これから向かう〝ラストール〟とは一体どういう国なのでしょうか?」
最中、ふとマグメルからそんな疑問が飛び出す。
確かにそれは俺も気になっていた事柄だった。
「そうね、一言で表すなら――〝胡散臭い国〟かしら?」
「はっ、それをてめえが言うのか」
「ちょっとオフィールさん!」
頬杖を突き、寝転がったまま言うオフィールを窘めるようにマグメルが声を張り上げる。
だがオフィールも悪気はなかったと思われ、ザナもとくに気にしていない様子だった。
「別に構わないわ。だからこちらも軍事力を増強せざるを得なかったの。表向きは友好を謳ってはいるけれど、裏では人の母親を平気で暗殺するようなやつらよ? 信じられるはずないでしょう?」
「しかし何故それをラストールの者どもがやったと?」
アルカの問いに、ザナは表情を暗くして言った。
「……実際に見ていたからよ。お母さまがラストール城で見た男に矢で射貫かれるのをね。以前は多少なりとも交流があったから覚えていたの。私がまだ妹たちと同じくらいの年の頃よ」
「なるほど。それは辛かったな」
「ありがとう。でも今はもう大丈夫よ。あなたたちのおかげでね」
そう言って微笑みを浮かべるザナに、俺たちを包む雰囲気も温かいものになる。
「でも解せねえな。なんでわざわざザナの親父がぶち切れるようなことをしたんだ? そのラスなんたらって国のやつらはよ」
「〝ラストール〟です。半分当たってるんですから全部覚えてください」
マグメルに半眼を向けられ、オフィールが「へいへい」と肩を竦める。
「〝はい〟は一回です」
「へーい」
ふと思ったのだが、この二人は意外といいコンビなんじゃないかな。
「たぶんだけど、ベルクアに軍事力を増強させるためじゃないかな? 暗殺ってことは、ラストールからするとベルクアの方が言いがかりをつけてきたことになるし、自分たちも軍事力に力を入れる大義名分になるだろ?」
「確かにその可能性はあるでしょうね。事実、私たちが国境の警備を強化し始めてから、ラストールも軍拡を始めたと言うわ」
「つまりベルクアに侵攻するための口実作りというわけか。もしかするとだが、ベルクアの魔導工学技術とやらはラストールのそれよりも上か?」
「ええ、そのとおりよ。恐らく技術を進歩させるだけさせた後、一気に攻め落として全てを乗っ取るつもりだったのでしょうね。たとえばそう――」
――〝ホムンクルス〟とか。
そう続けたザナの言葉に、一同の顔色も険しくなる。
もしあの技術がラストールに奪われていたなら、きっとさらに多くの悲劇が引き起こされていたことだろう。
そうならなくてよかったと本当に思う。
「ただ一つ疑問なのは、ベルクアにはザナ――つまりは〝弓の聖女〟がいたってことだ。ベルクアがそれを兵器に転用するのは目に見えていただろうし、よほどのことがない限り、そこまで勝てる見込みがあるとは思えないんだけど……」
「そこで出てくるのが例の〝巨人〟というわけだ。恐らくは聖女の力すら上回る自慢の兵器なのだろうよ」
「聖女の力すら上回る自慢の兵器、か……。まったく困った国だな……」
「でもそんなものまで作り出してしまうなんて、人の業というのは恐ろしいものですね……」
そう悲しそうな表情を見せるマグメルだが、
――ばんっ!
「ぎゃふっ!?」
そんな彼女の背中に活を入れる者がいた。
「何しけた面してやがんだよ」
言わずもがな、オフィールである。
「い、いきなり何をするんですか!?」
当然、真っ赤な顔で声を荒らげるマグメルに、オフィールはにいっと不敵に笑って言った。
「てめえがべそかきそうな面してるからわりぃんだろ? 大体、あたしたちは〝聖女さま〟なんだぜ? 聖女さまってのは、そういうクソみてえなやつらをぶん殴ってやんのが仕事じゃねえのか?」
「そ、それはそうですけど……」
「だったらうじうじ悩んでねえで、その杖で思いっきりぶん殴りに行きゃいいんだよ、ぶん殴りに行きゃ」
「オフィールさん……」
「まあ、正論だな。問題は当の本人がその聖女の仕事とやらをまったく果たさず生きてきたことなのだが」
「いや、てめえが言うなよ!? イグザと会う前は武術大会ばっか出てたって聞いたぞ!?」
「ふっ、そんな昔のことは忘れたな。それよりも大事なのは今を生きることだ。そうだろう?」
「お、おう……」
「いや、そこで言いくるめられてどうするのよ……」
はあ……、と嘆息するザナたちを微笑ましく思いながら、俺はマグメルに言う。
「まあそんなに重く考えないようにしようぜ。間違った道に進んでるなら正してやればいい。その力を俺たちは神さまから与えられてるんだからさ」
「……そうですね。ええ、そのとおりですわ」
大きく頷いてくれたマグメルに、俺も口元を和らげる。
そして前方を見やりながらこう言った。
「さあ、見えてきたぞ。あれが俺たちの目指すこの大陸最大の国――〝ラストール〟だ」
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