24 (仮)を卒業する時



「う、ん~……」



 心地のよい温もりの中、俺は意識を取り戻した。


 真っ先に見えたのは、涙ぐむ見知った美女たちの顔。


 そう、アルカとマグメルだ。



「ああ、よかった……。本当に……」



 ゆっくりと上体を起こした俺を、アルカがぎゅっと抱き締めてくれる。



「イグザさま、本当にご無事で何よりです……」



「あ、うん……」



 一体何が起こったのだろうか。


 いまいち現状が理解出来ずにいた俺だったが、ふと右手に何か植物のような感触が広がる。



「これは……」



 そして俺は言葉を失った。


 当然だろう。


 何故なら俺たちは青々と生命力漲る草原のただ中にいたのだから。


 え、ここどこ……?


 俺が呆然と目を瞬いていると、ふいに横から声をかけられた。



「――目覚めたのですね、人の子よ」



「あなたは……」



 そこにいたのは、優しく微笑む一人の女性だった。


 どこか神秘的な雰囲気を漂わせる柔和な顔立ちの美女だ。


 真っ白なドレスに身を包み、手には金色に輝く杖を握っている。


 間違いない。


 俺がジボガミさまの中で出会った女性だ。



「――っ!?」



 その瞬間、はっと俺は全てのことを思い出し、急いで周囲を見渡す。


 だがそこにはあの巨大なジボガミさまはおろか、魔物一匹の姿さえ存在していなかった。



「心配はいりません。あなたのおかげでこの一帯に広がっていた汚れは全て浄化されました。ご覧ください。この地は今生命に満ち溢れています」



「そう、ですか……」



 よかったぁ……、と俺が一息吐いていると、アルカたちから怒声が上がった。



「馬鹿者! 何が〝よかった〟だ! 確かにお前は不死身だが、一歩間違えば精神を食い破られ、廃人と化していたかもしれんのだぞ!?」



「そうです! 何故あんな無茶をされたのですか!?」



「ご、ごめん……。でもあれしかジボガミさまを救う方法がなかったから……」



「だとしてもあんな馬鹿な真似は二度とするな! お前がいなくなったら私は……私は……っ」



 声を震わせながら縋りついてきたアルカを優しく抱き止め、俺は彼女の頭を撫でながら言った。



「悪かった。もう二度とあんなことはしないから許してくれ。マグメルもごめんな」



「いえ、分かってくださればよいのです」



 溢れかけていた涙を微笑み交じりに拭うマグメルの様子に、俺もふっと口元を和らげていると、ジボガミさまが恭しく頭を下げて言った。



「その点も含め、この度は本当にご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」



「あ、いえ、ジボガミさまもご無事で何よりです」



「ジボガミ……? ああ、人々は私のことをそう呼んでいたのですね」



 そこで言葉を区切ったジボガミさまは、仕切り直すように胸元に手を添えて言った。



「では改めまして。私は大地の神――テラ。以後お見知りおきをお願いします」



      ◇



 その夜、オルグレンの町はお祭りムードに包まれていた。


 北の山から突如迫ってきた光を受けた後、付近の魔物は一斉に消滅――しかも今まで岩肌が剥き出しだった大地に草花が芽吹き始めたのだ。


 これを祝わずして一体何を祝うというのか。


 そう勢いに乗った住民たちを止めることはもはや叶わず、今まさに町を挙げての大宴が催されていたのである。


 もちろん主役は俺……ではなく、この町の聖女として皆との親交が深かったマグメルと、城主のフレイルさまである。


 そりゃ今までずっと皆のために頑張ってきたのだから、真っ先に祝われるのは彼女たちであろう。


 そう思い、渋る彼女たちには悪いと思いつつも、今回はあえて辞退させてもらったのだ。


 俺は別に皆からちやほやされたかったわけじゃないからな。


 ただこうやって幸せそうにしている人たちの顔を見ていたかっただけなんだ。


 と。



「――やれやれ、聖女というのも存外大変だな」



 アルカが疲れたような表情で宿の部屋へと戻ってくる。


 同じ聖女としてマグメルには及ばないものの、人々の相手をしなければならなかったらしい。



「おう、お疲れ」



 俺が笑いかけると、彼女もまた笑顔で「ああ」と頷いてくれた。



「ところで、何を見ていたのだ?」



「うん? いや、皆嬉しそうでよかったなって」



 窓の外から見える人々の顔は、本当に心の底から歓喜に沸いているようで、見ているこっちまでが思わず笑顔になりそうなものだった。



「そうだな。お前が守った皆の笑顔だ」



「いや、俺たち全員で守った皆の笑顔だよ」



「ふふ、そうだな。そのとおりだ」



 そうしてしばらく二人で窓の外を眺めていると、ふいにアルカがこう言ってきた。



「――なあ、もういいだろう?」



「えっ?」



 見ると、彼女の顔はどこか艶めかしく紅潮し、瞳も潤んでいた。



「あ、アルカ?」



 困惑する俺が後退る中、アルカはカーテンをしゃっと閉めながら近づいてきた。


 そして。



「おっと!?」



 アルカに身を預けられる感じでベッドへと倒れ込む。


 そして互いの鼓動だけが室内に大きく鳴り響くように感じる中、アルカは言った。



「お前が奥手なのは知っている。どこか自分に自信がないこともな。きっと何かそうならざるを得ないような要因があったのだろう」



「……」



「だが今のお前はもう違うだろう? ヒノカミさまに認められ、聖女である私を下し、さらには神にまで抗うほどに成長した。いや、神ですら成し得なかったことをお前はその身一つで成し遂げたのだ。そんなお前が恐れるものなど、もう何もありはしないだろう?」



「で、でも俺は……」



「分かっている。今の関係が壊れてしまうのではないか――それが唯一気がかりなのであろう?」



「……うん」



 俺が素直に頷くと、アルカは優しく微笑して言った。



「心配するな。たとえどんなことがあろうとも、私は必ずお前の側にいる。何せ、私はお前の嫁になる女だからな。そして恐らくはマグメルも同じ考えだろうさ。だからお前にも今ここで覚悟を決めて欲しい。これから先も私たちとともに歩んでいくという覚悟を」



「……」



 ……覚悟、か。


 そうだよな、誤魔化してばかりじゃいけないよな。


 少なくとも、アルカはずっと俺のことを真剣に考えていてくれたのだ。


 今だって、微妙に震えている身体を必死に隠しながら勇気を出してくれている。


 なら俺も、一人の男として彼女の思いを無下にするわけにはいかない。


 だから俺は頷いた。



「――分かった。なら今から――君は俺の嫁だ。待たせてごめんな」



「……うん!」


 満面の笑顔で頷いたアルカと、その夜俺は本当の意味で身も心も一つになったのだった。

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